第五十一話「○☆□は見た」
 彩樹が邸を飛び出してから3時間後……。

 私は車の中にいた。

「本郷晴香(ほんごうはるか)18歳。室峰彩樹とは幼なじみの関係にある人物です。現
在室峰彩樹はこの人物の家にいます」
 玲子が淡々と報告し、一枚の写真を差し出してきた。
 手にとって見てみる。
―― 可愛い子。
 素直にそう思える女の子が彩樹の腕を抱き寄せた格好で写っていた。実に親しげで彩樹
の方もまんざらではないような顔をしている。
―― 彩樹は今この子と一緒にいるのね。
 こんな親しげな、それも幼なじみと。そう考えただけで不安になり、胸が締め付けられ
た。この子は彩樹をどう想っているのだろうか。
 もう一度写真を見る。
 この写真を見る限りでは間違いなくこの子−本郷晴香−は彩樹に想いを寄せている。何
者でもない女の勘がそう告げていた。
―― それなら彩樹はこの子をどう想っているのだろうか。
 気になった。
 幼なじみ。
 決縁者である私よりも彩樹を知っているであろう人物。最も彩樹が心を許しているであ
ろう存在。
―― もしかしたら彩樹も……。
「お嬢様」
 玲子の声で現実に引き戻される。
「ど、どうかしたの」
「いえ。ただお嬢様の顔色が優れないのでどうなされたのかと。お体の調子でも悪いので
御座いますか?」
「大丈夫よ」
 シートに体を預け、私は目を閉じた。
―― きっと彩樹に会えばこんな不安も寂しさも消えて無くなるもの。
 そう、きっと彩樹に会って、声を聞いて、触れればこんな不安なんて……。
 だから早く、1分でも1秒でも早く彩樹に会いたい。時間が経てば経つほどその想いは
加速度的に増していた。
 そんな想いに反して、
―― 遅い。
 車の走行速度は遅かった。
 目を開けて窓の外を見る。景色の動きから見て時速40か50kmというところだろう。
これでは到着まで30分以上はかかってしまう。
 車内電話の受話器を手に取った。
「ルクセイン」
『はい』
「可能な限り急いで。法定速度など無視しなさい。遅い車は押してでも進ませなさい。抵
抗する者や警察が来たら玲子が無力化します」
『かしこまりました。衝撃を伴う場合は事前にワンコールいたします』
「結構」
 満足のいく答えに頷き、私は受話器を置いた。
「聞いていましたね」
「はい。お嬢様の歩む道を邪魔する者には私ども暗部が全て……消してご覧にいれます」
 そう言うや玲子はスカートの中から小さな円盤と手榴弾を数個取りだし、笑った。

 それから10分後、車は目的地であった本郷晴香の家に到着した。
 道中何があったのか。
 それに関しては完全に証拠を消すために割愛します。

『春の湯』。
 広い入り口にそう描かれた暖簾がかけられていた。
「銭湯ね」
 外観、『春の湯』という暖簾、着替えが入っているらしき袋を持った利用客、そして高々
とそびえ立つ煙突。どう考えても銭湯でしかない。
「はい。本郷晴香の家では代々銭湯を営んでいるようです。最近では健康ランドが主流と
なり銭湯は廃れる傾向にあるようですが、この銭湯は未だに利用客は多いようで」
 私達の横を一組のカップルが横切り、
「じゃ、また後で」
「うん。またね」
 各々男湯と女湯へ入っていった。
「……彩樹はここに間違いなくいるのね?」
「間違いなく」
「案内なさい」
 小さく頷いて玲子は勝手口らしき場所の戸を開き、先に入ると私に中へ入るよう促した。
「こちらです」
 そう言って玲子が先を行く。後に続くとすぐに玄関までたどり着いた。
「では」
 玲子はインターホンを押した。
 ピンポ〜ンピンポ〜ンポンポ〜ン。
 屋内に来客を知らせる音が鳴り響く。けれど、いつまで経っても家人はやってくる気配
はなかった。
「留守……のはずはないわね。営業しているようですし」
「番台に座っているからと考えるのが妥当かと」
「鍵は?」
 私が問うと躊躇うことなく玲子は引き戸を引いた。
 あっけなく開く。
「かかってはいないようです。不用心でございますね」
「それだけここの治安が良いということでしょう」
「いかがなさいますか?」
「彩樹がこの中にいるのでしょう?」
「はい。間違いなく、確実に、この命にかけても」
「ならば入るまでです。家人と対面しても訳を話せば恐らく納得するでしょう。……しな
ければそれ相応の対応するだけです」
 玲子を押しのけて私は家の中へと踏み込む。
 と、
『あん。そこはダメ。優しくしてったら』
『お前の思考回路はどうなってやがるんだ!』
 奥の方から艶っぽい女の声と一緒に彩樹の声が聞こえてきた。
―― 今のは……なに?
『いいよ。あ〜ちゃんになら私の全部あ・げ・る』
 また聞こえた。
―― 何をあげるというの!
 急いで声の聞こえてくる場所へと走り、そして……私は見てしまった。
「あ」
「んげっ」
 バスタオル一枚の女の子を押し倒している彩樹の姿を……。

修羅場!?( ̄□ ̄


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