クリスマス前番外編……おまけ

 誰もいなくなった食堂にて……。

―― それほどグロテスクで匂うかしら?
 すっかり冷えてしまったグリーンカレーを手にして匂いを嗅いでみる。多少は匂うものの酷いと言うほどでは
ない。色もグロテスクとは思えなかった。
 一口食べてみる。自分で作っておいてなんだが本当に美味しい。
「さらに健康にも良いのに。まったく理解できないわ」
「右に同じですぅ」
「……いつからいたの?」
 隣を見ると同じ用に自作のカレーを食べるカーナがいた。まったく気配を感じなかった。
――意外とこの子って暗部でも働けるのかもしれないわね。
 暗殺道具も個性的だ。あそこの人員としてはもってこいだろう。今度推薦してみようかと思うも、
――この子のドジぶりでは無理よね。
 数々の被害を思い出して、私はその考えをうち消した。
「はぃ。ついさっきからずっといましたよぉ」
「そうなの」
「そうなんですぅ」
「まあいいわ。けれど、どうしようから。キッチンにはまだ作ったカレーが残ってしまっているのよね」
 カレーでひとり分というのは無理だったので4人分で作成したのだ。まだお鍋には3人分のカレーが残ってし
まっている。
「ああ、そうだわ。お嬢様達に食していただけばいいわね」
「それは良い考えですぅ。鏡花さんって天才ですねぇ」
「貴女もある意味テンサイね」
「あははは。そう言われると照れちゃいますよぉ」
 両手で頬を覆ってクネクネしだしたカーナを私は半眼で見た。
――そう、貴女は天災よ、天災。
 もう少しその事をわきまえてほしいと思いつつため息をもらす。
「ではでは。決まったからには即行動いたしませうぅ」
 右手を挙げて宣言したかと思うと、カーナはキッチンへと行ってしまう。嫌な予感がした。
――まさかあの子ったら。
 慌ててキッチンの中に入る。そのまさかだった。
「ふんふんふんふ〜〜〜〜〜ん♪ 食えっ食えっ食えカレ〜ラ〜イス〜♪」
 中ではカーナが妙な歌を歌いながら『毒物カレー』を温め治していた。このままではお嬢様が犠牲者となっ
てしまう。それはあってはならない事だ。
「貴女のカレーはいいの!」
 肩を掴んで作業を止めさせる。
「えぇ〜! 何でカーナのカレーはダメなんですかぁ! 不公平ですぅ!」
「不公平も何も貴女はこれ以上犠牲者を増やすつもりなの! そんな事はお世話メイドの長として許しません
わ! これは命令よ!」
「む〜! じゃ、じゃあじゃあ残ったカーナのカレーはどうすればいいですかぁ!」
「そんな毒物捨ててしまいなさいな! でなければ貴女が食べなさい!」
「こんなに食べたら太っちゃうじゃないですかぁ! 鏡花さんも食べてください! 食べてくれたら自分のカレー
は持っていきません」
 じっと上目遣いにカーナが睨んでくる。
――困りましたわ。
 究極の選択。自らの命かお嬢様の命か。いや、どちらを選ぶなんて初めから決まっているではないか。
「わ、わかったわ。一緒に食べてあげるからお嬢様達へは食べさせないこと。いいわね?」
「うぃ! ではではではでは。は〜いぃ。鏡花さん、どうぞぉ!」
 満面の笑みと共にカーナが大盛りのカレーを差し出してきた。見かけは普通のカレー。けれどもその実態
は猛毒物。
 さすがにお嬢様の為とはいえためらってしまう。食べた後の事を思うと冷や汗が頬を伝った。
「さあ、さあさあさあさあさあさあさあさあぁ!」
 苦悩する私を余所にカーナは実に楽しそうだ。湯気立つカレーをずいずい近づけてくる。
――嗚呼、お嬢様……鏡花は、鏡花はここでお嬢様の為に朽ち果てます!

 鼻をつまみながらカレーを口の中へ。

 感想。

――三途の川が見えましたわ。

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