クリスマス前番外編 前編

 クリスマス5日前の昼。

「彩樹と聖夜を共にするのはこの私です!」
「いいや、彩樹は妾と一緒に過ごすのです。姉上にはお引取り願おう!」
 飽きもせず口喧嘩を繰り広げる棗と恵の二人を見てつくづく思った。
―― いったい何度目だ? こいつらの思考パターンってのは単純だよな。
 と。
 いい加減に口喧嘩以外の解決方法を思いつかないのだろうか。かといって実力行使という手段になるの
は勘弁してほしい。
 傍観しつつ俺はもっとも被害の少ない解決方法を考えてみた。
―― やっぱ勝負事が一番早いな。
 勝敗が決まればこいつらは大人しくなる。ただ、その勝負内容が問題だった。
 女の対決では定番な料理対決……棗が有利だから却下。
 季節だろうって事で編み物対決……これは恵が圧倒的有利なんで却下。
―― 意外や意外にも棗は編み物が苦手なんだよな。
 手先が器用なだけに何で苦手なのか、事実を知ったときは理解に苦しんだ。ちなみに事実を知った経緯
はこうだったりする。

 あれは1週間前のこと……。

『おい、急に冷え込んできたから上着よこせ』
 と、暢気に紅茶をすすっていた棗に言ったのが発端だった。
「ほむ。なれば妾がセーターでも編んでやろうか?」
 今では6畳になった俺の陣地で寝ころんでいた恵がムクッと起きあがった。
「セーターか。それもいいな。頼む」
「よかろう。盟子、話しは聞いておったな?」
「すでにご用意しております。こちらでよろしいでしょうか」
 音もなく姿を現した侍女−盟子は手にしていた白の毛糸玉と編み棒を恵に差し出した。
 受け取った恵は手際よく編み始める。何とも手慣れたものだ。
「へぇ〜。やるもんだな」
「殿方の為に自らの手で衣服を編む……乙女のたしなみにございます」
「だってよ。お前はできんのか?」
 未だに紅茶をすすっていた棗を振り返り、からかい半分に俺は訊いてみた。
 カップを傾けていた手が微かに震える。小さな逡巡。口からカップを離してテーブルに置くと、棗は小さく息
を吐いた。
「愚問です。私にできないことなどありません」
 顔、声に自信を漲らせて宣言した棗は玲子から同じく毛糸玉と編み棒を受け取って作業を開始した。

 6時間後……。

「はて、俺の聞き間違いか? さっき『愚問です。私にできないことなどありません』とかいう台詞を聞いたと思
ったんだが……」
 わざとらしく言いながら俺は動きを止めている棗を見た。珍しく困惑の表情を浮かべている。まあ、それも仕
方のないことだろう。
 俺は視線を棗の隣に向けた。
―― よくもここまで折り続けたもんだ。
 腰の高さまで積まれた折れた編み棒。全てうまく行かない事に苛立った棗の怒りを受け止めきれなかった編
み棒達だ。
 思わず合掌。
―― 次に生まれ変わった時は編み物を完成してくれ。
 そう願ってやらずにはいられなかった。
「こ、これは何かの間違いです。この私に出来ない事があるなんて、そんな事が――」
「あったんだな〜」
「くぅ。……不覚だわ」
 もはや形にすらなっていない毛糸を握りしめて棗は顔を俯かせる。隣では玲子が敗者棗の姿を見て涙していた。
「ほむ。このようなものかのう」
 と、今まで黙々と編んでいた恵が出来上がったセーターを持ち上げつつ呟く。
「セーターというよりもベストでございますね」
「だな」
 出来上がったセーターには裾がなかった。間違いなくベスト。この場合はベストセーターと言うんだろうか。
 どちらにしろ暖かそうだ。
「うむ。袖があると服と相性が悪いと思ってな。間違いはないと思うが、いちおうチェックしてくれ」
「かしこまりました」
 ベストを受け取った盟子が細かくチェックを始める。
 3分ほどして。
「はい。見事な出来映えにございます。以前よりも上達しておりますね。盟子は嬉しゅう御座います」
「愛する者の為ならればこそじゃ。作る相手が彩樹でなければ仕上がり時間も出来栄えもこの70%ダウンになっ
ていたぞ」
「だそうにございます」
 ニッコリと盟子が笑う。その笑みには『恵に感謝しろ』・『その想いに応えなさい』という意思が漲っていた。
―― ここで何も言わなけりゃ命が危ういな。
 口から勝手に乾いた笑みが漏れた。
「ははははは。さ、サンキューな」
「うむ。では何か頑張った褒美がもらいたいものよのう」
「褒美っていってもな。何もやれるもんはねえぞ」
 何せこの屋敷で俺の所有物といったら配給された時計とライトとボロ毛布、着ている服や下着だけだ。仮にどれ
か1個プレゼントしたところで恵が喜ぶはずもない。
「物などいらぬ。今夜にでも妾と逢引いたせ」
「逢い引き?」
「そうじゃ。先日、盟子から美味いと評判の小料理屋を教えられてのう。かといってひとりで行くのもつまらぬ」
「で、俺の出番ってわけか。いいぞ。これをもらった礼もあるし、美味い飯が食えるならなおさら―― 」
 『OKだ』と答えようとした所で俺は背後から棗に抱きしめられた。
「お,おい,いきなり何だよ?」
 いきなりな展開に困惑してしまう。棗の意図がまったくわからなかった。
「……でしょう?」
「は? 何だって?」
 背中に顔を埋めている所為か声がこもってうまく聞こえない。
「暖かいでしょうと言ったの」
 顔を背中から離して棗が俺を見上げてきた。
「いや,暖かいっていうかむしろ暑い」
「それはこの部屋だからです。けれど、部屋の外でならちょうど良くなります」
「……それがどうかしたのか?」
 言っている意味がわからず俺は首をかしげた。
「だ、だから……部屋の外へ行くときは私が彩樹を、その、暖めてあげると……そう言ってあげてるのよ!」
 顔を真っ赤にして棗が声を荒げる。
―― それはつまり『人間カイロ』になるって言ってるのか? 部屋にいるとき以外はいつでもどこでも俺にひっ
ついて暖めると?
そこまで理解した俺は急に恥ずかしくなった。その光景を想像しただけで全身がむず痒くなる。さすがにまだ免
疫が出来ていないらしい。
 だが。
―― ま、少しずつ慣らしていくってことで。
 あの幸せそうな顔を見られるなら良いかと思った。少しずつ前進ってことで。
 なんて考え込んでいたら、
「嫌だというの?」
「あたたたたたた。や、やめろ。いたたたたたた」
 横腹を抓り上げられて悲鳴をあげるハメになった。

 その後、毎度の事ながら激昂した恵と棗で口喧嘩が始まったのは言うまでもない。

 ちなみに恵のベストはルクセインへと渡った。
 なら俺はというと。
―― 部屋から出ると動きにくくなった。
 というわけだ。
―― とりあえず、この話は置いといて。
 前にあった『何か』を横に退けて俺は再び対決方法を考える。
 なんてウダウダ考えていたら、
「こうなれば実力で彩樹と過ごす権利をいただくまで!」
「望むところです」
 すでに最悪の事態へと陥る寸前となっていた。
―― ヤベ。早く止めねえと。
 周囲だけでなく俺にも被害が及ぶと立ち上がった―― そのとき。
「失礼いたします」
「ます〜」
 2回のノックの後に世話係メイドの鏡花とカーナが入ってきた。互いに襲いかかろうとしていた二人の動きがピ
タッと止まる。
「なに?」
「昼食の準備が整いましたので食堂の方へ」
 深々一礼して鏡花が告げる。隣でほけ〜といていたカーナも慌てて頭を下げた。
―― む!
 二人を見て俺はナイスな対決方法を思いついた。
「なあ、これから言う勝負に勝利したヤツとクリスマス過ごしてやるよ」
 思いついたら即行動。部屋を出ようとしていた二人に向かって俺は言った。
「勝負?」

「ああ。題して、どっちが料理ショーだ!」

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