第十八話「ファーストアタック!!」

 んで、出発して4時間後……。

「ココハホントウニニホンデスカ」
 本家を目の当たりにした俺はロボット口調で向かいに座っている棗に問いかけた。
「正真正銘の日本国内です」
「ソウデスカ」
 視線を窓――車の外へと戻す。
―― スケールが違うっつうか。……常識ってものを知っていますかと問いたい。
 敷地はまあ予想通りだった。かなり広い。東京ドーム何個分計算が一番数えやすいだろ
う。ただ、俺が信じられなかったのは別のこと。
 まず目に入ったのは戦車。それも一台ではなく十数台、全てがその長い砲身を正門に向
けていた。
―― あれで不審者・不審車を狙い撃ちか……。
 他には戦闘ヘリやらハリヤーやらの戦闘機たち。
―― あれで本家上空を護衛しつつ、逃げた不審者・不審車を地の果てまで追いつづける
つもりか……。
 テロリストがハリヤーにとことん追いまわされ、最後はミサイルで爆死する光景が頭に
浮かんだ。かのホワイトハウスとてこんな物々しい警備はしてないと思う。
 いや、実際のところは知らんが。
―― 自衛隊も形無しだな、こりゃ
 ということだけは確かだった。世界的金持ちの私設軍隊侮りがたし。
「今日は会長−お祖父様が訪れるのでいつもの5割増しに警備を増強しているのです。と
はいえ、お祖父様は世界財産とも言えるお方。むしろこの程度では不足ですね」
 長い黒髪をかきあげながら棗は私設軍隊を見た。
「よくニュースで放送されねえな」
 これだけ大々的な武力をマスコミが気づかないはずもない。
 が、俺はこれまでの人生で一個人がこんな兵器を保有しているというニュースは聞いた
こともなかった。
「法光院家の全ての事柄は機密事項。世間に公表する前にこの世から静かに抹消される手
はずになっています。決して報道されません」
「あ、あは……ははは……」
 もはや笑うしかなかった。
―― いったい何人抹消されてんだろうな〜
 窓ガラスに映る俺の顔が真っ青になっていたのは言うまでもない。
 と、車内電話が鳴った。
「どうかしたの?」
 棗が受話器をとって電話の相手――運転しているルクセインに問いかける。しばらく目
を閉じてルクセインの声に耳を貸すと、
「……そう。構いません、思う存分相手してあげて」
 そう答えて受話器を置いた。
「何が相手なんだ?」
 棗は無言で窓の外を指さした。
「ん?」
 併走する1台の黒いリムジン。色以外は長さも形もいま乗っているものと同型だ。
―― いったいこいつがどうした?
 意味がわからず俺は首を傾げる。
 と、いきなり黒のリムジンが体当たりしてきやがった。体当たりによる衝撃が車内を揺
らし、中腰だった俺はバランスを取ろうとして失敗、前につんのめって棗の膝の間に顔を
つっこませるハメに………。
 柔らかく暖かな感触。何の香りだろうか、甘い匂いがした。
―― 少しこのままの状態でいたいかもしれん
 そんな事を思っていると、後頭部にチリチリと視線を感じた。
「………」
 顔を上げれば棗が無言で俺を睨んでいた。
「す、すまん」
 急いで膝から顔を離した。
「事故ですから……今回は見逃します」
「さ、サンキュ、のわ!」
 2度目の揺れ。3度目もすぐにやってきた。今度は棗に抱きつく格好となってしまう。
「いったい何だよ、あのリムジンは!」
「姉です。久しぶりの再会で興奮しているんでしょう。…とりあえず離れなさい」
「こう揺れてちゃ動くに動けねえよ!ったく、これが残忍長女かよ」
「姉は興奮すると誰彼構わず殺す人です」
「おいおいおいおい、そんな奴は精神病院に永久隔離しとけよ」
 眩暈と頭痛のダブルパンチに俺は頭を押さえた。
「姉はこれで正常ですので。でも、安心なさい。この車を運転しているのはルクセイン…
…たとえ姉さんが雇った腕利きの運転手でも負けることはありません」
 併走する黒のリムジンを見ながら、棗が口元に笑みを浮かべた。余裕のある、加えて挑
発を含めた笑みだった。
 パパパパパパーーーーッ!!
 クラクションを鳴り響かせながら黒のリムジンが激しく体当たりを繰り返してくる。
「お前が挑発するから余計に増しやが……うぷ。酔いそうだ」
「この程度で酔うなんて軟弱ね。良い機会ですから耐性を付けなさい」
「む、無茶言うなよ。つうか、余裕のお前が信じらんねえ……」
 胃の中身が出そうになって俺は口を押さえた。
「吐いたら即、減点にします」
「わ、わかってるよ。くっそ〜、こうなるとわかっていればラーメン大盛りなんか食うん
じゃなかったぜ」
 今更ながら俺は後悔した。
 そのまま二台のリムジンは高速で地下駐車場へ入ると、途中にあった分岐で二手に分か
れることとなった。
「私の勝ちね」
 後方の分岐点を見ながら棗は笑った。
「そうなのか? 引き分けだと思うんだが……」
 『勝っていたらお前は人殺しだぞ』と心の中でツッコム。わかっていてそう言っている
んだろうか。そう思いながら見ると、棗はやれやれという風にため息をもらした。
「何も相手を倒すことが勝利とは言えないのよ。勝てると思っていた勝負に勝てなかった
ら? つまり、そういうことです」
「なるほどな」
「それよりも、もう離れることはできるでしょう? それとも……私の温もりと柔らかさ
をまだ堪能したいのかしら?」
「そ、そんな訳あるか!」
 俺は慌てて後ろに跳んだ。今更ながらに自分のしていた事を理解して顔が赤くなる。
「顔を赤くして……相変わらずウブね」
 そんな俺を見て、棗がクスリと笑った。
「うあ」
 俺は目線が合わないように顔をそむける。
―― 手玉に取られましたよ
 もはや恥ずかしさの極みだった。

←前へ  目次へ  次へ→