第六話「決着〜♪」
 目を覚ますと部屋には誰もいなかった。時計を見ると10時。いつもなら大学に行って
いる時間だ。
「……ふぁ〜」
 欠伸を噛み殺しながら柳華は部屋を見回した。
 月影の家―煉の実家―にある煉の部屋。ベットと机しか置かれていない、生活感の全く
ない寂しい部屋だった。
「もう行っちゃったのか。声くらいかけていきなさいってのよ」
 枕が変わったせいか昨夜はなかなか寝付けなかった。こんな遅くまで起きられなかった
のもその所為だろう。それとも煉と手を繋がないで寝たからだろうか。
「まっさかね〜」
 浮かんだ考えを振り払い、身を起こした。
「みゅにゅ〜」
 布団の上で眠っていたミュウが寝返りをうった。思わず笑みがこぼれてしまう。
「ほら、朝だぞ」
「う〜みゅ〜。リュウカ〜おはよ〜」
 寝ぼけ眼でミュウが答える。
「ちゃんと煉のヤツはあたしに触ってった?」
「みゅ〜……」
 ミュウは腰にぶら下がっている時計を見て、ほにゃら〜と幸せそうな笑みを浮かべた。
「あと8時間はだいじょうび〜♪」
「よしよし。んじゃ、顔でも洗ってさっぱりしよっか」
「お〜♪」
 ミュウを摘んでベットから飛びでると、柳華は意気揚々と部屋を出ていくのだった。

 その頃、鈴城のキュー○は泉家の屋敷へ向けて走っていた。
 不祥事の証拠を提示して火守財閥を脅迫するとすんなりと成功した。かなり金をかけて
もみ消していた不祥事が明るみにでたら一大事ということだろう。
 会長の火守十蔵には泉家の会社との合併、世羅との婚約破棄を約束させた。
「あとはお前の親にこのことを伝えるだけだな」
 煉は隣に座っている世羅を見た。
「はい! もう煉様には感謝してもしきれませんわ」
「気にするな。困ったときはお互い様だ」
 煉は世羅の頭に手を置いた。世羅の顔が一瞬にして沸騰する。
「あ、あ、ああああああの……」
 急に触れられて驚いた世羅は、そのままの勢いに任せて、
「あの、私と結婚していただけませんか!」
 狭い車内で大告白をしてしまった。
「……は?」
 さすがの煉も頭が混乱して聞き返す。
「ですから結婚ですわ! あのいきなりこんなことを言うのもなんですけれど、大学祭の
準備のとき初めてお会いしてからお慕いもうしあげておりました」
 世羅は潤んだ瞳で煉をみつめた。世羅の告白をすぐに理解できず煉はしらばく世羅を見
つめたまま固まっていた。
「……どっきりカメラか?」
「本気です」
 聞くまでもなかった。世羅の瞳はとても真剣で、不安が入り交じっていた。ふと目眩を
感じて頭を押さえる。自慢ではないがこれまでの人生で告白をされたことなどなかった。
かなり人見知りが激しいことと極道の人間という二点が原因で同級生と親しく会話したこ
とさえないのだ。
「なんで俺なんだ?」
 好かれる理由が思い浮かばず煉は訊いた。
「まずは私を特別視しないところでした。みなさん私が泉グループ社長の娘と知ると一歩
引くか、もしくは媚びを売る人ばかりなのです。でも煉様は普通に話しかけてくれました。
それから切ってしまった指をくわえてもらったときとか――」
 頬に手を当てながら世羅は語り続ける。
 ちなみに指をくわえたのは単に傷が浅かったので絆創膏がもったいないだろうと思った
からだ。他意は全然ない。
「世の中は複雑だ」
 恋愛経験ゼロの煉には困惑の境地だった。その間も世羅は語り続けているが煉の耳には
当然届いていない。
「そんなわけでして私はずっっっっっっっっっっっっっと煉様といたいのです!」
「あ〜」
 声を発しながら煉は悩んだ。答えはすでに決まっている。世羅には悪いが断るつもりだ
った。しかしだ、どうやって断ればいいのかがわからない。
 二度ほど恋愛ドラマなるものを見たことはあるが、両方とも別れ話をしたとたん女優は
涙を流して走り去っていった。
―― まいった。どうやったら泣かれずに済ませられる?
 煉のもっとも苦手なものは女の涙だった。それを見せられると嫌なことでも頷いてしま
う。もし断っても泣きながら「結婚してください」などと言われたら絶対に頷く。その体
質で過去に一度だけ地獄を見たことがあった。
「あの、お返事はいますぐでなくて構いません。お父様とお母様に先程の結果をお話し終
えたあとでゆっくりと……」
 いつまでたっても悩む煉の手をとり、世羅は目を閉じる。
「……む〜」
 できればこのまま泉家に到着しないことを祈る煉であった。

 火守財閥ビル……会長室。
 会長の火守十蔵は眼下に広がる小さなビルを見下ろしながら歯がみしていた。
「許さんぞ」
 十蔵はつい先程やってきた青年を思いだし、近くに置かれていた観葉植物を蹴り飛ばし
た。月影煉。それが忌々しい青年の名前だった。
 大金を使いこの世から抹消したはずの不祥事の証拠を持ってきた。息子の不祥事だけで
はなく警察との癒着から政治家との汚職まで…。調べてみればかなりの勢力をもつ極道の
息子だった。
 だが相手が極道の息子であったとしても、火守の名を汚した人間を生かしておくことは
できない。踵を返して十蔵は机上の受話器を取って短縮ボタンを押した。
「……私だ」
 繋がった相手に十蔵はある2人の人間の名前を告げる。受話器を置いた十蔵は再び地上
を見下ろし、
「私に牙を剥いて生きていた者はいないことを身をもって知るがいい」
 笑みを浮かべた。文字通り悪魔の笑みを。

 午後三時半。
「……暇」
 柳華は煉の部屋で大の字になって寝っ転がっていた。
「どうか〜ん♪」
 柳華の頭上を浮遊していたミュウが右手をあげる。
「よし! どっか遊びにいこ!」
「さんせ〜い♪ ゲ〜センかな? えいがかな? ミュウはデパ〜トのしょくりょうひん
うりばでししょくめぐりがいい〜♪」
「それも捨てがたいけど今回はレンタルビデオ屋よ!」
「わ〜い♪ アニメアニメ〜♪」
「そうと決まれば善は急げ!」
 身を起こして柳華は部屋を出た。
 そしてそのまま屋敷を出て、来るときに発見したレンタルビデオショップに向かおうと
した矢先、
「な……」
 口元を何かで覆われた柳華は驚く暇もなく意識を失った。

「わわわわっ! なになになに〜!?」
 倒れた柳華を見てミュウは右往左往と慌てふためいた。
「こうも簡単にいくとはな」
 見知らぬ男が倒れた柳華を肩に担いだ。その男を見たミュウの全身に寒気が走った。男
の全身からはどす黒い色の気が発せられていたのだ。
 妖精は人の性格を色で見極める事が出来る。冷静沈着な人は青、怒りっぽい人は赤、優
しい人はオレンジなど。
 そして男が発している黒。これは人を殺めたことがある人間を表していた。あまりの冷
たい闇の色にミュウは自分の体を抱きしめるようにして震える。
「あとはターゲットを誘き寄せて始末するだけだな」
 邪悪な笑みを浮かべた男は柳華を近くに駐車してあったバンに押し込むと、颯爽と走り
去った。
「わわわわっ〜! れ、レン……そうだ、レンに知らせないと! レ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜ン!」
 ミュウとて人間界での知識をある程度知っている。
 今のは誘拐だった。
 そして黒の色を放つ人間に連れ去られた者とは二度と会えない。そう母様から教わった。
「ヤダよ。もうリュウカと会えないなんてイヤだよ〜!」
 大粒の涙を零しながらミュウは全速で煉の元へと飛翔した。

 さすが資産家だけあって世羅の家は豪邸だった。
 土地の広さは月影組の本部と同じくらいだが、その上にある建物の値段は桁違いだろう。
3階建ての豪邸を囲う塀には各所に監視カメラが設置されており、出入口には警備員まで
いた。
「どうも。お嬢さんを連れてまいりやした」
 鈴城は警備員に後部座席を指さす。疑われることもなく3人は来客用の部屋に通された。
「そ、それでは火守財閥は無条件で合併するというのですか?」
 煉から事の次第を聞いた世羅の両親は目を丸くさせた。
「誓約書を書かせた。これがそうだ」
「貴方はどうしてそこまでしていただけますの?」
「知り合いだからだ。それに俺には助けられる力があった。だが本来はお前達親がするべ
きことだ。親は子供を守るものじゃないのか?」
 煉に睨まれた世羅の両親は同時に顔を背ける。少なからず罪悪感を感じているのだろう。
「その親が娘を道具扱いするようなら、お前達の会社も長くはないだろうな」
「君の言うとおり、私は……情けない限りだ」
 両膝に手を置きながら世羅の父親は深く顔を俯かせた。部屋に重い空気がたちこめる。
「も、もういいじゃないですか。全ては無事丸く収まったんですもの。それよりも結婚の
お話をしましょう!」
 世羅の結婚という発言に、今度は煉が押し黙った。
「なにが結婚なの?」
 話の見えない世羅の母・綾子は小首を傾げた。
「はい。実は私……この煉様をお慕いしているんです」
「まあまあ! わたしは大賛成よ。もちろんあなたもそうよね?」
「ああ。彼なら安心だ」
 反対しろ。
 満面の笑みで娘を祝福する両親に煉は心の中でそうつっこんだ。
 と、室内に携帯の電子音が鳴り響いた。
「申し訳ない。ちょいと失礼しやす」
 鈴城は頭を下げると、携帯を耳に当てながら部屋を出ていった。
「ぬあっ!?」
 最後の希望が去ったことに煉は思わず呻いた。
「どうかなさいましたの?」
「なんでもない」
「そうですの。それでは煉様、お答えをお願いします」
 泉家全員の視線を向けられ、さすがの煉も突きつけられた難題に頭を抱える。
 もはや絶体絶命かと思ったそのとき、
「兄貴! 大変です!」
 血相変えて鈴城が駆け寄ってきた。
「どうした?」
「柳華の姉御が……姉御が……」
 柳華という単語に鈴城の表情。その二つが嫌な結果を連想して思わず鈴城の肩を掴んだ。
「柳華がどうしたんだ!」
「誘拐されやした。たったいま姐さんから電話がありやして。姉御を預かった、要求は兄
貴ひとりで自分の元まで来ること、と」
「くそったれがっ!」
 忌々しげに吐き捨て、煉は地を蹴った。
「お前は姉さんと合流して火守財閥のクズにヤキ入れてこい! 二度と馬鹿な考え起こさ
ないよう痛めつけてやれ。俺は柳華を助けにいく!」
「へい! そうだ、連絡をつけるためにもあっしの携帯を!」
 投げられた携帯を受け取った煉は、
「悪いな。好意は嬉しいが、応えることはできない。こっちの都合で悪いがまた顔を合わ
せたら話しかけてくれると助かる」
 世羅に頭を下げて屋敷を出ていった。

「はぁ〜。やっぱりこうなってしまいましたわ」
 閉まった扉を見つめながら、ため息をもらした。こうなるだろうとは99%予想してい
た。でも、たった1%の確率であっても……その1%に賭けてみたかった。
 そう思えるほど煉への想いは真剣だったのだ。
「呪いをかけられたのが私でしたらよかったのに……。妖精さんの意地悪」
 見ることのできないミュウに愚痴を漏らした世羅は静かに私室へ戻ると、
「ううっ……えっく……ううううううううっ」
 ベットに顔を埋め、誰にも知られぬよう失恋の涙を流した。

 泉家の豪邸を飛び出した煉は、ひとまず鈴城の携帯で実家に電話した。
「私や」
 出たのは珍しく雫だった。
「煉です。犯人の居場所が知りたいのでお教えください」
「煉。あんたはまだそんな他人行儀な……」
「なんですか?」
「……別にええんや。で、あんたを傷物にした女の居場所やがまだわからへん。犯人のボ
ケあんたを呼んでるのに居場所を教えんかった」
「ゲームのつもりなんです。四流の殺し屋がやりそうなことですね」
「こっちでも全力で捜索しとる。わかり次第連絡をいれるわ」
「お願いします。連絡は鈴城の携帯にまで。それと鈴城に伝えるよう言っておきましたが、
この事件の元凶に二度とこんな馬鹿な事ができないよう修正してもらえますか」
 受話器の向こうで雫の笑い声が聞こえた。
「まかせとき。私が二度と悪さできへんよう教育したる」
「お願いします」
 そう言って煉は携帯を切った。
「さて、柳華の居場所か……」
 煉は移動手段の多い駅へ向かいながら考えた。
 ヒントはなにひとつない。廃ビルか裏路地か倉庫街か下水道か、はたまた普通の一軒家
か……。
「大見得きって出てきたが見当もつかん。まいった……」
「み〜〜〜つ〜〜〜け〜〜た〜〜〜〜♪」
 聞き慣れた声に顔をあげる。
 どむっ。鳩尾のあたりに鈍い衝撃をうけて煉は九の字になった。
「ぐおぉ〜〜〜!」
「レン〜〜!! たいへんたいへんたいへんだよ〜〜〜ぉぉぉぉぉっ!」
 涙を流しながらミュウが頬をたたいた。
「だったらもう少し登場の仕方をわきまえろ」
「あう? そんなことどうでもいいよ〜! リュウカが黒い人につれていかれちゃった! 
助けて! じゃないともうリュウカとあえなくなる! そんなの、ミュウは……うわぁぁ
ぁぁぁぁぁぁん!」
「わ、わかったから泣くな。助けたいのはやまやまなんだが居場所がわからん」
「いばしょ? ミュウわかるよ!」
「ホントか!?」
「うん! 2人からはなれても迷子にならないよう印をつけてあるんだ♪ だからどんな
にはなれていてもだいじょうび〜♪」
 目元に涙を浮かべながらもミュウは満面の笑みで言う。舞い込んできた希望に煉も口元
を綻ばせた。
「なら柳華のいる所まで案内してくれ」
「うん♪ とらわれのお姫様をたすけにレッツゴー♪」
 涙を拭ってミュウは背を向けて飛翔した。
「……待っていろ、柳華」
 ミュウの後を追う煉の拳が強く握られた。

 目を覚ました柳華は薄暗い部屋で縛られていた。
「なにこれ。……外れない」
 何度かもがいて外そうとする。しかし入念に縛られた縄は少しも緩まない。
「目が覚めたか」
 発せられた声に顔を上げると、白のロングコートを着た男がライトを手に立っていた。
「誰よ、あんた」
 嘲笑を浮かべる男を睨み付ける柳華。
「殺し屋だ。裏世界ではホワイトと呼ばれてる」
 そう言ってホワイトと名乗った男は白のハットを取って会釈した。
「いったい私に何の用?」
「得意先から月影煉を殺すようにと注文があってね。お前は月影煉を釣るための生き餌だ」
「ふん。トメイトだか、ホワイティーだか知らないけど見当違いもはなはだしいわ。煉が
あたしのために来るはずないじゃない」
「その時はその時だ。もし来なければ新たな生き餌を手に入れればいい。もちろん用のな
い生き餌は始末する」
 ホワイトは懐から懐中時計を取り出す。
「リミットはあと1時間半。その間に月影煉がやってくることを祈っているんだな」
「リミット……待って、いま何時?!」
 踵を返したホワイトの背に柳華は問いかけた。
「四時半ちょうどだ」
「四時半」
 柳華は今朝の出来事を思い浮かべた。
 朝十時の時点で呪いのリミットは8時間だった。午後四時半ということは……。
「残り1時間半か。はは、これも運命ってやつかな」
 目を閉じて柳華は乾いた笑い声を上げた。
 あと40分もすれば息苦しくなってくる。そうなれば煉も助けにはこれない。
『それでも来てほしい』
 大学祭の時のように助けてほしい。頼れるのは煉しかいない。柳華は目を閉じて何度も
祈った。
『お願い! 助けて、煉!』

「ここだよ〜♪」
 ミュウに連れてこられたのは四階建ての普通のビルだった。ビルの表札には火守と名の
付いた会社で埋まっていた。予想通り火守財閥の所有ビルだ。
「行くぞ」
 周囲を気にしながら中に入ろうとして、
「まって〜〜〜〜」
 ミュウに髪の毛をひかれた煉は足をとめた。
「なんだ? 一刻でも早く─」
「呪いのリミットがあともう少しで1時間きっちゃうよ〜〜〜」
 大慌てでミュウは腰の懐中時計を差し出した。
「こんなときにっ」
「どうしようどうしよう?」
「まずは柳華を見つけて触れる。誘拐犯を修正するのはその後だ」
 答えて煉はビルに入った。
「どっちだ?」
「え〜とね……下!」
 ミュウは地下へ繋がる階段を指さす。足音を立てぬよう階段をおりる。地下には三つの
部屋があった。
「どの部屋だ?」
「……真ん中」
「よし」
 慎重に近寄った。軽くノブを捻る。鍵はかかっていなかった。
「……………」
 扉の前で深呼吸ひとつしてから、あえて激しく開けて中に躍り出た。と、突然蛍光灯が
点いた。
「くっ……」
 眩しさあまり腕を額の前にかざす。
「よくここがわかったな」
「貴様が誘拐犯か」
 狭い視界に映る白い男に向けて煉は吐き捨てるように言った。
「裏世界ではホワイトと呼ばれている。お前を殺すように依頼された男だ」
「女を人質におびき出す殺し屋か。……五流だな」
 室内を銃声が響き渡った。銃弾が頬をかすめて壁に穴を穿つ。
「煉!」
「よう柳華。どうやら楽に助けられそうだ」
 道ばたで偶然出会ったかのように右手を挙げた。
「どうして……」
「あのな〜お前が死んだら必然的に俺も死ぬだろうが。それとまあ……なんだ、お前がい
ないと静かすぎてつまらんからな」
 ぽりぽり頬を掻く煉。
「煉……」
 見つめ合う2人。
「ふん、ラブシーンはあの世でじっくりとすることだ」
「あうっ!」
 柳華が頬を蹴り飛ばされて地面に転がった。
「さて、サービスはここまで……」
 ホワイトが銃口を煉に向けた。
「お前には死んでもらう」
「貴様、五体満足でいられると思うなよ」
 煉は拳を固めた。
「それはこっちの台詞だ。拳と銃。どちらが優勢かは一目瞭然だと思うが?」
「貴様に銃という武器があるようにこっちにも奥の手があるのさ。……ミュウ!」
 叫び、煉は地を蹴った。
「馬鹿が!」
 嘲笑を浮かべてホワイトが引き金を引こうとしたそのとき、
「くらえ〜〜〜! ロ〜〜リング〜〜どりるぅ〜〜〜ぱんちぃ〜〜〜!」
 弾丸のような速さでミュウが突進した。
 抉るような右ストレートがホワイトの右頬を打ち抜いた。予想もつかない攻撃にホワイ
トがよろめく。そこへ更に煉は左拳をホワイトの頬に叩き込んだ。
「泣け! 叫べ! 悔いろ!」
 さらに倒れたホワイトの腹部に蹴りを入れる。何度も何度も何度も!
「柳華を誘拐するだけでなく顔を蹴り飛ばしやがって。いいか! 貴様は柳華傷つけた。
まだこんなものじゃ許さ─ぐっ!」
 息苦しさが煉を襲った。どうやら呪いのリミットが45分をきったらしい。振り上げた
足を降ろし、倒れる柳華に近づく。
「おい、意識はあるか?」
「あいたたたた。……大丈夫。あ〜あ、顔腫れちゃうんだろうな〜」
 もぞもぞと柳華は身を起こした。その頬は確かに赤く腫れていた。
「気にするな。それ以上不細工にはならない」
 煉は屈んで柳華を支える。
「後で覚えときなさいよ」
「……お手柔らかに頼む」
「考えとく。……あはっ」
 柳華が微笑む。
「さて、息苦しいのはこれ以上勘弁してほしい」
「同感」
 頷き合い、煉が柳華に触れようと手を差し伸べた。
「レン、後ろ!」
 危険を知らせるミュウの声。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!」
 ホワイトが狂ったように叫びながら銃口を向けていた。
「ちっ!」
 舌打ちして柳華を突き飛ばす。銃声が轟き、煉の右腕から鮮血がほとばしった。
「ぐうっ!」
 焼けるような痛みに煉は右腕を押さえた。
「煉!?」
「このホワイト様をこけにするから悪いんだ! 大人しくしてれば苦しまなかった! さ
あ、引導を渡してやる。やるぅぅ!」
 額に強く押しつけられる銃口。スローモーションのように指が折れ、引き金が……。
「たぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 引かれる寸前、弾丸のようなミュウの蹴りが銃を弾き飛ばした。
「なんだ!?」
 驚愕するホワイトに、煉は口元を引いて言った。
「俺たちには幸運を呼ぶ妖精がついてるんだよ。ヨーグルト好きのな!」
 勢いよく立ち上がり、そのままホワイトの顎に頭突きを叩き込む。もんどりうって倒れ
たホワイトは壁に後頭部を強打して気絶した。
「狂うなら他人に迷惑をかけない場所で狂え。それとこれだけは言わせろ。……その白の
コート、全然似合ってないぞ」
 返事なし。完全に気絶している。
 やっと決着がついたのを実感して煉は安堵の息を吐き、懐から携帯を取り出してメモリ
ーダイヤルを呼び出した。

 携帯で雫と連絡を取ってから煉と柳華はその場を後にした。
 雫の通報をうけて駆けつけた警察官によってホワイトは逮捕された。銃刀法違反と殺人
未遂の罪だ。依頼者の火守十蔵は雫に地獄の修正を受け、これいじょう悪事を働かないこ
とを誓った。但し、逮捕されてはいない。
 逮捕されれば火守財閥は大打撃を受けて倒産もありうる。そうなれば合併どころの話で
はなくなる。地獄の1000殴り刑で煉は不問とした。

「骨に異常なし。けれどえぐり取られた部分が痕になるのは確実よ」
 月影組が雇っている専属女医・円は軽症と判断した。
 正規の病院には行かなかった。いけば必ず疑われるのは明白だ。刃物の傷なら誤魔化し
ようもあるが、銃弾の傷ではどう誤魔化そうとも警察に通報されてしまう。
 結局、弾丸を摘出した後は縫合の後に消毒、最後に包帯を巻かれ、化膿止めと痛み止め
の注射を打って治療は終わった。
「お嬢さんの顔は2,3日すれば腫れも収まって元に戻るわ」
 柳華の方は頬に湿布を貼るだけで終わった。

 鈴城のキュー○が時雨荘の前で停車する。
「いいか、姉さんには絶対にここを教えるなよ」
 車を降りた煉は念には念を入れて鈴城に言った。
「任せてくだせい。これでも口の堅さは逸品と評判でさ」
「もし暴力手段に出ようとしたら、俺が絶交だと言えば手出ししてこないはずだ」
「わかりやした。では俺はこれで。お二人ともゆっくりと休んでください」
 パワーウインドウが閉じてキュー○が走り去った。鈴城と坂下へ便宜するための条件…
…それは時雨荘を雫に教えないというものだ。
 もし知れば姉は必ず押し掛けてくる。そうなれば安息の地は一変して地獄になるだろう。
それだけは避けたかった。
 家に帰ると夜の9時を過ぎていた。
 雫に今夜は泊まっていけと言われたが、丁重に辞退した。あの家に自分の居場所はない。
今はこの時雨荘こそが帰る場所なのだ。
「あ〜、疲れた〜」
 部屋に入った早々柳華がベットに倒れ込んだ。
「同感だ」
 答えて煉もテーブルを片づけて横になった。
 もう何もする気もない。する事があっても朝になったらやればいい。毛布をかぶり煉は
目を閉じた。

 疲れてはいたが眠ることなどできなかった。目を閉じると誘拐されたときの恐怖が思い
浮かんできた。
「………」
 ふと煉を見た。仰向けになって静かに眠っている。
「……起きてる?」
「寝ている」
「寝てる人が答えるはずないじゃない」
「寝言だ」
 律儀に答える煉。
「……眠れないのか? これは寝言だからな」
「うん。あの……さ、隣で寝てもいい?」
「勝手にしろ」
 そう言って煉は背を向けた。
 自然と柳華の顔に笑みが浮かぶ。ベットから出ると、そっと煉の毛布に潜り込む。中は
煉の温もりで温かかった。
「あ……」
 包帯の巻かれた腕が視界に入る。
「腕、痛い?」
「痛み止めが効いているからそれほどじゃない」
「ごめ、ん」
 腕に軽く触れながら柳華は嗚咽をもらす。
「泣くなよ」
「だってもし腕が動かなくなったりとかしたらどうしようって。あたしの所為で……ひっ
く……心配……したんだから」
「あ〜〜! 泣くなっていうんだよ!」
「でも……でも……!」
 嗚咽で声にならない。
 もしあの時腕ではなく胸や頭だったらと思うと胸がしめつけられ、涙が止まらなくなっ
てしまった。
「勘弁してくれ。俺は女の涙が一番苦手なんだ。頼むからよ」
「じゃあさ、手を繋いで寝てくれる?」
 言って柳華は目元に溜まった涙を拭った。
「あ? なにをいまさら。毎日手を繋いで寝てるだろうが……仕方なしに」
 柳華は無言で傷をつねりあげた。
「いぎっ!! な、何しやがる!」
 身を起こした煉が涙目で叫んだ。
「ふん! 自分の胸に手を当てて考えてみることね! とりあえず手を繋いで寝てくれれ
ばそれでいいの!」
「……ああ、わかったよ! はいはい、どうぞこの俺と手を繋いで寝てください」
 また寝っ転がった煉がプラプラ手を上下させる。
「投げやりなのが気にくわないけど、いいわ」
 そっと柳華は煉の右手を握った。温かい手だった。
 いつもはさっきの煉の台詞のように仕方なしに握っていた。でも、今日からはそうじゃ
ない。そっと握る力を強くする。
「……すまなかった」
 ぽつりと煉が呟く。
「え?」
「顔のことだ」
「痕残んないっていうし。気にしてないよ」
「そうか。それと……さっきの仕方がないは嘘だ」
「え?!」
 煉の言葉に柳華は身を起こした。
「なんて言ったの?」
 顔を覗き込んで問う。しかし煉は目を閉じたまま答えてはくれなかった。
―― ま、いっか。
 苦笑して柳華は横になる。
「みゅ〜。ミュウもいっしょがいい〜」
 ベットで寝ていたミュウが2人の間に落ちてそのまま眠ってしまう。
「2人とも、ありがと」
 まだ言ってなかった感謝の言葉を呟き、柳華は目を閉じた。

 3人が寝静まった頃……。
 ミュウのカメラがひとりで浮かび上がり、そのレンズは3人に向けられた。まるで3人
を起こさないためのような無音のシャッター。

 水晶に淡い青の光が宿る。

 少女は少しずつ惹かれていき……。

 課題終了まで……残り97枚。


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