−恋愛−

 あいつとの仲が進めばいいんじゃないかなと思いながら俺が願いを口にした刹那、拝殿
の引き戸が勢いよく開いた。
「お主の願い聞き届けよう! さあ、来るがよいぞ!」
 左右からスポットライトを浴びた神氏に大きな手で腕を掴まれたかと思うと俺は宙を舞
った。どうやら凄まじい腕力で引っ張られたらしい。飛んでいると思った直後には畳に叩
きつけられていた。
「さあ、この中から相手を選ぶがよい!」
「ってててて。選ぶがよいってなに……を」
 打ち付けた腰をさすりながら顔を上げると視界一面の巫女さんが立っていた。50人は
下らないだろう。年は年下・同い年・年上、隊形はロリ・標準・ナイスバディ、髪型はシ
ョート・ロング・ポニー後はよくわからんけど、とにかくなんでもござれという感じだ。
 巫女さん好きなら卒倒するか飛びかかっている状況だろう。
 がしかし、いちおう俺には決めた相手がいるわけだし選ぶわけにもいかない。
「さあ、遠慮することはない。君が気に入った娘を選ぶがよい」
「いや、選べないですけ ――」
「選ぶがよい」
 お釈迦様のような笑顔で神氏が眼前まで迫ってきた。その迫力に俺は発していた断りの台詞を止めるほかなかった。
「選ぶがよい。ほれ、どの娘も儂が全国駆け回って探してきた良い娘じゃぞ」
「……わざわざ全国駆けずり回ったんですか」
「うむ。さあ、選ぶがよい」
「は、はぁ」
 俺は困り果てながら巫女さん達を見渡した。目が合うと各々アピールしてくる。
――― や〜っぱあいつと比べると見劣るな。
 良いとは思えてもそこまで。お近づきになりたいと思える子はいない。けど、断ろうにも断れない。
「んじゃ、あの子で」
 仕方ないので俺は適当な子を指差した。ちなみに年下・標準・サイドテールとかいう髪
型の子だ。誰でも良かったのだが地面に届くか届かないかギリギリのテールが妙に気にな
ってしまった。
「そうか。選んだか。……選んでしまったのなら仕方あるまいな」
 笑顔を一変させて真面目になった神氏が巫女さん達に向かって頷いてみせた。すると巫
女さん達は一斉に拝殿から出ていく。
 何だか嫌なムードが漂い始めてきた。
「残念じゃよ。実に残念じゃが、好いている女子がいるのに他の女子を選ぶとどうなるか
を思い知ると良い」
 神氏が踵を返して拝殿の外へと歩き出し、
「彩樹、私以外の女を選んだ事を後悔なさいね。ふふふふふふっ」
「存分に思い知らせてやるからのう。まさか新年初怒りがこんなにも煮えたぎるものだろ
うとは思わなんだぞ。ふっふっふっふっふ」
 入れ替わりで不気味に笑う棗と恵がやってきた。もちろんお怒りだった。怒髪天という
言葉表現が相応しい。漫画やアニメなら間違いなく長髪が蛇のように蠢いているだろう。
――― そうか。あの神氏の押しに負けず選ばないのが正解だったか。いや、そうだよな。
普通はそうだよな。
 んで俺はその普通の選択を誤ったわけだ。
「さぁて、どんなお仕置きをしてあげようかしら?」
 棗の手が俺の髪の毛を鷲掴みした。そのまま持ち上げられて眼前まで持って行かれる。
痛いと怖いのダブルパンチに俺は震えるしかない。
「ふっ。妾はすでに決めております」
 そう言って恵が盟子から受け取っていたのは竹刀だった。
――― ま、まさかそれで……。
 引きつった顔で恵を見ると肯定するように口の端をニヤリと引いてみせやがった。
「もちろん前菜じゃぞ」

「い、いやだーーーーーーっ!! 助けてくれ〜〜〜! 神氏〜〜〜〜〜ぃ!」
 彩樹の悲鳴が静かな土地にこだまする。

 しかし、呼ばれた当の本人はというと……。

 「彩樹君。浮気のツケはキツイぞ。今の内に理解して同じ過ちを繰り返さぬ事じゃ」
 青白い月を見上げながら涙していた。

恋愛選択編 完!

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