第九十二話「蘭の懸念」

 なっちゃんの学院全体を驚かせる大告白から2時間とちょっと。あと少しで2時限目の
授業を終えようとしている。
 告白内容、場所、感想その他諸々が気になる所ではあるけれど、質問に集まった祝福派
の子達に対して昼食時にまとめて答えるとのなっちゃんの返答に抜け駆けできない状況と
なっていた。
―― ま、あと2時間後には聞けるんだからこれはいいとして……。
 悩みの種は反対派の行動だった。
 行動といってもまだ動いてはいない。でも、行動を起こすのは告白後のレア君を見る表
情からして間違いないだろう。
 そして、標的がなっちゃんではなくレア君だけに向けられるというのも。
 理由は簡単だ。反対派の大半がなっちゃんのファンクラブ会員で構成されている。他に
は奴隷という存在を毛嫌いしている連中、他人の幸せが許せない連中、男が嫌いな連中な
どなど、少数派の理由は様々だったりするが、中でも奴隷嫌いの存在があたしの悩みを増
大させるのではないかと思っている。
 反対派の大半であるファンクラブの子達は基本的に大人しめな子ばかりだ。せいぜいや
るとしても何かで転ばせようとか、上から雑巾やらバケツやらを落とすとか、酷くて画鋲
かまきびしでも踏ませる等の可愛らしい悪戯程度だろう。
 が、奴隷嫌いの連中が加われば単なる悪戯で済まない事態になりえる。連中は奴隷が視
界に入るのも嫌うほどの筋金入りで、しょっちゅう騒動を起こしており、噂では病院送り
になった奴隷の子もいるとか。噂が本当であれば最悪はレア君の命すらも危うい。
―― なっちゃんはそれに気づいてるんかな?
 教師にバレないよう身を低くしてから教科書で顔をガードしながらなっちゃんの様子を
盗み見てみる。
 彼女もレア君をあたしと同じ格好でちらちらとレア君を見ていた。以前のなっちゃんか
らは想像もできない格好だ。
 で、目が合うと幸せに緩んだ笑みをレア君に向けた。対してレア君は嬉しいと困ったが
入り交じった笑顔で応える。後者の理由は言わずもがな。
―― ありゃ幸せに呑まれて気づいちゃいないかも
 友達としては授業を終えてすぐに教えるべきだろう。そうすればなっちゃんは全力でレ
ア君を守り、反対派も行動できなくなる。
 しかし、問題は教える場所がない事だった。
―― 校内じゃどこに目や耳があるかわからないしねぇ
 お金と権力のある子ばかりだと『そういう事』を平気で実行する可能性が否定できない。
いちおう校則として禁止はされているが買収は容易い教師連中ばかりときている。
 敵が多いだけに学校内でなっちゃんを連れ出すのは避けるべきだろう。
―― となるとあたしの家かなっちゃん家が無難か。
 残りの問題は奴隷嫌い連中―過激派がそれまでに行動し辛いようにすること。これは縁
と桜君にこっそり頼むとしよう。
 そこまで考えてあたしは机に突っ伏して大きく息を吐いた。
―― 本当ならこれ全部なっちゃんがやるべきことなんだけど……。
 顔だけを動かして横を見ると、今もなお幸せで緩みきった笑顔をレア君だけに向けている
なっちゃんの姿が目に入った。
―― 恋は盲目っていうヤツよね。ま、あたしも縁と両想いになって数日はあんな感じだ
ったからわからないでもないんだけど……。
 身を起こして筆箱から定規と消しゴムを取り出す。次に消しゴムの先端1cm程を定規
で切り取り、照準をなっちゃんに固定。
「であるからして、このように……」
 教師が板書しだしたのを確認したあたしは、呆れの混じった怒りを込めて消しゴムをな
っちゃんの後頭部目がけて投げつける。

 けど、なっちゃんはそれを振り向きもせずに受け止めてしまい、少しどころか逆にやり
場のない怒りが溜まる結果となるのだった。


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