第十話「メリークリスマス」
 12月25日……PM0:00。
「あ〜〜〜〜!絶対に間に合わない〜〜!」
 時雨荘に柳華の悲鳴がとどろいた。
 クリスマスプレゼント用に作っていたセーターがまだ完成していない。本当なら完成し
ていたはずなのだが昨日の事件で大幅に予定が狂い、まだセーターはへそだしルック状態
だった。
 月影組の屋敷から帰ったのが朝の10時。本当は7時に出るはずだったのに雫が心配し
てなかなか帰してくれなかったのである。リミットは煉がケーキを買って帰ってくるまで
の少しの時間しかなかった。
「ええ〜い、できるところまでやってやる!」
「がんばれがんばれリュウ〜カ〜♪」
 コタツの上でお手製の応援旗を振り回すミュウ。

 と、珍しく電話がなった。

 一方その頃……
「ありがとうございました〜」
 サンタ姿の販売員が頭をさげる。
「ふっ…」
 店を出た煉は両手のケーキを見て不敵に口の端を引いた。宣言通り生クリームと生チョ
コのデコレーションケーキを買ったのだ。ふたつで消費税込み4620円。
「高い買い物だった。あとはプレゼントか。……残高照会だな」
 そのままの足で近くの郵便局に入る。煉は郵貯派だった。
「しかし何を渡せばいいのやら…」
 ATMを操作しながら煉は悩んだ。なにしろクリスマスプレゼントをあげたことのある
異性は雫と響子だけ。しかも毎年猫のぬいぐるみだった。
 よくよく考えてみると…あまりにも間抜けである。
『少々お待ち下さい』
 ガイド音声のあとに残高が表示された。
「……むう」
 表示された残高を見て煉は呻いた。
 残高は3020円。煉の年を考えればあまりにも少なさすぎる金額だった。
「これでは一般的な女が喜びそうな物は何一つ買えん。まいったな」
 とりあえず20円だけ残して全てをおろして郵便局を出た。
「3000円以内の値段で女物か……。となるとあれくらいだな。あれなら実用的だ」
 買う物を決めた煉は近くにあったデパートに入った。1階はアクセサリー売り場らしい。
人へのプレゼントを探しに来たのか男の客が多くいた。
 ショーケースを覗く。アクセサリーに付いている値札は所持金を遙かに上回るものだっ
た。あまりの値段に思わず唸ってしまう。
「金があればもっといい物を買えたんだがな〜」
 自分の貧乏さにため息をもらす。
 見ていても虚しいだけなので煉はさっさと目的の物が売っている4階へと向かい、すぐ
に買い物を済ませた。
「気に入ってくれるといいんだが」
 クリスマス用に包装されたプレゼントを見る。ミュウには後で自作ヨーグルトを渡す予
定だ。これで買い物は終わった。あとは帰ってクリスマス用の料理を作るだけである。と
いっても唐揚げやらシチューなどだが。
 足早に時雨荘へ向かう。
「……ひとりじゃないクリスマスか」
 なんとなく実感がわかない。しかも異性とふたりきり――まあ、ミュウは妖精だから除
外するが――でのクリスマスと考えると尚更だった。
 異性。
 そう、柳華は異性なのだ。
「愁のヤツ……余計な物を置いていきやがって」
 実は柳華を異性として意識し始めたのは今日の事なのである。今までは口の悪い妹にし
か思っていなかったのだが、愁─3年前の過去から逃れるために煉が作った人格─の豊か
な感情が統合の際に流れ込んできたらしい。
 その中に異性を意識するような感情があったのだろう。
 おかげで柳華を見るたびに胸の鼓動が早まり、触れられるだけでうまく喋れなくなって
しまった。もし手など握って寝ようものならどうなることか……。
 そうこう悩んでいる内に時雨荘の前まできてしまった。
「……まあ、なるようになるか」
 悩んでいても始まらないと結論を出して階段を上る。
「おっと、プレゼントは見つからないようにしとかないとな」
 ケーキを置いてプレゼントをジャケットの内ポケットに忍ばせてから煉がノブを掴もう
とすると、
「行くわよ!」
 内側から勢いよく扉が開いた。見事に額を打ち付けた煉はその場にうずくまる。
「……あにしてんの?」
「お前が急に開けるから額打ち付けたんだよ! って〜〜」
 額を押さえ涙を浮かべながら煉は叫んだ。
「あ〜ごめんごめん。そんなことより行くわよ」
 言うがはやいか柳華は鍵を閉めるとさっさと階段をおりていく。
「どこいくっていうんだ? 今日はクリスマスパーティーだぞ」
 慌てて追いかける。柳華は自転車を出していた。
「せっかく大枚はたいてケーキを二個も買ったってのに……」
「もちろんそれは持っていくわよ。ほら、あんたはここ」
 と、柳華がサドルを指さした。意図が理解できず煉は首を傾げる。
「か弱い女の子にこがせる気? ケーキはカゴに入れればいいでしょ。ほらはやく」
「お、おう」
 言われたとおりにケーキの箱をカゴに入れて自転車にまたがる。いつの間にかミュウが
肩に座っていた。
「なんでこいつこんなに忙しないんだ?」
「ひみつ〜♪」
「よし、行きなさい!」
 後ろに座った柳華が前を指さす。
「……へいへい」
 とりあえず逆らうと怖いのでペダルを漕ぐ。
「まずこのまま真っ直ぐよ。その次の信号を左に曲がって直進……で、大きな通りに出た
ら右折して」
「どこへ向かうんだ?」
「運転手は何も言わずに漕げばいいの」
「へいへい」
 不平たらたらに煉は呟く。
「その内わかるわよ」
 そう言って柳華が両腕を煉の腰に巻き付けた。
「のわっ!」
 柳華が抱きついてきた事に驚き、焦ってバランスを崩してしまう。
「ちょ、ちょっと何してんのよ!」
「そ、それはこっちの台詞だ! いきなりくっついてくるな!」
「これが一番楽なのよ。後ろに座るのってけっこう疲れるんだから」
「だからって服を掴むとか別の方法があるだろうが」
 必死にどもらないようにしながら煉は言う。顔は灼熱し、心臓は破裂しそうなくらい激
しく鼓動していた。
「ん〜?」
 眉根を寄せた柳華が首を傾げる。
「な、なんだ」
 前を向いたまま煉は訊いた。
「なんかいつもの煉の反応じゃないわね。いつもなら勝手にしろ、とか言って無言で漕ぐ
はずなのに。ん〜?」
「ハンドルとられるから動くな」
 わざとハンドルを揺らして顔を覗かれそうになるのを阻止する。
「やっぱおかしい。ねえミュウ、煉の顔みてくれない」
「うい〜♪」
 肩にいたミュウが飛翔して眼前にやってくる。さすがにそれは防ぎようがなかった。
「どう?」
「レンのかおまっかっか〜♪ トマト〜いちご〜とうがらし〜♪」
 ミュウの報告に煉はおそるおそる振り返った。

「ほほ〜う」
 したり顔で笑みを浮かべる柳華。
「あ、あんだよ」
「いっちょ前に照れてんの、ん?」
 答えず前を向いて自転車をこぐ。
「レン、かおまっかっか〜♪」
 つんつん、とミュウが頬をつつく。
「意外ね〜。あんたにも抱きつかれて焦るなんて感情あったんだ?」
「……不本意だがな」
「ふ〜ん。だったらこうしたらどうかな〜?」
 言って、柳華はさらに腰を抱く力を強め、あろうことか背に頬ずりを始めた。
「や、やめろ!」
「ミュウもやる〜♪」
 柳華の真似をしてミュウまでも背中に頬ずりを始める。そうして20秒が経過した頃、
「……あう」
 ついに恥ずかしさの頂点にたっして煉は気絶した。遠のいていく意識のなか、柳華の悲
鳴が耳に届いた。

 目を開けると、見慣れた天井があった。
「……」
 身を起こして辺りを見渡す。よく見知った、実家の自分の部屋だった。
『おう、料理の方はどうなってる!』
『すいやせん。少し遅れてやす』
『急げ!』
 何やら外から組員の大声と足音が忙しなく聞こえてくる。首を傾げて部屋を出ると、
「これは煉の兄貴。もう気分の方は大丈夫で?」
 丁度やってきた鈴城が足を止めた。
「な、なんだその格好は……」
 鈴城の格好を見た煉は絶句した。
 なんと鈴城を含め、組員全員がピンク色のエプロンを身につけていたのだ。しかもフリ
ルつき。強面の男達がフリル付きのエプロンを着ながら走る姿は恐ろしいを超えておぞま
しかった。
「おお、これですかい? 姐さんが買ってきたんでさ」
「それで何の疑いもなく着てるのか?」
「姐さんの命令は絶対ですから」
「あっそ。……で、何の騒ぎだ?」
 頭を抱えつつ煉は行き交う組員達を見た。それぞれ手には様々な料理を抱えている。
「もちろんパーティーの準備でさ。今日が何日だかお忘れですか?」
「いや、んなことはわかってるが」
「兄貴はこちらへ。姐さん達が待っていやすから」
「お、おい!」
 抗議する間もなく背を押され、
「さあさ、ここへお入りを」
 広い客間に放り込まれた。
 部屋にはいくつものテーブルがあり、その上には様々な料理が並べられていた。料理の
他にもクリスマスツリーやプレゼントらしき箱が隅で山を作っている。
「もう起きて平気なんか?」
 声に振り返ると、組員達と同じエプロンをつけた雫が立っていた。
「あ、ああ、うん」
「ホンマか? なんやいつもの煉と違うで」
 そう言って雫は煉の額に手をあてる。
「熱は……ないようやな」
「だ、大丈夫だから。それよりなんで俺がここにいるの?」
「クリスマスパーティーに呼ばれたからよ」
 雫の後ろから柳華が顔を出した。
「そんで行こうとしたら急に倒れるんだから。おかげで肘を擦り剥くし、ケーキは駄目に
なるしで散々だったわよ」
 言いながら手に持っていた料理をテーブルに置く。肘に大きな絆創膏が貼ってあるのが
目に入った。
「すまん」
「仕方ないから雫さんに連絡して迎えに来てもらったの。あんたを担ぎながら行くのは無
理そうだったしね」
「そういうわけや」
「じゃあ、俺も何か手伝いを……」
「いらん。疲れて倒れた弟を働かせるわけいかんやろ。アンタはそこに座っとき」
 有無を言わさず椅子に座らされてしまう。
「大人しくしとくんよ」
 煉が座ったのを確認して雫は軽くウインクしてから出ていった。
「みんな張り切ってるわよ、あんたの為に」
「俺のため?」
「そ。ほら、あんたこの3年この家に寄りつかなかったでしょ? それがひょっこり戻っ
てきたもんだから嬉しいのよ」
 煉は料理を持ってやってきた組員を見る。目のあった若い組員が笑顔を浮かべて会釈し
た。通りがかった他の組員も同じように笑って会釈していく。
「ね?」
「……ああ」
「ああそれと……」
 柳華が耳元に顔を寄せてくると、
「あたしに抱きつかれて恥ずかしさのあまり気絶したってのは雫さんや他の人達には秘密
にしておいてあげるから」
 小声で囁いた。
「あ、あれはだな!」
「顔を真っ赤にしたあんた、なかなか可愛かったわよ」
 言い訳する暇もなく柳華は部屋を出ていってしまった。
「年下に手玉にとられるとは……はぁ〜」
 もう恥ずかしいやら悔しいやらでため息しか出ない煉だった。

「今日は3年ぶりに煉が帰ってきた祝い事や。みんな思いっきりハメを外してかまわん
よ! 乾杯!」
 集まった組員や煉達に向かって雫がジュース片手に宣言する。
『乾杯!』
 パーティ参加者も雫に習い一斉に言う。パーティーは盛大に始まった。

「くうぅ〜! 俺は……俺はこの日が来ることをどんなに待ちわびていたことか……兄貴
ぃ〜〜!」
 もう酔っぱらったのか、号泣しながら鈴城が肩を掴んできた。
「わ、わかった。嬉しいのはわかったから肩から手を離せ」
「離すことなんかあらへん」
 今度は雫だった。完全に酔っぱらった顔の彼女は笑って後ろから抱きついてくる。
「3年もほっつき歩いて……姉さん本当に心配だったんや。もう心配で心配で……寂しか
ったんやで〜〜〜!!」
「兄貴〜〜〜!」
 雫と鈴城の2人に抱きつかれ、重さに耐えられなくなった煉はその場に倒れた。

「あ〜あ〜好かれちゃって」
 それを少し離れていた所で見ていた柳華は肩をすくめた。
 抱きつかれた煉は逃げようと必死にもがくが、もがけばもがくほど2人は離すまいと抱
きつく。
「助けてくれ〜」
「自業自得よ。3年分しっかり抱きしめられなさい」
 柳華の言葉に煉は脱力した。どうやら観念したらしい。
「よろしいんですの?」
 横にいた世羅が言う。煉の友人として雫が招待していた。パーティー用のものか黒のド
レスを着ている。まさに野獣の群に女神といった感じだ。
「なにが?」
「本当なら煉様とふたりきりで過ごしたかったのではありませんの」
「ま、まあ、なかったっていったらウソになるかな。でもさ……」
 柳華は組員達に囲まれる煉を見る。
「せっかく家族が元通りになったんだから、少しでも会える機会増やしてあげたいじゃな
い。パーティーはしようと思えばいつでもできるし」
「最後の方は煉様をお慕いしていた私としてはちょっと立腹です」
「あ、ごめん」
「うふっ。冗談ですわ。先輩なら私は安心してお譲りできますもの」
「なっ!」
 言葉を失った柳華の顔が見る見る紅潮していく。
「煉様もたぶん先輩に想いを寄せていると思いますわ。実は先日の誘拐事件のとき結婚し
てほしいと両親の前で告白していたんですよ」
「け、結婚!?」
 柳華の大声に周囲の視線が集まる。騒ぎが一気に消沈して部屋を静寂が支配した。
「な、なんでもないの。気にせず続けて」
 また組員達は騒ぎ出す。安堵の息を吐いてから柳華は小声で話しかける。
「なによ結婚って」
「言葉通りです。私は煉様をお慕いしていました。優しくて、頼りがいがあって……何よ
り私を普通の女の子として接してくれて、大学祭の準備を一緒にしている内に恋に落ちて
しまったんですの。でも、先輩が誘拐されたと聞くや好意は嬉しいが応えられないって言
って飛び出して行ってしまい……ああ、やっぱり煉様は先輩を想っているのだと気付かさ
れましたわ」
「へ、へぇ〜」
 相づちをうちながら柳華は煉を見た。
「よぉ〜し! 3年も帰ってこなかったバツや。姉さんが口移しで酒飲ませたる! 拒否
したら……承知せんかんなぁ」
 酔った雫が煉に唇を寄せている。
「なにぃ〜! ちょ、そればっかりは駄目に決まってるでしょ!」
 慌てて柳華は雫を羽交い締めにした。
「邪魔せんとき! これは姉弟のスキンシップや!」
「あにがスキンシップか!」
「ぬ〜。そうか、お前は私と煉の仲を邪魔するお邪魔虫やな。害虫は駆除したる!」
 羽交い締めから抜け出た雫が飛びかかったてきた。頬が横に引っ張られる。
「このっ! 返り討ちにしてやるわ!」
 負けじと柳華は雫の頬を引いた。

 雫と柳華の喧嘩に周りはさらにヒートアップした。

 盛り上がっていたのは彼らだけではなく、
「わ〜い♪シャッタ〜シャッタ〜♪」
 宙でカメラを構えていたミュウもハイテンションだった。
 頬を引っ張り合う柳華と雫をファインダーに入れてシャッターを押す。
「すっご〜い♪」
 7回ほどシャッターを押してミュウは叫んだ。
 全ての思い出を水晶が認めていた。大切な人が帰ってきた宴だ。みんなのかけがえのな
い輝いた思い出がここには溢れている。つまり、
「このままだったらきょうでかだいがおわっちゃう」
 満面の笑みは花が枯れるようにしぼんでいく。
 課題の終了。それは煉と柳華……そして、この世界との永遠の離別を意味している。妖
精は課題以外に外界へ行くことは許されない。でも、逆に考えれば課題さえ終わらなけれ
ば帰らなくていいことになる。
「……や〜めた〜。ミュウもレンたちとあそぶ〜♪」
 カメラを手放したミュウは近くにあったケーキを持ち上げ、柳華を排除することに熱中
している雫に投げ飛ばした。

 さらにパーティーはケーキ投げ大会となって盛り上がった。

 しかし、楽しい時間も終わりが訪れる。

「ふぅ〜…やれやれ」
 部屋を出た煉は縁側に腰を下ろして空を見上げた。雲一つない空に大きな満月が浮かん
でいる。パーティーは雫の睡眠という形で幕を下ろした。寝てしまった雫は鈴城が寝室へ
運び、荒れ放題の部屋は酔いつぶれていない組員が片づけた。
「空を見上げてるなんてらしくないわよ」
 声の主は風呂上がりの柳華だった。ケーキまみれでは辛いだろうと薦めたのだ。服は雫
のものであろう私服を着ていた。
「風呂はどうだった」
「いいお湯だった。さっすが敷地が広いからお風呂も大きいじゃない」
「家の自慢のひとつだからな。ミュウはどうした?」
「あんたのお姉さんと一緒にバタンキュー」
 言って柳華は肩をすくめると、
「今日は楽しかった?」
 隣に座って話しかけた。
「ああ。またこうしてみんなと騒げるとは思えなかった。……お前には感謝してる」
「ふぅ〜ん。ならさ……はい」
 柳華は両手を差し出した。
「……?」
「ほらほら今日は何の日? まさか忘れたってわけないわよね」
「あ、ああ。ちゃんとある。…これだ」
 そう言って煉は懐からプレゼントを取りだし、柳華に触れぬよう渡す。
「ん〜…リボン?」
「ああ。お前はいつも髪を結い上げているが紐ばかりだから、その、なんだ、たまには洒
落っ気のある物でもと」
「そっか。ありがと」
「う、うむ」
 笑顔を向けられ顔を真っ赤にして俯く煉。
「じ、実を言うと金がなくてそれしか買えなかったんだが……」
「これで十分よ。高価なバックなんかより心こもってるし。……よっと」
 柳華は髪を結い上げていた紐を解く。
「結んでくれる?」
「あ、ああ」
 煉は白のリボンで柳華の髪を結い上げた。
「どう?」
「あ〜なかなかその、か、可愛いんじゃ……ないか」
「ん〜? なに言ってるか聞こえない〜」
 耳を寄せてくる柳華。だがその顔は笑っていた。
「う、ウソこけ! 面白がってるだけだろ!」
「あ、バレた? いや、なんか急に表情豊かっていうか、感情表現の幅が広がったからか
らかいたくって」
「……愁のせいだ」
 煉はため息をもらした。
「愁?」
「お前に懐いていたもうひとりの俺だよ。どうも統合した時にあいつが色々と置いていっ
たらしい」
「愁から煉へのクリスマスプレゼントってことか。良かったじゃない」
「よくあるもんか。おかげでお前に……」
 煉はちらりと柳華を見る。
「あたしにどうしたの?」
 きょとんとして柳華は煉を見返す。
「なんでもない。で、プレゼントのお返しはないのか?」
 追求されるのを恐れて煉は話題を変えた。
「あ〜それが〜」
「どうかしたのか?」
「ま、いいか。ちょっとここにいなさいよ」
 立ち上がって宛がわれた部屋に入る。数秒してから戻ってきた柳華の手には大きな紙袋
が握られていた。
「はい」
「……でかいな」
 渡された袋の中身を取り出して広げてみる。
「セーターみたいだが…………でかすぎる。相撲取り用かこれは」
「さ、最初の頃は普通のサイズだったんだから。けど気付いたら……」
「編んだ? お前がこれを?」
 煉はセーターと柳華を交互に見た。
「悪い?」
「これをお前が……くっ、はっはっはっはっはっは!」
「わ、笑うことないじゃ……ない」
 柳華は顔を真っ赤にして拳を振り上げたが、煉が腹を抱えて笑う姿を目の当たりにして
目を丸くさせた。
「だってお前がだぞ? お前がちまちまちまちまコタツにあたりながらセーターを編んで
姿を想像したら、笑うしかないだろ」
 そう言って煉は再び大声で笑う。
「あ、あんた……」
「あははははは――あん?」
「笑ってる」
 柳華は目を丸くしながら煉を指さした。笑えないはずの煉が笑っている、その事実にた
だただ彼女は驚く。
「そりゃ傑作だからな」
「そっか……じゃない!」
 納得しようとしてバカにされていることを思い出し柳華は再び拳を振り上げ、渾身の力
で振り下ろした。
「ぐはっ!」
 脳に強い衝撃を受けて煉は雪の中に顔に突っ込んだ。
「せっかく手間暇かけて編んでやったのに。いいわよ、これは誰か別の人にあげるから。
鈴城さん辺りがいいかも。あの人ならこれくらい大きくても大丈夫そうだし」
「ちょ、ちょっと待て。もらう。絶対にもらうぞ」
 雪から顔を抜いた煉は素早くセーターを奪って袖を通した。さすが大人2人余裕で入る
大きさだけあってかなりブカブカである。
「うむ。暖かいな」
「どれどれ」
 言いながら柳華がセーターの中に潜り込んできた。
「な、ななななななあっ!?」
 柳華に触れて煉の顔が灼熱する。
「あ、ホントだ。ちょっと不安だったけどちゃんとセーターの役割は果たしてるわね」
「入ってくるな!」
 煉は顔を真っ赤にして押し出そうとするが、
「いいじゃないのよ。ここ結構寒いんだから。あたしに湯冷めさせる気?」
 その一言に抵抗をやめた。
「な、ならせめて背中合わせで頼む。このままだとかなり恥ずかしいものがあってだな」
 いま2人は肩同士が密着するほど隣あっている。2日前までの煉なら無表情でいられた
かもしれないが、いまの煉は愁の仕業で異性にめっぽう弱くなっているのである。
―― いや待て。本当にそうだろうか? 雫や世羅に触れられたとき、いまのように胸の鼓
動が速まっただろうか?
 自問自答してみる。答えはノーだ。何にも変化はなかった。
―― ならなんで?
『まだ気付かないの? それが恋だよ』
 頭に統合していなくなったはずの愁の声が響く。
 しかし、その声で納得がいった。胸が高鳴るのも、身をていして殺し屋から守ったのも
柳華が好きだから。それなら説明がついた。
 改めて好意を寄せる相手として柳華を見る。
「却下。そんなことしたらセーターが伸びるでしょ。……あにじっと見てんの?」
「い、いやなんでも」
「ふぅ〜ん。ああ、そうだ……煉」
「ん?」
「メリークリスマス」
 照れたような笑みを浮かべる柳華。
「ああ。メリークリスマス」
 その笑顔に煉は笑顔で返す。

 それから2人は少しの間、ひとつの大きなセーターの中で身を寄せ合った。

 ミュウのカメラが淡い光を放つ。カメラはひとりでに浮かび上がると、身を寄せ合う2
人をファインダーに収め、また何事もなかったようにミュウの胸元に転がった。

 次に彼が惹かれていく…

 課題終了まで…残り89枚


←前へ  目次へ  次へ→