第十九話「デッドorアライブ」

 1分ほどしてリムジンは静かに停車した。
 運転席から出てきたルクセインが扉を開くと、
「行きますよ」
 先に棗がでる。
「うっわ、がらっがら。もったいねえな〜」
 棗に続いて車から出た俺は率直な感想を口に出した。
 100台は楽々駐車できるこの場所には乗ってきたリムジン以外は1台も駐車していな
い。天井さえなければ野球もサッカーも余裕で出来るスペースが空いていた。
「今日は身内だけだからです。パーティーの時は全て埋まりますよ」
「ふぅ〜ん。ま、そうだろうな」
 世界的有名人のパーティーだ。さぞかし有名どころの連中が世界中からこぞってやって
くるに違いない。逆にこの程度の広さでは足りないくらいだろう。
「ちなみに駐車場は全部で25カ所あります」
 不意に立ち止まって棗が言った。
「さすがさすが」
 乾いた拍手をしながらたっぷりに皮肉ってやるが、さして棗は気にせず歩き出し、エレ
ベータに乗り込んだ。俺もその後に続く。
「んで、今日は何のためにここにきたんだ?」
 エレベータが上昇を始める。
「知りたいの?」
「まあな。そもそも俺がここに連れてこられる理由がわからねえ」
「……いずれわかります。それまで必死に悩んでみなさい」
 何やら楽しげに笑う棗を見て、俺は言い表しようのない不安を感じた。
―― 何かあるな
 棗が笑うときは決まって何か企んでいるときだ。
 だが何を企んでいるのか?色々と憶測を立ててみるがどれもしっくりくるものがなく、
そうこう考えている内にエレベーターは停止した。
 棗の後に続いて出る。
「だだっぴろ〜」
 思わず俺は口に出して言った。
 左右に伸びる長い廊下。何百メートルあるだろうか。廊下の端が小さく見える。床は真
紅の絨毯が敷かれており、何とも嫌みなほど高級感を感じさせた。
「これから着替えます。彩樹はこの先の一番奥にある部屋で着替えなさい」
「別にこれでいいじゃんか」
 今の俺はルクセインと同じ執事服を着ていた。というか、棗の屋敷に連れてこられてか
らはずっとこの服だ。どこも汚れていなければ皺もない。
 問題ないと思った。
「命令です。……もし着替えたら50ポイント」
「行く」
 この上ない好条件の勝負に俺は即答した。
 この前の別荘地で200も減らされてるから少しでも稼がなくちゃならない。着替える
だけで50も貰えるのは好都合だった。
「着替えたらここに戻ってらっしゃい」
「わかった」
「では、後ほど」
 優雅に一礼してから棗は一番近い部屋に入ってしまった。
「……な〜んかあいつがお嬢様の雰囲気だすとさぶイボが。滅多に見ねえから免疫ができ
てねえのかもな。……さて、俺も着替えるか。一番奥の部屋だったよな」
 棗が指差した方向に向かって歩きだす。だだっ広い廊下には、予想通り高そうな石像や
ら絵が飾られていた。
「これ一個でいくらするんだか」
 呆れつつも俺はそれらを見ながら500メートルほど歩き、ようやく端にたどり着いた。
「奴隷・執事用更衣室(男)……ね」
 とりあえず50ポイントのため、俺は部屋の名前が気に食わずとも中に入った。
『お待ち申し上げておりました』
 入るなり中にいた二人の若い執事が頭を下げてきた。
「な、棗にここで着替えるよう言われたんだが」
「存じ上げております」
「こちらのお召し物をどうぞ」
 長髪執事が綺麗にたたまれた服を差し出してくる。渡されたのは白のタキシードだった。
「お手伝いいたします」
「なんでやねん!」
 服を脱がそうとする短髪執事の胸に俺は逆水平をみまった。
「気色悪いからやめろ。つうか着替えぐらいひとりでできるに決まってんだろうが」
「失礼いたしました」
 深々と頭を下げると、そのままの姿勢で短髪執事と長髪執事は部屋の奥に下がった。
「……何考えてんだか」
 俺は着ていた執事服を脱ぎ捨て、渡されたものに着替えなおす。
「おっと、これも一応は」
 棗から渡された例のアレも装備する。
―― 何が起きるかわからねえし
 少々動くのに不便になるが用心にこしたことはないだろう。
「よし」
 着替え終えた姿を姿見で見てみる。タキシードなんて初めて着たがなかなかに似合って
ると思った。
「ふっ。俺に惚れるなよ」
 姿見に向かってポーズをとってみる。
 背後から感じる視線。姿見から窺うと、奥に消えたはずの長髪と短髪が揃って俺を『馬
鹿だ、あいつ』ってな目で見ていた。
「お、おほん。さってと、さっさと戻るか」
『お疲れ様でございました』
 頭を下げる二人に手を振って答え、俺は部屋を出てさっきの場所に向かった。
 そして20メートルほど歩いた所で、
「きゃっ!」
 通り過ぎようとした部屋から出てきた女が俺にぶつかって尻餅をついた。
 年は俺と同じか少し上だろうか。顔は申し分ない。長い髪を三つ編みにして束ねていて、
白いワンピースドレスとでもいうのだろうか、そんなものを着ていた。
―― こういうのを深窓の令嬢っつうんだろうな
 棗も端から見ればそうなんだろうが。
―― いかんせん性格がアレだからな
 と、心の中で嘆息する。
「いった〜い」
 強かに打った尻をさすりながら女が俺を見た。
「あ、すまん。大丈夫か?」
「もう、急にいるから驚きました。けれどこちらも不注意でしたし……お相子ね」
 そう言って女は小さく舌を出した。
―― 可愛い。
 見た者の心を奪ってしまう威力はあるであろうその笑顔だが、なぜか俺は妙な違和感を
感じた。何というのだろうか……作り物に見えたのだ。
「手、貸していただけませんかしら?」
 そう言うと女が手を差し出してきた。
「あ、ああ」
 相手の不注意とはいえ自分が倒したのも事実。俺は立たせてやろうと手を掴もうとした。
「ありがとう」
 邪気のない笑みを浮かべながら女は言った。
「そして、さようなら……」
「あ?」
 その言葉を意味をすぐには理解できなかった。
 カチリという何かの金属音。棗と出会ったからよく聞くようになった音。そして危険な
音。その音を発した物を目にして俺は言葉の意味を、女の正体を知り、もはや逃げられな
い事を悟った。
「死ね」
 女の笑顔が歪んだ。
 耳を突くような銃声が廊下にとどろく。
「うあっ!」
 胸に強い衝撃を受けて俺はのけぞった。
―― 撃たれた
 女の右手にある黒の自動拳銃を見ながら俺は驚愕した。
「馬鹿なゴミ。この法光院藍にぶつかっておいて生きていられると思っていたのかしら。
ふふふふふふ。ホント、馬鹿だこと! 馬鹿すぎて腹立たしい!」
 続けて3発の銃弾が胸と腹を襲った。わずかに感じた浮遊感のあと視界がぶれた。
―― あれ? 倒れた……のか?
 視界に天井が映ったことで俺は倒れた事を理解した。
「それにしても、このようなゴミを入れるなんてどこの馬鹿? ねえ……誰かの知り合
い? それとも法光院の秘密を探りにきた諜報員?」
 膝をついて俺の顔を覗き込んでくる女―――法光院藍。
―― なるほど。恵の言ったとおりのヤツだな
 過去の記憶から次のワンフレーズを思い出す。
『笑顔で他人を殺すタイプじゃ』
 言葉どおりだった。俺はまんまと深窓の令嬢という仮面に騙されたってわけだ。
「ま、どうだっていいわね」
 小さく嘆息して残忍長女・藍が銃口を俺の眉間に押し付けた。
―― マズイ。体が動かねえ……
 頭を強く打ったショックからか体が言うことをきかなかった。
 ピンチ。窮地。絶体絶命。死。あの世。葬式。火葬。墓行き。最悪のフレーズが次々と
俺の頭の中を飛び交っていく。極度の緊張からか息が勝手に荒くなり、背中は汗でびしょ
びしょだ。
「あの世でのんびり過ごすといいわ」
 殺害宣言。
―― 嗚呼、やっぱ今日が俺の命日になったか……
 心の中で涙し、俺は目を閉じる。
―― まだやりたいことが山ほどあったのにな〜。中でも彼女を作っていちゃいちゃした
り、あ〜んな事やそ〜んな事とか……くぁ〜死んでも死にきれね〜!
 目を見開き、『死んだら化けて呪い殺してやる』と俺は心に堅く誓いながら藍を睨みつけ
た。

 それからすぐ――5発目の銃声が廊下に轟いた。

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