第二話「兄さん、美少女コンテストで誰に投票すればいいのでしょうか」
 私立皇学園は生徒の自主性、自発性を教育理念としている。
 そのため学校行事の全てを生徒が執り行っていた。全校朝礼も入学式も卒業式も修学旅
行も何もかもだ。教師側は生徒会長の提出した行事案件に風紀の乱れがないか学生として
相応しいものであるかをチェックして可否を出すのみ。つまり、許可さえもらえればどん
な行事も行えてしまう。
 見方によっては放任と取られるかもしれないが意外とその教育理念は功を奏しており、
今のところ学級崩壊や不良生徒増加などはなかった。

 そんな学園が入学式、始業式を平々凡々に終えた翌週。
 そろそろ新入生も高校生活に、上級生達は新しい学年に慣れ始めた頃、昇降口、体育館、
各階の窓、職員室近くに設置された告知板に以下の文が書かれた模造紙が貼り付けられた。

『来たれ美少女! 次週の木曜1日を使用して美少女コンテスト開催が決定! 参加者は
今週中に生徒会室にてエントリー受付してください! エントリー資格と期限は……』
 張り出された告知に全校生徒は沸き上がった。すぐさま男子生徒の間では今年のレベル
はどうだの、優勝候補は誰だのという会話が始まり、女子生徒は参加するかしないかの話
しに花を咲せる。
 そんな騒がしい中でひとり、風月葵はグッタリと机の上に突っ伏していた。
「ね、眠いのにうるさくて眠れない」
 慢性的な睡眠不足であった。ここのところ十分な睡眠をとっていない。ここ1週間で時
間にして9時間半。1日換算で2時間も寝ていなかった。
 原因は楓、綾、妖子が夜な夜な部屋に忍び込んでくるのである。目的は添い寝らしい。
―― だ、駄目です! 年頃の男女が一緒に布団だなんて! も、もし、ま、間違いがあ
ったらどうするつもりですか!
 初回の侵入時に葵は彼女たちに向かってそう問いただした。
「別に私は間違いがあっても問題ないわ。むしろ歓迎しちゃう。っていうかさ、同じ部屋
じゃ嫌だっていう葵のお願いを聞いてあげたんだから私のお願いも聞きなさいよ」
「わ、わたくしはその……相手が先輩なら……きゃ、言っちゃいました!」
「……オ〜ゥイエ〜ス…カマ〜ン…」
 3人とも嫌がるどころか嬉々として答えたものだった。
―― こ、このままじゃ既成事実なんて事に……。
 冗談ではないと葵は3人を部屋から追い出して窓も扉も全て施錠したが、どういうわけ
か3人は鍵を開けて入ってきてしまう。破壊ではなく開錠なので対策がとれなかった。
 自宅が危険なら知り合いの家にでも逃げ込むという案も考えたが、同時に逃げ込み先に
3人が押しかけてきて知り合いに多大な迷惑をかけてしまうのが容易に想像できるので断
念した。残った最終手段は野宿。場所の特定も困難であり、他人に迷惑をかけない。寝る
場所によっては体が痛くなるかもしれないが仕方がない。思い切って4日目に実行した。
 が、1時間もしない内に発見されて自宅に連行されてしまった。
 尾行などされていなかった。なのにどうして見つけられたのか。
「葵の……電波を……受信したの」
 驚く葵を尻目に、楽しげに妖子は目を細めて2本の前髪を指さした。
―― 特殊能力には勝てない……。
 恐らく世界中のどこに隠れても見つけられるだろう。不可能だとわかったので逃亡も諦
めて観念した。そして、異性にほとんど免疫のない葵はベッドの中で悶々としながら眠れ
ない日々が続き、現在に至っていた。
「ねぇ、私が出場したら優勝できると思う?」
 間近で吐息を感じて葵が顔を上げると目の前に楓の笑顔があった。
「え、あ、楓ちゃんならきっと出来るんじゃないかな」
 あまりの近さに顔が赤くなるのを感じながら葵はそう答えた。彼女はそこいらの女子生
徒とは比較にならない程の美少女である。転校して来てからまだ1週間だというのに毎日
十数通のラブレターが下駄箱に投函されているという。上位入賞は間違いないだろう。
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。もちろん、葵は私に投票してくれるんでしょ?」
 更に楓が顔を寄せる。吐息が頬をくすぐるのを感じながらも葵は動けない。後ろが窓な
ので逃げ道がないのだ。
「ねぇ。葵ったら……」
 更に二人の距離が縮まる。
「いいえ、違いますわ!」
 あわや唇が合わさるかというところで二人の間にひとりの少女が割り込んだ。婚約者の
ひとり、涼風綾である。葵と楓を引き離した綾はこれは自分のモノだとでも言うように葵
の顔を胸に抱きしめた。
「お、大勢の前でなんてことを。は、放してって、綾ちゃん!」
 葵の注意を無視して綾は刃のように鋭い双眸を楓へと向ける。
「心配になって来てみて正解でした」
「何であんたがここにいんのよ。1年生は上の階でしょ」
「毒婦の魔の手から先輩をお救いするために決まってます。先輩、ほんと〜〜〜に大丈夫
でしたか? まさか毒婦に何か色仕掛けをされたのでは!?」
「誰が毒婦よ、誰が!」
 決まっているではないかという顔で綾は楓を指差した。素早く楓がその指を張り飛ばす。
その様子をおろおろしながら葵は見上げた。
「嫌ですわ。図星を指されたからといって暴力を振るうなんて。ほら、貴女の本性を知っ
たクラスの方々が目を丸くしていらっしゃいますよ?」
 奥歯を噛み締めながら楓は押し黙った。綾の言葉とおり先ほどまで騒いでいたクラスメ
イトが今は黙ってじっと楓を見ている。
「くっ。ちょっと来なさい!」
 小さく呻いてから楓は綾の手を掴んで教室を出た。

 体育館裏へ来たところで楓は手を離すと、
「いい加減離れなさいって〜の!」
 綾から葵を引き剥がした。引き剥がされた葵はホッと息つくもすぐにぎょっとなった。
今にも殴りかかりそうな雰囲気で二人が睨み合っていたのである。
「このような所へ連れ出して何をするおつもりですの。もしや実力行使でしょうか?」
「してほしいのなら遠慮なくするけど?」
 楓が懐からシルバーメタリックの自動拳銃を抜く。弾丸は実弾ではなくゴム。しかしゴ
ムとはいえ当たればかなりの苦痛を与える代物だ。
「そのような豆鉄砲に怯えるわたくしとお思いですの?」
 言葉どおり臆することなく綾は薄く笑った。刹那、両の袖口から紅い棒状の物が飛び出
して彼女の手に収まる。一触即発。どちらかがほんの少しでも動けば戦闘開始は間違いな
いだろう。
「あ、あの二人とも喧嘩は良くないと思うけど」
 無駄かもしれないと思いつつ葵は二人の間に割って入った。
「葵はどっちの味方なの?!」
「そうです。ここでハッキリさせてくださいませ!」
「ええ!?」
 怒りの矛先を向けられて葵は困惑した。味方もなにも彼女達に喧嘩をやめさせたい葵に、
どちら側につくことなどできるはずもない。
「わたくしの味方になってくださいますよね?」
「戯言もほどほどにしなさいって。葵は私の味方になるって決まってるの。ね?」
 答えることも逃げることもできず葵はおろおろするのみ。
「私よね?」
 楓にガッチリと肩を掴まれ、
「わたくしですよね?」
 綾に手をギュッと掴まれて逃げることも叶わなくなってしまう。どうすればいいのか。
何が最善の選択か。二人が和解する方法はないのか。混乱する頭で必死に考えようとする
もまとまらない。
「さあ、どっちなの!」
「お答えくださいませ!」
 二人の詰問に葵は目を閉じた。
「答える必要……ないと思う…」
 新たな声に3人は周囲を見渡す。人影はない。ふと気配を感じて上を見上げると、婚約
者の天鳴妖子が木の枝に座って3人を見下ろしていた。
「よっ…」
 か細い掛け声と共に彼女は地面へ着地した。軽くお尻を叩いてから二人を見る。
「…葵を苛めるの……良くない……」
「出たわね電波女っ」
「いつの間に。気配すら感じませんでしたわ」
 楓と綾は素早く後ろに跳ぶと、身構えて妖子の出方を警戒する。解放された葵は3人の
視線が交差し合う場所でただただ成り行きを見守った。
「……安心して。……喧嘩するために来たんじゃ、ない」
「じゃあ何しに来たのよ」
 警戒を解かずに楓は言った。
「提案……というよりも挑戦状、かな。今度の、コンテストで……入賞順位が一番上の人
が葵を一日好きにできるっていう勝負」
「えぇ!? 何で僕が勝負の景品にならないと――」
「ならないと……また喧嘩勃発かも」
 ボソッと妖子が呟きに、
「うぐ」
 葵は小さく呻いて反論をとどめた。このまま二人が喧嘩して怪我をするのは不本意だ。1
日だけ彼女達に付き合うことで今の状況を解決できるなら安いものだろう。
 頭の中で計算し終えると、
「わ、わかりました。景品になります」
 そう言って腹の奥底から葵はため息をつく。
「よ〜し。その勝負受けたわ! 俄然燃えてきたじゃない。葵とのあま〜く切ない1日は
私がもらうんだから!」
「ふふふっ。毒婦や電波女などに先輩を一日とて好きにさせるわけにはいきません。勝者
の座はわたくしが必ずいただきますわ」
「……嗚呼、優勝してる……自分の姿が、み・え・る……」
 各々、優勝後の事を想像しながら瞳を輝かせる。その様子を少し離れていた所で見てい
た葵はただただ重いため息を漏らすことしかできなかった。

 出場者はコンテストの3日前に新聞部が発行したフルカラーオフセット仕様のカタログ
にて発表された。カタログには参加者数と参加者名簿、当日のアピール順などが記載され
ていた。しかし、フルカラーで134ページに加えて全校生徒と教諭で約900冊以上となれ
ばかなりの額になったはずだ。新聞部の部費では到底払えるものではない。恐らくは生徒
会が学校側から託されている行事用の資金を使用したのだろうが……。
「単なるいち行事としては少々無駄遣いが過ぎるな」
 葵が口にするよりも早く隣に立っていた人物が代弁した。名は綺々月京悟(きげつききょ
うご)。ひとつ上の3年生で剣術部の部長である。性格は……。
「こんなモノに金をかけるくらいなら無能な男教師を解雇して美人女性教師を雇ってもら
たいものだ。眼鏡をかけた知的な女性なら尚良い」
 こういう感じの人物だった。加えて策士であり、相手の弱みを見つけるとチクチク痛め
つける悪魔である。
「そうは思わないかい?」
「ノーコメントで」
「ふむ。……ああ、そういう事か」
 横目で葵を一瞥してから京悟は何度か頷く。
「な、何ですかその意味ありげな頷きは」
「いやなに、君は学校でも家でも美少女の顔を見放題なのだから必要ないのだという事を
思い出しただけさ。噂ではハーレム状態だそうじゃないか?」
「見ようによってはそうかもしれませんが、僕にとっては悪夢としか思えません」
 睡眠不足、それに伴う修行での集中力低下、授業中に寝てしまう事により成績も低下と
悪いこと尽くめだ。このまま今の生活が続けば更なる不幸が舞い降りそうな予感がする。
「君らしい答えだ。ふむ、確か鷺宮楓・天鳴妖子、そして綾君だったね。……ほほう。見
たまえ下馬評ではダントツの首位クラスのようだ」
 京悟がカタログの最終ページを開いて見せる。確かに棒グラフで示されたコンテスト前
の評価は3人が圧倒的だった。
「で、綾君に聞いたのだが3人の中で一番順位が高かった人物が君を1日自由にできると
か。はてさて、いったい何をされるのかね?」
「ホント、いったい何をされるんでしょうね……」
 目を閉じて想像してみた。
 楓の場合は料理を吐きそうになるくらい食べさせられた後で無理矢理……以下略。綾の
場合は無難にどこかへ出かけるような気がした。中学時代の彼女から推測するに遊園地か
動物園だろう。妖子の場合は………彼女の性格が性格なのでまったく予想がつかなかった。
「綾ちゃんが一番安全そうです」
「ほほう。では、君は綾君に1票投じると?」
「いえ、それだと投票しなかった2人から怒りの矛を向けられますし」
「ならば未投票という手かな?」
「いえ、それはそれで彼女達は怒ると思います」
「鬼門は避けて通れぬ、か。モテる男は辛いものだな」
 そう言って京悟は口元をカタログで隠すと目を細めた。
「悪知恵大好きな先輩なら何か彼女達を怒らせない方法とか思いつきません?」
「ん〜。あるにはあるんだが……」
 ぽん、と葵の肩に手を置いて京悟はウインクした。
「教えてしまっては君の不幸が拝めなくなる。君は楽しみがひとつ減るのとわかって教え
るような人物だと自分を思っているのかい?」
「いいえ。そうでしたね。先輩はそういう人種でしたね」
 他人の不幸は蜜の味。その蜜を吸うことこそが彼の楽しみであり、蜜のありかを探すの
が彼のライフワークなのである。そんな人物に助けなど求めても無駄だ。逆に弱みという
蜜を与える事になりかけない。
「まあ、これも君の蒔いた種だ。自業自得と割り切って諦めるのだね。こっちは君の不幸
を大いに楽しませてもらうんでよろしく頼むよ」
 ほしい玩具を買ってもらった子供のような目を向けられて、もはや味方は誰もいないの
だと悟った葵は重いため息を漏らした。

 コンテスト当日。
 雲ひとつない青空には花火が上がり、会場である体育館近くには生徒運営の出店が並ぶ
など賑わいを見せた。焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、カキ氷、棉アメ、ソースせんべ
い、じゃがバター、バナナチョコ、イカ焼きと何でもござれ。もはや学校行事ではなく完
璧にお祭りである。ちなみに売上の4割は緑の募金へ寄付されることとなっている。残り6
割は言わずもがな、だ。
「さてと、そろそろ中に入ろっかな」
 出店でたこ焼きとソースせんべい、缶ジュースを買ってから葵は体育館へと入った。既
にほとんどの席に生徒が座ってコンテスト開始を待っていた。最前列の席は完全に埋まり、
残りは中ほどに少しと後ろ側のみとなっている。
―― どこにしようかな。
 周囲を見渡すと手を振る京悟の姿を捉えた。視線が合うなり彼は空いている隣の席を指
差す。何を言いたいのかを理解した葵は頷き、京悟の隣へ腰を下ろした。
「昨年も凄かったですが今年は更に凄い賑わいですね」
「今回は粒ぞろいだ。レベルは昨年以上だし、このイベントを機に出場者の子とお近づき
になりたい連中が多い為だろうさ」
 ぺらぺらとカタログを捲りながら京悟はイカ焼きにかぶりつく。
「なるほど」
 コンテストは学内一の美少女を決める為だけの大会ではない。その美少女に男子生徒が
投票券でアタックする事ができるのだ。故に投票券には投票者の名前、顔写真、相手への
メッセージを書くことができるようになっている。確率は少ないが毎年数ペアのカップル
が出来ているのは確かだった。
「けど、こんなイベント誰が考えたんでしょうね?」
「実を言うと考えたのは自分だったりするのだよ、はっはっは」
「……はい?」
「現生徒会長とは幼馴染という間柄なのさ。で、その生徒会長から何か生徒を活気付かせ
るイベントを考えろと命令されたんで――」
「この美少女コンテストを考えたと?」
 葵の問いかけに、京悟は親指を立てて応えた。
 確かに皇学園は美少女が多いことで有名だ。この美少女コンテストも今回で3回目だが、
毎回外部の人間がコンテストを見ようと侵入しているらしい。きっと外では風紀委員と生
活指導の先生が侵入者の排除に奔走していることだろう。
―― それにしても今回の騒ぎの張本人が京悟さんだったとは……。
 怒りを通り越して妙に虚しいやら悲しい気分になった。
「おや、噂をすれば何とやら。生徒会長のお出ましだ」
 京悟が顎で舞台を指し示す。
 顔を向けると二人の生徒を引き連れた小柄な少女が壇上に立つところであった。
「七城淋子。身長131センチ。髪を両側で結い上げる俗にツインテール、ツーテールと
呼ばれる髪型がお気に入り。美人というよりも可愛い系だね」
「……本当に高校生なんですか?」
 あまりの小柄さに聞かずにはいられなかった。外見だけ見れば小学生、それ以下の年齢
にだって間違われかねない。
「事実彼女は今年の8月で18になる歴とした高校生だ。あぁ、ちなみに彼女の半径3メ
ートル以内で小さいという単語は禁句だ。もし発すれば撲殺されるのは間違いない。その
証拠に過去これまでに46人も病院送りにしている。中にはそれがトラウマで女性恐怖症
になった者も多数だ」
「そんな凶暴な人には見えませんが」
 見た目は本当に可愛い。天真爛漫という言葉が似合いそうな少女に思えた。
「人は、特に女性というものは色々な仮面をもっているものだ。君も気をつけたまえ。さ
て、開会式のようだね」
 壇上の淋子は手渡されたマイクに軽く咳払いをしたあと、
「これより第3回校内美少女コンテストを開催する!」
 高らかに宣言した。生徒達が一斉に歓声を上げる。中には立ち上がってクラッカーを鳴
らす者、玩具のラッパを吹く者もいた。
「静まれ!」
 発せられた一喝で歓声がぴたりと止まった。
「先日配布したカタログにも記載されているけどルールを説明すっから耳の穴かっぽじっ
てよ〜く聞くようにっ!」
 それから淋子は通る声でルールを述べた。
 1.出場者に対しての誹謗中傷禁止
 2.出場者がアピール中に舞台上へ上がった者は生徒会の名の下に制裁を与える
 3.写真撮影は禁止。後日、生徒会が撮影した物を販売するのでそれを買うべし
 4.告るのはコンテスト終了後に返却された投票用紙に『可』に○印があった者のみ
「代表的なのは今の4つ。他はカタログの125ページから書いてあるから読んで理解すべ
し。それと、最後のページに記述してある罰ゲームは本気なのでルールを守って方がお前
らの為だぞ」
 ペラペラと最後のページまで捲って内容に目を通す。その内容に葵は我が目を疑った。
『ルールを破ったバカには熱湯釜茹で地獄1ヶ月、1ヶ月毎日全教科テスト地獄、1ヶ月間
食堂の料金6割増地獄の中から罰ゲームを選択させるものとする』
 これまた学校行事の処罰にしては行き過ぎていた。当然ながら生徒、主に新入生達は淋
子に大ブーイングを浴びせる。対して彼女は両目を吊り上げると、
「ならルール違反しなきゃいいんだ! わかれ馬鹿ども!」
 スピーカーに反響音を残すほどの大声で叫ぶ。大ブーイングは静まり、変わって小声で
愚痴が所々から発せられる。それで納得したのか生徒会長は壇上から舞台袖へと消えてい
った。
「……凄い人ですね」
 それ以外の感想が思いつかない。
「チビだと思って侮ると後悔するという見本だな」
「……あの、聞かれたら撲殺なのでは」
 絶対的優位者の表情を浮かべながら京悟は胸の前で両腕を組む。
「彼女とは幼馴染と言っただろう?これまでずっと同じ学校、同じクラス。更に家も近
いし両親同士の交流もあった為に幼い頃はよく一緒に遊んだものだ。故に彼女が誰にも知
られたくない秘密の過去を色々と知っている。脅すことはあっても脅されることはありえ
ないね」
「部長はやっぱ悪魔ですよね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
 話がひと段落した所でスピーカーからドラムロールが鳴り響く。全ての窓に暗幕が下ろ
されて館内は真っ暗になった。
 真っ暗な舞台の中央を左右2本ずつの照明が照らす。
 振り払われた闇。そこには、はにかんだ少女がひとり水着姿で立っていた。
 生徒、特に男子生徒達が待ちに待った参加者のひとり目登場であった。
 参加者は自己紹介、趣味などを話したあと特技などを披露していった。衣装は主に制服
の子が多かったが、中には水着やらメイドのコスプレやらバスタオル一枚などの子もいた。
 自己アピールは舞い、ダンス、歌、演技、ヨガ体操、新体操など各個人の特技を披露し
観客を沸かせただが、ひとりだけ火を吹くという荒業をした子が退場になった。

そして、プログラムは順調に消化されていき、ついに今回注目の3人の出番となった。

 一番手は綾だった。薄紫の着物を着こなした彼女は、舞台中央にて三つ指をついて深々
と頭を下げた。
「皆様初めまして。1年F組の涼風綾と申します。知っている方も知らなかった方も今後と
もよろしくお願いいたしますわ」
 顔を上げて綾は笑った。とたん、生徒達が一斉に立ち上がって頭を下げる。中には『こ、
こちらこそ』などと律儀に答えている者もいた。
「あ、この後は自己アピールをするのですよね? 何をしようかしら。……あ、では幼少
の頃より学んでおります日本舞踊を舞わせていただきます」
 一礼した綾は袖口から扇子を取り出した。と、その際に視線がかち合ってしまう。
「あ、せんぱ〜い。わたくし、葵先輩の為に舞わせていただきますね〜」
「が、頑張ってね〜」
 周囲からの妬みや殺気のこもった視線に晒されながらも葵は努めて笑顔を浮かべた。
「では即席でありますが」
 綾の舞が始まる。優しく流れるような動き。動くたびになびく黒髪が照明を浴びて輝い
て見える。腕の動き、表情、足運び全てに誰もが魅了されてしまう。
 綺麗で、儚くもその内に秘めた強さを感じさせるような舞に葵も、そして京悟も目が離
せず見続けた。
 そして、舞いを終えた綾がその場で一礼すると同時に黙っていた生徒達が一斉に拍手喝
采。男女問わず賛辞の声が飛び交う。
「いやはや、噂には聞いていたがこれほどとは。素晴らしいとしか言いようがない」
「本当に」
 感動の余韻に浸りながら葵は応える。
 舞台上の綾は予想以上の反響を目の当たりにして少しばかりきょとんとしていた。と、
目が合う。凄いという想いを込めて葵は何度か頷くと、綾は嬉しそうに笑ってからお辞儀
をした。更に拍手と賛辞の音量が増し、次第にアンコールを求める声も混じり始めた。
「は〜いはいはいはい。アンコールはいつかね。時間も押してるから次よ、次」
 舞台袖から現れた淋子が大声援を無視して綾を連れて戻っていく。大多数の生徒は願い
を聞き入れない会長に対してブーイングを発したが、
「続きましては天鳴妖子さんです」
 進行役が次の妖子の名を発するなりピタリと止まった。
「一気に静まり返りましたね」
「現金な連中というか変わり身の早い連中というか、それとも彼女の人気のなせる業かな」
 照明が照らされた舞台袖から妖子が出てきた。衣装は黒のワンピースドレスなのだが、
肩やら袖口やら所々に白のフリルがあった。
「ほほう。彼女はゴスロリできたか」
「ゴス、ロリ?」
 初めて聞く単語に葵は首をかしげた。
「ゴシックロリータの略だ。どんなものかは後でインターネットで調べるといい」
「は、はぁ」
 生返事を返しつつ顔を舞台上の妖子へ戻す。
「みんな……初めまして。天鳴、妖子……です」
 妖子はスカートの両端を摘むと小さくお辞儀をした。その姿は無表情も相まって魂の宿
った人形に見えなくもなかった。
『妖子ちゃーーーーーーん!!!』
 一部の生徒が立ち上がって叫ぶ。ファンクラブの生徒達らしい。全員が額に『妖子LOVE』
と書かれたハチマキをしていた。
「まだ、少ない。……さて、特技だけど………実行、開始」
 俯いた妖子は自らの手で三つ網を解いた。解放された髪は左右にさらりと流れ……はし
なかった。まるで彼女の周囲だけ無重力であるかのようにウェーブのかかった髪が逆立ち
始めたのだ。
「……気のせいでしょうか。何か彼女の周囲に紫色のオーラみたいなものが見えるんです
けど」
「ほほう。目の錯覚かと思っていたが君にも見えるということは現実か。なかなか面白い
特技じゃないか」
「いや、あれは……」
 特技というよりも特異能力と呼ぶべき代物だろう。
「さあ、みんな……投票券に……妖子と記述」
 顔を上げた妖子が口の端を引いた。持ち上げた右手を横にゆっくりと凪ぐ。と、彼女の
纏っていた紫のオーラが館内へと広がり始め、
『あ〜〜〜書かなくちゃ。妖子様って書かなくちゃ』
『なぁ〜んで俺ってば妖子様って書いてないんだろ。修正してやるぜ!』
『私も妖子様みたいになりたいっと。よし、これで完璧!』
 最前列の生徒がうわ言のようにそう呟きながら手にしていたボールペンを投票券に走ら
せた。恐らく投票欄に妖子の名を記入しているのだろう。
―― 電波で洗脳しちゃってるよ
 電波というよりも思念。更に正確に言うと欲望。あれほど色濃い思念に抗える者などい
ないはずだ。いずれ全員が思念に操られて彼女の名を投票権に書き記す事だろう。
「妖子さま〜」
「ビバ、妖子様! エクセレント、妖子様ぁ!」
 汚染された生徒達が高らかに叫ぶ。
―― な、何だか危ない宗教が一瞬にして確立しちゃったよ
 誰もが呆然とする間もオーラの拡大は続く。
「全員正気に戻れ!そして、その女を即刻舞台から引きずり下ろせ!」
 異変に呆けていた生徒会長が我に返って腕章をつけた生徒に向かって叫ぶ。淋子の一喝
で正気に戻った生徒達は一斉に妖子に駆け寄り、即座に舞台袖へと連れ去った。
「あ〜いま投票券に書いちまったヤツは2重線を引いて別の参加者に投票しても良しとす
る。以上! ほら、さっさと進めろ!」
「は、はい!」
 言うだけ言って舞台袖に下がる淋子に頭を下げて、進行役は軽く咳払いしたあと、
「で、では今コンテストもこの方で最後となりました」
 照明が落とされて再びドラムロール、そして高らかなシンバルと再び中央を照らした照
明の中に楓の姿があった。
 服装は迷彩服。色からして森林迷彩。額に黒のバンダナを締めていて、手にはライフル
が握られていた。スコープがあるので長距離狙撃用のスナイパーライフルだろう。
「私の名前は鷺宮楓よ。特技はまあ射撃とか色々あるけど、これだけは譲れないっていう
もっとうがひとつだけあるの」
 ライフルの銃口が葵へと向けられ……破裂音。刹那、額に勢いよく何かが命中して葵は
小さく後ろにのけぞった。
 銃弾ではない。それは銃口から撃ち出される時に見てわかっていた。
「いったい何が……」
 額に手を持っていくと棒状の物があった。おもむろに引っ張ってみると、それは先端が
吸盤となった玩具の矢だった。
「狙った獲物は逃がさないってね」
 楓の宣言が体育館内に響くと共に矢尻が破裂して小さな垂れ幕が下りた。
『葵は絶対に手に入れてみせる♪』
 近くの生徒が一斉に葵を睨み付けた。
「もし、この中で私のファンっていう人がいたらお願いがあるんだけど。葵が投票券に私
の番号以外を記入しないよう見張ってて。見張っててくれた人は後で私のセクシーポーズ
生写真をプレゼントするわ」
 葵に対する視線が一気に膨れ上がった。その数はさっきの綾の比ではない。逃げように
も既に何十人もの生徒によって囲まれていた。
「な、何でこんな事を!」
「私って完全勝利がいいの。投票数で勝ったとしても葵の票がないと意味ないじゃない」
 だからといって脅迫は止めてもらいたいものだった。
「はい、そこまで! 全参加者のアピールも終了した所で10分間の猶予を与えてやるから、
さっさと記入して生徒会委員が手にしてる箱に入れてってちょうだい。記入漏れや時間に
間に合わなかった場合は当然だけど無効よ」
 言い終えると舞台袖から箱を手にした生徒会の腕章をつけた生徒が出てきた。体育館の
四隅と中ほどに立って投票を待つ。
「うう。困った」
 助けを求めようと隣を見ると京悟の姿はなかった。立ち上がって周囲を見渡す。既に記
入を終えたらしく彼は箱に投票券を入れている所だった。
「君は誰を選んだのかな? ん?」
 戻ってきた京悟は実に爽やかな笑顔を向けてきた。
「楓さんに決まってんだろ!」
「いいや、綾さんだ! あの舞いを見れば確実だろ?!」
「妖子ちゃんがいいって。あんな事をしたのだって君を思っての事でしょ? くぅ。一途
にひとりの男の子を想う。その想いを無下になんてしたら許さないから!」
 迷っていると3人のファン達が意見という名の砲弾を叩き込んでくる。援軍はない。頼
みの綱であった京悟は囲いの外から生暖かい目で今の状況を見て楽しんでいる。
―― 兄さん、ピンチです!
 心の中で涙しながら一歩後ろに下がる。と、踵に硬い感触を感じた。目線を下げて正体
を見る。それは葵の愛刀だった。地獄に仏とは正にこの事だと葵は喜びに表情を緩めた。
 少しずつ足で刀を引き寄せる。音を立てないようゆっくりと慎重に。
 が、
「ざ〜んねんでした」
 それを目ざとく見つけた名も知らない女子生徒によって奪われてしまった。
 四面楚歌。万事休す。絶対絶命。
「さあさあさあさあさあ!」
「書いちゃえば楽になっちゃいますって」
 ファン達は一歩、一歩じわじわと近づいてくる。偽りの笑顔が妙に怖い。まるでホラー
映画でゾンビに追いつめられたキャラクターの気分だった。
 そして、数十もの手が葵に触れようとしたそのとき。
「はぐぁ?!」
「きゃうん!」
 大きく体を痙攣させたかと思うと生徒達が次々に倒れ始めた。
「い、いったい何が起きたんだ?」
「……ふふっ…葵をイジメようとしたら……地獄を見るの」
 最後に倒れた人物の後ろに紫のオーラ全開の妖子が立っていた。ウェーブのかかった黒
髪はさっきとは比べ物にならないほど俊敏に蠢いていては妖子の心情を表しているようだ
った。
「ちょっとやりすぎなんじゃ」
 倒れた生徒達は全員が痙攣していた。痙攣だけでなく泡を吹いていたり、狂ったように
叫んだり、瞬きをしない者すらいる。
「……葵をイジメるヤツに……手加減無用。だいじょぶ、3日たったら……解放してくれ
るはず……たぶん」
「た、多分って」
 あまりにも無責任すぎる。
「うそ。ホントに3日経てば……元通り」
『投票終了まで残り3分となりました。また投票券を投函していない生徒は速やかに投函
するようお願いいたします』
 生徒会からのアナウンスが館内に響く。
「それじゃ。……ちょっと期待して、待ってるから」
 蠢いていた髪を三つ網に結い終えた妖子はそう言い残して舞台袖へと戻っていった。
「兄さん、僕は……」
 残された葵はしばらく投票券を見続けてから天井を見上げた。

 きっかり3分後。

『投票時間終了です。集計結果は最新機器の使用により10分後となりますので今しばらく
お待ちくださいませ』

「で、結局君は誰に投票したんだね?」
 京悟は至って真面目な声で言った。
「秘密です」
「……そうかい。ま、どうせすぐにわかることだし。今は君がどんな選択をしたのかを楽
しみに待たせてもらうことにするさ」
 そこで、集計結果を知らせるアナウンスが館内に響き渡った。席を立っていた生徒達が
自らの席へ戻っていく。
 ほぼ全員が戻った頃、舞台袖から10人の女生徒が出てきて中央に並ぶ。彼女達が上位
十人ということらしい。その中にはもちろん楓・綾・妖子の姿もあった。
 緊張感を高めるドラムロールと息を呑ませるシンバルに続いて10位から順々に名前が
発表されていく。
 発表に喜ぶ者、落胆する者、とりあえず満足する者と反応は様々だった。
 そして、発表はついに上位3名となる。
 残ったのは楓・綾・妖子の3人。
 ドラムロールが徐々に高鳴り、3つの照明が館内を縦横無尽に照らし出す。
 生徒達は黙って事の成り行きを見守る。
 と、本日最大音量でシンバルが鳴り、照明のひとつひとつが彼女達を照らし出した。
『な、何と第3回美少女コンテスト優勝は同票で鷺宮楓さん、涼風綾さん、天鳴妖子さん
の三名となりました!』
 生徒達から拍手が上がり、舞台上からは色とりどりの紙吹雪が降り注いだ。
「え〜見事優勝を獲得しました事に対して何かひとこ―――ぐぇ」
「今の顔を見て私が嬉しいと思ってるの?」
 マイクを差し出した司会役の襟首を楓は掴み上げた。
「確か生徒会と先生を除くと有権者は877人。3人が同票っていうのはありえないと思
うんだけど?」
『そ、それはごもっとも……です。じ、実は……ある生徒の無効投票が、ぐが、げ、んい
んでして……くるしぃ。放してください〜』
「ある生徒って誰よ」
『ふ、風月……あ、おいさん、です』
「葵ですって!?」
 楓は司会役を解放して葵を見た。
「うん。本当だよ」
「無記入って逃げ投票ってわけ?」
『い、いいえ。違います』
 何度もむせながら司会役は立ち上がって楓に一枚の紙切れを渡した。葵が投函した投票
権だ。それを見たとたん、険しかった楓の表情が一変して柔らかいものになる。
『え〜ご説明いたします。今回の投票で風月葵さんは投票権に優勝したお三方の番号を記
入されておりました。今大会のルールで投票は1名まで。そのルールを違反しておりまし
たので投票を無効にした結果、今回のような結果となったわけであります』
 それが葵の出した答えだった。今はまだ誰を選ぶかなんて決められない。決めるつもり
もない。ただ、今回の彼女達を見て3人に投票したいと素直に思ったのだ。
「3人ともその服よく似合ってるよ」
 投票権にも記入したがあえて声に出して伝えた。
「ま、まあ、今回は特別に許してあげよっかな」
「で、ございますね」
「……似合ってるって言われた。……激嬉しい」
 反応は三者三様だが3人とも嬉しいという想いは一緒だった。
「あ〜はいはい。ハッピーエンドごちそうさん」
 ほのぼのとした空気をうち消す棘のある声に葵は視線を下げる。鋭く睨み上げていた淋
子と目があった。
「あんたはルールを破った」
「はい」
「ウチの学園でルールを破るとどうなるかはわかってんよな?」
 皇学園は生徒の自主性と自発性を教育理念にしている。校則もまた例外ではない。その
中に以下の一文が記述されていた。
『行事においてルールを破った者には制裁をくわえる。制裁内容は生徒会長がその場にて
決定し、その決定を処罰者は甘んじて受けるべし』
 と。
「わかってますよ」
「んじゃ、この場にて制裁内容を伝える。何かムカツクから1000回叩き」
 淋子が幼稚園児並の手を掲げ、勢いよく振り下ろす。それが戦闘の合図だった。生徒会
の腕章を付けた生徒達が竹刀での一撃を繰り出してくる。対して葵は前方の攻撃をパイプ
椅子で防ぎ、そのまま前に突き進む。
「返して貰うよ」
 刀を取り返すと同時に踵を返して抜刀。追ってきていた5人を横薙ぎの一撃で吹き飛ば
した。
「葵?! このっ、私の葵に何してくれてんのよ!」
 舞台上の楓が両脇のホルスターから銃を抜き放つ。体育館に銃声が鳴り響き、葵の背後
から襲いかかろうとしていた生徒会委員をゴム弾が昏倒させる。
「クソども。……少しばかり地獄へ逝け」
「先輩から離れなさい!」
 舞台上から飛び降りた妖子は紫のオーラを撒き散らし、綾は手にしたモップで次々と生
徒会委員を倒していく。
「何事だ!」
 騒ぎを聞きつけ外にいた生徒会委員が更に争いに加わった。

 体育館内に響く、歓声、奇声、悲鳴、怒声。椅子の倒れる音、壁に穴が空く音。司会役
の実況中継。もはやしっちゃかめっちゃかだった。教諭は全て外部からの対応に追われて
いるので止める者はいない。

 楽しいコンテストは一変して乱闘騒ぎとなった。

 30分後。
 騒ぎの混乱に乗じて帰宅した葵は出されたお茶をすすってホッと一息吐いていた。一緒
に帰宅していた3人も同様にホッと一息吐く。
「みんなが楽しんでたイベントを滅茶苦茶にしちゃって、生徒会の人には悪いことしたか
もしれない」
 乱闘の発端となった身なので葵は内心罪悪感でいっぱいだった。
「いいのいいの。仕掛けてきたのはあっちじゃない。戦場じゃ殺られる前に殺るのが鉄則
なんだから自業自得だって」
「いや、戦場とは違いますし。それにけっこう怪我人出たと思いますし、今頃あっちは大
忙しなんじゃないかと思うと……」
 葵は罪悪感というストレスで痛む胸を押さえた。
「過ぎたことは気にしない方が良いかと。考えすぎは体に毒ですわ。はい、お茶のおかわ
りをどうぞ」
「あ、うん。ありがとう」
「……ねぇ。ひとつ、疑問が……あったり………しちゃったり」
 お茶をひと啜りした妖子がぽつりと漏らす。
「疑問?」
「疑問ってなによ?」
「ですの?」
 妖子は小さく頷いて後ろからホワイトボードを取りだす。それには楓、綾、妖子の名と
その下に同じ数字が並んでいた。言わずもがなコンテストの投票数であった。
「全員優勝。……賞品山分け?」
「あ、な〜る。ん〜〜〜〜、勝負の条件だとそういうことになるのかしらね」
「ということは3人一緒に1日先輩を自由に出来るということでしょうか?」
「かな。といっても3人同時じゃまた喧嘩になりそうだし、かといって割り振ろうにも1
日は短いわね」
「……そんなこんなでお悩みの……解決法として……じゃじゃん」
 ホワイトボードを後ろに下げて今度は懐から4枚のチケットを取りだした。
「1泊2日の温泉旅行招待券?」
 チケットにはそう印字されていた。他にも旅館の名前と宿泊日なども印字されている。
「そう。……そして、これが旅館のパンフ……レット」
「つまり、私達4人で温泉旅行へ行こうっての?」
「オ〜イェ〜ス。家だと……きっと喧嘩になる。遊園地とかも……時間が限られてるから
喧嘩になる。でも、1泊2日の旅行なら……時間の余裕もできるだろうから、各々の時間
を割り振って観光地巡りできるし旅館でも……にへら」
 口元を緩めた妖子がパンフレットを指差す。
 そこには小さくも赤文字で『当方の大露天風呂は混浴となっております』と書かれてい
た。追記として当然ながら男女別々の大浴場も完備とある。
「決まりね」
「良い案ですわ。いえ、最高にございます!」
「ふふ。……我ながら……グッジョブ」
 ノリノリの3人。すぐに旅行内での約束事などを決めに入った。と、黙って聞く側に徹
していた葵は控えめに手を挙げて、
「え〜っと、お楽しみ中に申し訳ないんだけど僕はまだ行くと決めては――」
「行かないなんて言わさないわよ。1人を選ばずに3人を選んだのはどこの誰かしら?」
「自分です」
「先輩は勝負に関して了解してくださいましたよね?」
「はい。しました」
「……じゃあ、一緒に……旅行行くよね?」
 向けられる視線を真っ向から受けつつ葵は黙考した。
 出来ることなら行きたくないというのが本心。4人で旅行は楽しいと思うのだが、うっ
かり油断して既成事実を作られてしまうという可能性があるからだ。
 しかし、勝負を認めて3人に投票した自らの行動が招いた結果という事実が、このまま
拒否すれば嘘つきになるという重みが葵の口から次の言葉を吐き出させた。
「はい。行かせていただきます」
 言って、葵はこたつに顔を突っ伏した。
「兄さん、これが最良の結果だったのでしょうか?」
 大喜びで旅行の内容に話しの花を咲かせた3人を横目に、やはり納得しきれない葵はこ
たつに突っ伏したまま悩み続けるのであった。


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