第六話「お嬢様の実態?」

 教室に戻った俺は、不本意ながら棗の言うとおり黙って突っ立って傍観することにした。
 授業形態はなんら普通の学校と変わらない。教師が教科書通りに進め、生徒達が学ぶ。
内容も俺の高校と同レベル程度だった。
 しかし、普通だったのも4時限目になるまで。
「けれども、あのような珍しい奴隷をどこで見つけられたのか、わたくしとても興味深い
でございます」
「確かにね〜。ここ最近の奴隷って従順すぎるって感じだし」
 教室の中央で円を作って生徒―お嬢様―達が一斉に俺を見た。
 今は4時限目だ。教師だって教室にいる。
―― こんな授業があっていいのかよ!
 この授業を見た一般人はきっと同じように思うことだろう。
 なにせ4時限目の授業は、『奴隷調教学』なんてものなんだからな。ついさっきまで『昨
今の奴隷について』を話し合っていたが、滅多にいない奴隷という話題に変わって俺が話
の中心となっていた。
「ふふっ。転がっていたので衝動買いしたのです。何と申しましょうか……そう、初めか
ら色のある奴隷よりも真っ白なモノを自分色に染めてみたかったのです」
 俺を見ながら、棗は同級生達に語った。
―― 誰が染まってやるかよ
 心の中で舌をだす。
「はいはい。何度か私もそう思ったことがございます。すでに完成されたものよりも、未
完成な奴隷を調教してみたい……ああ、ロマンチックでございますね」
 頬を染めるお嬢様その1。顔立ちも申し分なく、日本人形のような愛らしさをもつ少女
の口からでる言葉とは思えない。
「そんならやっぱ高かったんじゃない?」
 そう棗に質問したのは前髪で右目が完全に隠れているのが特徴のお嬢様その2。お嬢様
にしてはやけに言葉遣いがお嬢様っぽくない。
「いいえ。格安でしたよ」
 そう前置きして棗はその2に何やら耳打ちする。
「マジ?! そんな安かったの!? うわ〜ちょっとそそられるかも」
 目を丸くさせ心底驚いた様子のその2。
―― おいおいおい、安いっていくらなんだよ。
 考えてみりゃ俺はいったいいくらで買われたのだろうか。かなり気になる内容なんだが
聞き取れなかった。少し怖いが後で聞いてみるか。
「そうでございますが……やはり少々怖いです。ほら、反抗的な犬だと噛みついてくるか
もしれませんし」
「そこは主としての技量です。桐さん、その程度の技量がなければお嬢様としては格下で
すわ。私たちは選ばれた者。それ相応の能力をもたねばなりません。その中でも奴隷を従
わせる技量は初歩の初歩のもの……精進なさい」
 桐と呼ばれたお嬢様その1は「はい」、と答えて俯いた。
「ま、アタシは縁で十分だけどね」
「ふふふっ。本当に蘭さんは縁さんを気に入っているのでございますね」
「まあね」
 蘭と呼ばれたその2は俺の方――正確には俺の隣を見た。顔は動かさず、目線だけで隣
を見る。
「も、もったいないお言葉です」
 隣にいた男、というより少年は顔を朱色に染めながらも恭しく一礼した。
 さすがにお嬢様に選ばれた奴隷だけあって顔はいい。背丈は俺よりかなり低い、150
ちょっとだろう。
―― こいつ何歳だ?
 確実に俺より下だろう……。
「う〜ん可愛いヤツ♪ 頭撫でてやる」
 頭を撫でられた縁は恥ずかしそうに顔を俯かせた。
 それからお嬢様達は、『どの奴隷養成学校が一番良いか』とか『奴隷へのお仕置きはどん
なものにしている?』とか『ここ最近の奴隷の相場はどうだ』など、聞くも恐ろしい話題
を話し合い、『奴隷の寿命はどのくらい?』という話題に入ろうとした所で4時限目は終了
となった。
 ちなみに、その話し合いでのお嬢様達の答えは正常な精神が病みそうなものだったと記
しておく。

 昼休み。
 当然ながら食事タイムだ。食事は教室ではせず、専用の施設でするらしい。ぶっちゃけ
て庶民的に言えば食堂だ。
「和洋中伊独なんでもござれだな」
 中に入った俺はまずそう言った。
 昼食というより小さなパーティーだ。見たことのあるものもあるが大半が見も知らぬ料
理ばかり。それらが長テーブルにずらりと並んでいた。
 さすがは家の資産5億以上のお嬢様方の昼食。かなり豪勢なものだった。
「どれも一流のシェフが作ったものです」
「こんだけの料理用意するのにいったいいくらかかってんだか」
「そうね。だいたい100万くらいかしら」
「おいおいおい。少しはその金を貧しい奴らを助けるために寄付しようとは思わねえのか
よ? 有り余ってんだろ?」
 節約した分寄付すればいったいどれだけの命を救えるか。
「毎月生徒ひとり最低でも100万ほど寄付しています。上流階級として当然でしょう」
 ため息混じりに棗が言う。冷血問答無用お嬢様も少しは考えているらしい。
 と、
「あ〜ら、楽しそうに奴隷と話してるから誰かと思えば法光院さんではありませんこと」
 その声が聞こえたとたん、棗の顔が見る見る険しいものとなった。
「その聞くだけでストレスがたまりそうな雌豚声は龍泉さんですね」
 やってきた声の主に向けて、棗は思いっきり悪意のこもった言葉を投げかけた。
 ウェーブのかかった黒く長い髪。カラーコンタクトをつけているのか瞳が赤く、それが
攻撃的な印象を与えている。
 睨み合う棗と龍泉とかいう女。
―― 何か一波乱ありそうだな〜、おい。
 とりあえず巻き込まれるのも面倒なので黙って立つことにする。
「相変わらず口がお下品ですこと」
「貴女ほどではないです。一度口を煮沸消毒することを勧めますよ」
「ならばそちらは無菌室へ入った方がよろしいわね。でないと空気感染して他の方にお下
品が伝染してしまうかもしれませんし……おお嫌だ」
 何かを遠ざけるように宙を払う。まるでゴキブリに対するような扱いに棗の頬が一瞬引
きつった。
「彩樹、この女を完膚無きまでに叩きのめしなさい」
「そんぐらい自分でやれよ!」
「このような事で私は手を汚したくありません」
「だったらするな! 俺だって婦女暴行でサツに捕まりたくねえ!」
 それこそ人生お先まっくらだ。
「へぇ〜」
 顔を般若にしていた龍泉とかいう女が、なぜか俺を見て笑みをこぼした。
「何だよ?」
 向けられた妙な気配に体が自然に後ろに下がった。
―― 何か悪い予感がするぞ。この女の顔は……。
 何ともクソ親父がくだらねえ悪戯を考えたときの顔に似ていやがった
「奴隷の癖にご主人様に逆らうなんて……」
「俺は奴隷なんてものになった覚えはねえ」
「ふぅ〜ん」
 値踏みでもするように女は俺を見る。
「不本意ですけれど、さすがね法光院さん。こんなレアもの手に入れるなんて。ああ、い
いわ。抵抗する奴隷を完膚無きまでに叩きのめして躾る……想像しただけでイってしまい
そうよ」
「そのまま永遠に逝ってしまいなさい。そうなれば学院も世界も平和になりますわ」
「なんですって?!」
 再び睨み合う両者。激しい視線のぶつかり合い、まき散らされる殺気に和気藹々として
いた食堂は一瞬にして静まりかえった。
「腹立たしいことこの上ありませんわね! 隷!」
「は、はい。ご主人様」
 女の背後で立っていた少年がおずおずと彼女の横に並んだ。
 いったい何をするかと思えば、
「この! このこのこのこのこの!」
 いきなり少年を張り飛ばし、さらに踵で何度も踏みつけ始めた。
「あ、あ〜〜〜! いい、いいです!もっと、もっとしてください」
 それだけに止まらず、サッカーボールキックやらストンピングと女の攻撃は過激になっ
ていくというのに隷と呼ばれた少年は嬉しい悲鳴を上げだした。
―― おいおいおいおい。喜んでやがる。恍惚とした笑みを浮かべてやがるぞ!
 最後には恍惚とした笑顔を浮かべる隷に、俺は嫌悪した。
「出ます。彩樹、付いてきなさい」
 確かにこれ以上ここにいるのはよろしくない。素直に従った。
「ん?」
 食堂を出たところで気づく。
「お前、いま俺を呼び捨てにしなかったか?」
「当然でしょう。貴方は世話係で私は主。呼び捨てにするのは当然です」
「……まあいい。代わりに俺もお前を呼び捨てにさせてもらう」
「50ポイント」
「は?」
「その権利がほしければ50ポイントをいただきますよ?」
「何でそうなる!」
「主を呼び捨てにするのですから当然の権利です。嫌ならいいのよ。その場合は『棗お嬢
様』か『ご主人様』か『棗女王様』のどれか以外は認めません」
 偉そうな物言いに拳を握りしめながら俺は棗を睨みつけた。かといって怖がるような棗
ではない。
「50ポイント支払いますか? それとも私を崇めます?」
 それはある意味挑戦でもあり、脅迫にも思えた。
―― なかなかの策士じゃねえかよ。さすがは悪知恵だけは働くってか。
 ため息をひとつもらし、
「わ〜ったよ。50ポイント払う」
「そう。なら貴方に私を呼び捨てる権利を与えます。言っておきますが私を呼び捨てにで
きるのは今のところ家族だけよ。光栄に思いなさい」
「へいへい」
「それと、あの女――龍泉華琳には気をつけなさい」
「あ? ああ、あのサド女の事か。あのな、俺があんな女に負けると思ってんのか?」
 確かに暴力的だが実力なら俺が格段に上だ。自慢じゃないが喧嘩の場数はかなりふんで
いる。今のところ無敗だった。
「馬鹿ね。彼女の家は私の家ほどでもないけど日本では指折りの資産家。プロを雇って襲
うに決まってるわ」
「おいおいおいおいおいおい物騒なこと言うなよ。っつうか俺を襲って何の得があるって
んだ?」
「彼女の琴線に貴方が触れたからでしょう。あの女は自らサドと公言するくらいのサド。
貴方のような抵抗する人を殴って、嬲って、とにかくあらゆる責め苦で相手を従わせるこ
とが生き甲斐らしいわ。貴方のような活きのいい相手は願ってもないでしょうね」
 最後にお気の毒に、と付け加える。少しばかりその光景を想像してしまい、体が勝手に
震えた。
「大丈夫よ」
 気が付くと、棗の顔が目の前にあった。黒の革手袋に包まれた両手が俺の頬に触れる。
「お、おい」
「安心なさい。貴方は私の奴隷。あのような雌豚に渡すような事はしない」
 頬を撫でられる。
 向けられる瞳はいつもの他人を見下すものではなかった。なんというか……優しい色が
ある。くすぐったくて、恥ずかしい。柄にもなく照れた。
「何か変だぞ。急になんだよ」
「別に。ただそう……私は自分のモノを他人に奪われるような女じゃないって事をわから
せたかったのよ」
「あ〜〜つまりなんだ? 俺のこと心配してくれてるのか?」
「心配? 違います。私は私のモノを奪われたくないだけよ。誤解しないでちょうだい」
 そう言うと棗は校舎の方へ向かう。素直なのか、そうでないのか微妙な態度に俺は自然
と笑みを零していた。
「ま、そういうことにしてやるか。でよ、話は変わるが飯はどうなるんだ?」
いちおう奴隷はお嬢様の食べ残しを食べるのが常識らしい。残飯を食うなど俺のプライド
が許さないが、あれだけの量だ。中には手つかずのものもあったに違いないだろう。
 だが俺達は食堂の外にいる。戻ることもないから食べることはできない。
「そこいらに生えている雑草でも食べなさい」
 その一言で俺の中で少しばかり上がった棗への友好度一気に減少。少しは良いヤツなど
と思ったのが馬鹿だった。

 その日の昼食は、何とかカップ麺にありつけた。10ポイントという尊い犠牲を払って。

 結局、今日だけで最初に貯めた105ポイントは一気に45ポイントとなった。

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