第九十三話「4つの壁」

 2時限目の授業中……。

 静かな室内にチョークの擦れる音が一定のリズムで刻まれる。
 4つの長机が中央で正方形を描く形で並べられ、各一辺には4人の少女が思い思いの格
好で椅子に座っていた。
 ひとりはノンフレーム眼鏡をかけ、腰まで伸びる三つ編みをもつ少女。その穏やかな外
見とは裏腹に手にしているのは『男を苦しめる拷問666の方法』と物騒極まりないタイ
トルの本だ。熱心に目を通しながら左後ろにいるメイドに意見をもらっている。
 ふたり目はウェーブのかかった茶色い髪を肩口で切りそろえた少女。自らの手にマニキ
ュアを塗り、メイドに自らの足へマニキュアを塗らせている。
 三人目はショートでボーイッシュな雰囲気を醸し出す少女。待っているのが手持ちぶさ
たなのか両手をハンドグリップで鍛え、その傍らでは白ハチマキをしたメイドが妙にトゲ
の多いメリケンサックを丹念に磨いている。
 最後の四人目は長い髪を横で結い上げた背の低い少女。小学生と間違われるであろう小
柄な少女は長机の上で両手を組み、背後で長身のメイドが黒板に文字を書き終わるのをじ
っと待っていた。
「……書き終わりました、恵理お嬢様」
「結構。貴女達に来て貰ったのは他でもない、この件についてどう処理するか意見を聞か
せてもらうためよ!」
 その言葉を機に恵理と呼ばれたサイドテールの少女は立ち上がり、『法光院棗の奴隷をど
う処分するか』と書かれた黒板に力強く拳を叩きつけた。
 正確に言うならば『法光院棗の奴隷をどう処分するか』には続きがあった。
 ・見せしめとして大勢の前で殺す
 ・拉致して密かに殺す
 ・法光院棗と一席設け、説得に成功しようとも失敗してもその場で殺す
 どれも彩樹の辿る末路はひとつであり、恵理の望む結果であった。
「あはっはっはっは。予想はしてたけど、やっぱ殺すしか考えてないんだね。超賛成だか
ら文句はないんだけどさ。歯ごたえのあるヤツだといいなぁ」
 止めるどころかショートの少女は笑いながらそう言った。
「貴女なら賛成してくれると思ったわ、百織(ひおり)」
「ね〜恵理ちゃん」
 手のマニキュアを塗りおえた少女はやや物憂げな表情を向けた。
「何よ、椎汝(しいな)。また持ってる化粧品に飽きたから何かないって話なら却下よ。3
日前に聞いて答えてあげたばっかりじゃないの。私だって買い物ばかりしてる訳じゃない
んだから今回は答えられないわ」
「ちが〜うって。あのさ〜………あの二人ってもうヤッちゃってると思う?」
「んな汚らわしいこと知りたくもないわよ! 知りたきゃ本人に聞けばいいでしょ! 葉
月はどうなの?」
 名を呼ばれた三つ編みの少女は本から目を離すと読んでいたページを指さしながら一言。
「引き伸ばし拷問台」
「あ〜〜〜〜賛成って事でいいわよね?」
 葉月は何度も頷く。
「全員賛成ってことで、この3つの中から多数決を取るわ」
「あたし〜賛成って言ってないんだけど〜?」
「そんじゃ反対だというのかしら?」
「別にぃ〜。ヤってようとヤってなかろうと狙った獲物を奪われるのは嫌だから賛成だけ
どさぁ。何か言ってない事を言ったって言われるのが嫌なだけ。付き合い長いんだし少し
は察してほしいかも〜」
「あ〜はいはい、きちんと聞かずに御免なさいね。それじゃあ、改めて全員賛成ってこと
で3つの方法からどれか選んで。私は3人が3つバラバラに選んだ場合に選ぶわ。それじ
ゃ最初の手段が良いと思う人は挙手して」
 誰も手を挙げない。
「それじゃ2番目の手段が最適だと思う人は挙手して」
 誰も手を挙げなかった。
「では3番目の手段に決定っていう事で……」
「あ、委員長! ボクはどれも反対だよ」
「あたしも〜」
「同じく」
「はい? 殺すのには賛成だって言ったじゃないの。何が問題なの?」
「書いてないけど、恵理っちはコレ4人で協力してやるつもりだよね?」
「ええ。相手は法光院だから1人は危険だと思うわ」
 予想もしない問いかけにきょとんとする恵理を見て、3人はやれやれとため息を吐いた。
「違わない。とっても正論。でも、ボクは反対」
「あたしも〜」
「同じく」
「どうして?!」
「恵理っちってば今までの事を思い出してみてよ。今まで4人協力したことあったっけ?」
 百織の言葉に恵理は小さく呻き、今更ながら自分の考えが間違っていた事に気づいた。
 自分達は今まで粛正を何度も行ってきた。
 しかし、『協力』して行った事など一度もないのだ。
 同志であり、仲間ではあるが粛正の実行は恵理を含め自らの考えを貫くことでありなが
ら『遊び』であり『楽しみ』だった。
 故に今まで粛正の順番をじゃんけんで決め、粛正に失敗したら次の人物に譲る仕組みに
している。粛正方法は粛正者の自由だ。
「そうね、そうだったわね。御免なさい。相手が相手だから慎重になりすぎて忘れていた
わ。今回も今まで通りに粛正方法は各個人の自由で順序はじゃんけんの勝った順、それで
文句はないわね?」
「うんうん、気づいてくれてボクは嬉しいよ。ってことで、恨みっこなしのじゃんけん大
会やろっか」
 恵理、椎汝、葉月の3人は頷いて各々構えた。

 彼女達は風紀委員。
 3年で委員長の恵理、同じく3年で副委員長の椎汝、2年の百織、1年の葉月が粛正を
行う前衛メンバーであり、情報収集の後衛メンバーは100名を超えている。
 全員が奴隷を嫌う過激派だった。

 主目的は学園の風紀を守る。

 但し、手段は問わない。自分たちを満足させる方法で乱れた風紀を正す独善的な連中。

『じゃんけん、ぽん!』

 何度の勝負の末に粛正の順番が決定する。

 そんな連中の牙が今、彩樹に向けられようとしていた。


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