お正月用 番外編 「叶えて、神様!」

 1月1日 元旦。

「初詣に行きます」
 テレビのお笑い芸人と振り子時計が1月1日を告げると同時に棗は静かに告げた。どう
やら新年を迎えると早々に出かけるのが毎年の恒例らしい。
 決定が下ると展開は早い。
 俺はいつの間にかあった『更衣室―彩樹用―』という部屋に押し込まれた。
「では、これをお召しになってくださいませ」
 と入るや否やこの屋敷で俺を除く唯一の男・ルクセインが綺麗に飾られていた黒紋付羽
織袴を手で指し示した。
「……マジか?」
「左様にございます。お急ぎを。お嬢様を1分とてお待たせしては後で鏡花より小言を言
われてしまいますので」
「んなこと言われてもな」
 同い年の一般庶民、しかも男ならほとんど和服というものに縁はないはずだ。あったと
しても七五三くらいだろうか。しかし七五三の、しかも和服を着たときの記憶なんて鮮明
に覚えているはずもない。当然ながら和服の着方などわかるはずもなかった。
 それを正直に伝えると、
「その為の自分にございます。では、順々にご説明しながらお手伝いさせていただきます」
 深々と一礼したルクセインは『褌(たふさぎ)』、『足袋』、『肌襦袢』と着方をわかり
やすく説明しながら順々に渡してきた。
 それに従いながら俺は戸惑いつつも何とか着替えを終えた。着替え終えた自分の姿を姿
見でチェック。意外と似合っていると思った。

 着替えを終えるとルクセインが口うるさいので早々に集合場所の玄関へと向かう。と、
その途中でふと思った。
―― 待てよ。俺がこんなのに着替えたって事はあいつらも着替えてるってことか。
 間違いなくそのはずだ。俺だけ着替えさせてあいつらが着替えないはずがない。
―― さてさて、どんな風に着飾っているのやら。
 新年の初驚きとなるか少しワクワクしながら足を速めた。そして、玄関へ辿り着いた俺
は…………大口を開けたまま呆ける事となった。
「彩樹! どうじゃどうじゃ妾の晴れ着は!」
 ウリボウよろしく恵が抱きついて来ても俺はじっと一点だけを見続けた。
 そう、一点。
「あら、お祖父様が下さったお古なのだけど似合ってるわね」
 紅の着物に身を包んでいる棗を、こっちを見て薄く笑うその顔を馬鹿みたいに見続けた。
―― 女は化けるって聞いたことあるが……。
 元が良いのはわかっている。が、晴れ着に着替えただけでこうも印象が変わるとは思わ
なかった。今の棗を見れば100人中100人は振り返って息を呑むに違いない。そして、
俺もそのひとりの仲間入りを果たすというわけだ。
「のう! 彩樹! 姉上ばかり見ているではない。妾も見よ!」
 何やら腹部をポカポカやられているが今の棗に比べれば些細な事なので無視。ただ、何
もしないとマズイので頭を優しく撫でておく。
「ところで私の晴れ着姿はどうかしら? これもお祖父様からのいただきものなのよ」
 言いながら棗はその場でゆっくりと廻って見せた。
「あ、ああ。いいと思うぞ」
 俺は小さく頷きつつ正直な感想を口にする。だが、その感想を棗はお気に召さなかった
のか小さく頬を膨らませた。
「何が良いのかハッキリと言いなさい。そのような抽象的な答えなどで私が満足するとは
思っていないでしょう?」
「あ、いや、んじゃあ……全部で」
「えっ」
「だから全部で」
「あ……その、と、当然です」
 顔を赤らめたかと思うと棗は背を向けた。そのまま開かれた扉から外へ出る。それでも
俺はじっと後ろ姿を見続けていた。

 そんな状態の俺を正気に戻したのは……。

「いつまでボサッとカカシのように立っているの? お祖父様をあまり待たせたくはあり
ません。早くなさい」
 気品がありながらもどこか恥じらいを感じさせる棗の声と、
「む〜。妾を見ずに呆けているとは………この大うつけが!」
 かまってやらなかった事に憤慨した恵の強烈な右ストレートだった。

 神社。
 まあ、初詣なんだから来るところといえば神社しかないだろう。当然だ、常識だ、文句
はない。いや、文句はないんだが……。
―― ま、私有地だってんだからな。
 元旦に初詣客がひとりもいない閑散としてるのは妙に寂しいもんがあった。あるのは道
しるべのように置かれた灯籠だけ。発せられる音も風と風になびく葉音、後は俺達の足音
と本当に寂しい。
 何で誰もいないかというとさっき思った中にあったが私有地というのが答えだ。つまり、
神社のある土地の所有者が法光院家であり、一般人は入ってこられないようになっていた。
よって元旦名物『参拝客の群れ』は拝めないということだった。
「ほんっとに人っ子ひとりいないな。俺ら以外は誰もここ使わんのか?」
 駐車場にも俺らの車以外はなかった。
「法光院本家……つまりは私の家族と分家の者達ね。ただ、こんな深夜に訪れるのは私達
くらいなものよ」
「ですな。後は大晦日よりお祖父様が拝殿にて本家・分家全員が訪れるまでご滞在してお
る。この寒い季節にご苦労な事じゃ」
「いや、あの人はこの程度じゃ寒いとも思わんだろ」
 間違いなくあの人なら北極の寒さの中でだろうと笑いながら乾布摩擦している気がする。
それを聞いて恵が高らかに笑った。
「確かにお祖父様ならこの程度の寒さなどに負けはせぬじゃろうし、北極の寒さでも平然
としておるかものう」
「だからといって待たせて良いという理由にはなりません。早々に参拝と新年の挨拶を済
ませます。あぁ、言い忘れていました。彩樹、お参りはひとりひとり行います。また、お
参りする際には願い事を選ばなくてはなりません」
「願い事を選ぶ?」
 俺の問いかけに小さく頷くと参拝についての約束事を話し始めた。

 さて、棗と恵が参拝を終えたので俺の順番となった。
 たったひとりの参拝。しかも深夜で灯りも篝火のみの状況だと何だか肝試しでもしてい
る気分だ。できればあいつらと一緒のが良かったが……。
「ま、しきたりじゃあしゃあないよな。え〜っと5円玉を賽銭箱に投げてっと」
 パンパンと柏手を打つ。
 と、
『汝の願いを【恋愛】・【学業】・【健康】の中から選ぶがよい』
 聞いたことのある声が拝殿の奥から聞こえてきた。
―― えっと選ぶと神氏が何かしてくれるんだったな。
 いったいどんな事をしてくれるのやら。神氏の事だから何か俺の考えつかない事をして
くれそうで怖い。

 どれを選べばいいのか………迷う!

 というわけで、以下から俺の代わりに選んでくれ。頼む!


【恋愛】

【学業】

【健康】

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