クリスマス前番外編「後編 どっちが料理ショー!」

 勝負の題名発表から10分後。

 邸中の人間が広間に集められた。
 というか俺が集めさせた。理由はもちろん勝負説明に必要だからだ。
 集まった人数は200人は下らないだろうか。そいつらの視線が全て俺に向けられている。その全てが『いったい
何をさせるつもりだ』と訴えかけていた。
―― 微妙に殺気を感じるのは気のせいだろうか。
 とりあえずは気のせいだと思うようにする。でないと精神的ストレスで胃が痛くなりそうだった。
 程なくして全員集合の報告が届く。
 一度大きく深呼吸してから、
「あーあーマイクテステス。おほん。んじゃ、これより今回の勝負の説明をする!」
 用意させた演説台の上に立ち、俺は説明を開始した。

 どっちが料理ショー。
 勝負内容は至ってシンプル。ハズレの料理を食べなければ勝ちだ。どちらともハズレの料理を食べなければ
食べるまで続く。また、料理が食べられなくなっても負けとなる。
 料理を作るのはメガネメイドこと『鏡花』とダメダメイドこと『カーナ』。
 当然だがハズレはカーナの料理だ。というかアレは料理の皮を被った『毒物』以外の何もんでもない。それを
『当たり』というヤツは作った本人しか思っていないだろう。

 料理か毒物か。それを見極める勝負。

 どっちが料理でしょう?

 だからどっちが料理ショーと題したというわけである。

「そこ、寒いとか思わないように」
 適当な方向を指差して俺はツッコンでおく。
「で、料理を食べるヤツをお前達の中から棗と恵にひとりずつ選んでもらう。だからここに集まってもらったって
訳だ」
 説明を終えた俺はメイド達の反応を見た。
 無反応。いや、赤のメイド服を着た連中の一部がほんの数秒ほどざわめいた。連中はカーナの料理がどれ
ほどの『威力』を持っているか知っているからだろう。
―― 常人ならスプーン二口で致死量だしな。
 一口食べた後の苦痛を思い出して思わず吐き気が沸き上がってきた。
「……いちおう説明は以上だ。異存なしか?」
 両腕を組んで座っている棗と恵を見る。二人は互いに見合ってから小さく頷いた。
「んじゃ、代表者を決めてくれ。いや、代表者って言うよりフードファイターって言った方がいいかもな」
「ふっ。私が選ぶ者は最初から決まっています。……玲子」
「はい」
「私に勝利を」
 音もなく現れたメイド女に向かって棗が女王様然とした口調で命令すると、
「了解いたしました。お嬢様の為に全力を尽くし勝利と幸福をお届けすることを誓います」
 その場に跪いて玲子は騎士よろしく宣言した。
「妾とて決まっておる。盟子、頼むぞ」
 不敵に笑って恵は隣に控えていた侍女を見上げた。
「かしこまりました。姫様に最高のクリスマスをプレゼントさせていただきましょう」
 二人の宣言を聞いて俺は頷いた。
「さぁ〜て! 勇気あるフードファイターも決まった! これより1時間後に第1戦を食堂で開始する! もちろ
ん、勝負はモニター中継するぞ! とにかく1時間後だ! 全員、震えて待て!」

 かくして、どっちが料理ショーの幕は上がったのだった。

 食堂は勝負前独特の緊張感と沈黙に満ちていた。向かい合うように座っている玲子と盟子は互いを威圧す
るように睨み合っている。
―― もしあの睨みを向けられたら俺は身動きできなくなるな。
 二人から少し離れた所でそれを見ていた俺は苦笑を浮かべつつ、右腕の時計を見た。
 もうすぐ1時間。勝負開始時刻だ。
「お待たせしましたぁ」
 そう思った所でカーナの緩んだ声が発せられた。顔を向けると台車を押してキッチンから現れたカーナが視
界に入る。
「1品目は何だ?」
「はいぃ。1品目はカレーですよぉ。自信作です!」
 胸を張ってカーナは自慢げに言うと、台車から銀の蓋を被せられた料理をテーブルに移した。

 そして、蓋が外される。

「こ、これは……」
 料理を目にした私は思わず顔をしかめてしまった。
 カレー。確かにカレーだ。どう見てもカレーに違いない。
―― けれど、この匂いは何だというの?
 テーブルに置かれたふたつのカレー。
 ひとつは一般的なカレー。もうひとつは濃い緑色をして妙な匂いを発していた。いったい何を材料にしている
のか見当も付かない。
 そして、どちらがカーナのものであるかも。
―― 一見して緑色カレーがカーナのものかに思えるけれど……。
 フェイクという可能性は十二分にあった。しかし、そうでない可能性も十二分にあるのもまた事実。
 つまり、当たりがどちらかだか見当もつかなかった。
―― けれど、お嬢様の幸せの為に負けるわけにはいかない。
 私は顔を向けられているカメラへと向ける。
―― お嬢様、私は負けません!
 モニターで見ているお嬢様に向かって私は心の中で再度誓った。

―― ああ、なんと嘆かわしいことでしょう。これが料理だなんて……。
 グロテスクな緑色の『物体』を見たわたくしは思わずハンカチで口元を押さえてしまった。嘆かわしくて涙まで
浮かぶ。
「これが料理でございますの?」
「ういぃ。カーナ特製カレーですよぉ。食べたら美味しさのあまり昇天しちゃいますぅ」
「不味さのあまりに昇天してしまいそうですわ」
 無意識に本音が口から漏れるとカーナさんが子供のように頬を膨らませた。
「自分の料理は完璧ですよぉ〜だ。食べたこともない人に言われたくないですぅ」
 そっぽを向いたカーナさんはそのまま彩樹様の隣へと移動した。
―― できれば食したくはありませんね。
 そう思うもすぐに思い直した。不埒な考えをした頭を何度も叩く。
―― 何を考えてしまったの。この勝負に勝たねば姫様が幸せを逃してしまう。
 それだけはあってはならない。たとえ命に替えても、だ。
―― 姫様の為に……この盟子、命を捨てる覚悟にございます!
 決意を固めたわたくしは、その想いを瞳に込めて向けられているカメラを見つめた。

 カメラを見ていた二人が互いに睨み合う。互いに勝利を譲らないのは目に見えていた。
―― 何だか見ているこっちまで緊張してきたぜ。
 頬を伝う汗を拭ってから俺はマイクを口に近づけ、
「ではこれより3分の思考タイム! それが終わったら実食だ!」
 睨み合っている両者に向かって叫んでから目を時計に向けた。
 そして、秒針が真上に来た所で……。
「思考開始!」
 大声で両者に告げた。
 とたん、二人は視線を互いにカレーへと向ける。匂いを嗅いだり、カレー自体を見たり、俺を見たり、カーナ
を見たりと色々と行動を起こす。
「言っとくが俺はどっちがハズレか知らねえぞ」
 理由は簡単だ。睨まれてうっかりボロがでかねない。それは鏡花も同じらしく、あいつはこちらに来ないでキ
ッチンに待機している。モニターで今の状況を見ていることだろう。
 目を時計に向ける。そろそろ3分目の秒針が真上に来るところだった。
「……終了! 勝負開始前に確認だ。食べる際にはヘッドホンと目隠しをしてもらう。で、勝負開始は肩を叩く
のが合図だ。いいな?」
 二人は静かに頷く。
「両者にヘッドホンと目隠し!」
 俺の言葉に控えていた世話メイド達が二人にアイマスクと大音量の音楽を発するヘッドホンをつけた。
 両者が互いの動きを察知できないようにする為の措置だ。他にも相手の出方を窺っていつまでも勝負がつか
ない可能性もある。
『完了いたしました』
「よし。では、実食!」
 俺の言葉でメイド達が玲子と盟子の肩を叩く。

 刹那。

 玲子、盟子のスプーンが同時にカレーをすくって口の中へ。

 決着はすぐに着いた。

 ゴツッ!

 食堂に鈍い音が二つ響く。

 玲子と盟子が揃って額をテーブルに打ち付けた音だ。
 どうやら二人ともカーナのカレーを食べたらしい。スプーンを口に入れたままピクピク体を痙攣させている。
―― 超人二人をたった1口で……。
 恐るべしと思うと同時に二人の何とも哀れな姿を目の当たりにして、
『南無』
 俺と世話メイド達は同時に両手をあわせた。きっとモニターの前で他のメイド達も合掌していることだろう。
 ちなみに二人が食べたのはどちらも『普通のカレー』の方だ。つまりはそっちがカーナ特製カレーということ
になる。
「お前さ」
「はいぃ?」
「さっき盟子と話してたときにグリーン色のカレーは自信作って言ってなかったか?」
 盟子の視線、会話の成り立ちからいって俺はそう思っていた。恐らく玲子と盟子も同じように思ったから、こん
な結果になったのだろう。
「はぇ? そんな事は一言も言ってないですよぉ」
「言ってなくても盟子がグリーン色のカレーを見ながらお前と会話してただろうが」
「……そうなんですかぁ? 自分は盟子さんを見ていたんで気付きませんでしたぁ」
 そう言ってカーナは罪悪感の欠片も感じさせない無邪気な笑顔を浮かべると、テーブルに置いてあった予備の
スプーンで『見た目は普通の』カレーを口の中に運んだ。
「むぃ〜。美味しいですよぉ。この美味しさがわからないなんて、何て皆様は罪深い味覚をもっているんですかぁ」
 心底幸せそうな顔でカレーを次々と口の中へ運んでいく。
―― 罪なのはお前のその天然さと異常な味覚だって。
 やれやれとため息を漏らしつつ、俺は今日の教訓を頭に思い浮かべた。

 今回の教訓――『天然に勝るものはなし』。

 とにもかくにも勝負は両者ハズレを食べて戦闘不能なんで引き分けとなった。さしもの超人二人もカーナ特製
の『毒物』には敵わなかったらしい。
 二人とも法光院家が運営する特別病院へ搬送となった。間違いなく数日の入院生活を送ることになるだろう。
「引き分けっつうことは、だ。その日は何もしないでのんびりと過ごすことに決定ぇ〜」
 これにて一件落着と俺はるんるん気分で食堂を出た所で、
「ダメじゃ」
「却下」
 両腕を掴まれた。
―― 逃げ切った犯罪者が待ち伏せていた警官に捕まった気分ってのはこういうもんかな。
 ガックリ項垂れてから俺は心の中で嘆く。
「引き分けということは私にも恵にも彩樹と過ごす権利があるということよ」
「うむ。思い切り不本意じゃが致し方あるまいな」
「え〜っとつまりどういうことで」
「彩樹が私と聖夜を過ごすことに変わりはないということよ」
「彩樹が妾とクリスマスの日を過ごすことは決定事項というわけじゃ」
 俺の問いに二人は同時に答えた。
―― やっぱそうなるのか。
 別にクリスマスパーティーをするのは構わない。むしろ歓迎すらしよう。大を付けたっていい。
―― だけどな。こいつらが関わるとタダですまない気がしてならない。
 間違いなく騒ぎが起きて、確実に俺が被害を被る。下手すればまた入院なんてことにだってなるかもしれない
のだ。
 そう思うとさっきまでの軽さはどこへやら。何だか肩のあたりがズッシリ重く感じた。
「はぁ」
 ため息をひとつ漏らしてから俺は窓の外を見た。

 空に輝くたくさんの星々。

―― サンタさん。どうか平和で楽しい時間をプレゼントしてください。

 もはや逃れられないと悟った俺は、夜空に輝く星を見上げながら切々と願うしかなかった。

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