第四十五話「離れられない…離れない」
 体育館は10分前だというのに超満員であった。
 その様子を舞台袖からこっそり覗いていた柳華は重いため息を漏らした。予想以上の観
客に自然と緊張してしまう。この中で世羅の計画を実行するとなると尚更だった。
「ラリックスだよ、リュウカ〜♪」
「それ言うならリラックス。はぁ〜、気楽でいいわね〜」
 柳華は腰に手を当ててミュウへと体を向けた。
「え〜だって楽しみなんだもん♪ エンゲキしょたいけんだから〜♪」
 森の妖精という役柄のミュウは緑色のドレスを身にまとっている。持ち前の美貌と併せ
てかなり似合っていた。
「煉の方もどうなるかわかんないし」
「そちらの方は雫さん達にお任せするしかありませんわ」
「世羅……」
「今回の計画は皆さんを信じて初めて実行できるもの。信じましょう」
 世羅の笑顔に柳華も笑顔で答えた。

 開幕のベルが鳴る。
 演目「眠り姫─王子の愛を信じて」が幕を上げた。

『むか〜し、むかしラブラール王国という平和な国がありました。このお話は、その王国
のお姫様・エイダと隣国の王子・セイとの恋物語』

 幕が上がって張りぼての馬車に乗った柳華が姿を現した。

『エイダとセイはお互いに想い合い、将来を誓う仲になりました。ですが将来を誓い合っ
てからひと月……突然セイはエイダの前に姿を現さなくなったのです。隣国に赴いても彼
はいないと言われ追い返されてしまったエイダは、セイに捨てられてしまったと思い絶望
し、森の妖精にあるお願いをしました』

 暗転して場面が森へと変わり、森の妖精であるミュウが登場する。と、観客がざわめい
た。ミュウのあまりの美貌のせいだろう。

「お願い、私に眠りの魔法をかけてほしいのです」

『森の妖精は首を傾げました』

「どうして眠りなのですか?」
 やや棒読み気味でミュウが台詞を言う。
「王子の愛を、きっと私が目を覚まさなくなった事を知れば助けに来てくれる……そう信
じたいのです。でも1週間……それを過ぎたら私を殺してください」
「……よいのですね?」
「はい」
 柳華はしっかり頷いた。
「好きな人と一緒にいられないなら幸せな思い出と共に死んだ方がマシですもの」
 その台詞は王女のものであり、柳華自身の言葉だった。

『森の妖精はエイダの願いを聞き届け…彼女に眠りの魔法をかけました』

 一方その頃、ハイテクニクス。

 煉は店の倉庫でいつものように配送されてきた商品を片づけていた。
「伝票です」
 荷物を確認してから伝票を業者に渡す。
「おい」
 後ろから声をかけられる。声の主は社員の中村氏だった。
「なんです?」
「行かなくていいのか? 今日は柳華ちゃんの大学で公演があるんだろ」
 その言葉に一瞬煉は動きを止めたが、
「いいんです。今は金を貯める方が重要なんで」
 すぐに目的を思い出して動き出す。
「……だそうで」
 中村が後ろにいる誰かに向かって言ったきっかり3秒後、
「見つけましたよ、王子様!」
 扉が開いてどこぞの女騎士の格好をした雫が入ってきた。その後をぞろぞろと同じく全
身甲冑に身を包んだ男達が入ってくる。よく見れば月影組の組員達だった。
「……姉さん、これは何の冗談ですか?」
 煉は半眼で雫を見た。
「今の私は姉さんやない! ラブラール王国の騎士団長・サーシアスや! んで、こいつ
ら部下の騎士やで!」
 後ろの甲冑軍団を指さす。
「んで、今の煉は王子様。ささ、参りましょう」
「今は仕事中です! 離してください!」
 掴まれた腕を払いのける。
「あんたの事やそう言う思うたからこいつら連れてきたんや。ほい、連行」
『サー、イエッサー!』
 雫のその一言を合図に甲冑軍団が煉に群がった。たちまち煉は縄で縛られ、持ち上げら
れてしまう。
「貴様ら離せ! 後で地獄見せるぞ。聞いているのか!?」
「甘んじて受けやしょう。あっしらは兄貴の幸せの為なら殴られる事など臆しやせん!」
「さぁて、傷ついたお姫様を助けにいこか。あ、そうそう、私らに連行されんと柳華ちゃ
んの唇他の野郎に奪われるけどええんか?」
 煉は暴れるのを止め、
「どういうことです」
 底冷えする声で訊いた。
―― 柳華の唇が他の男に?
 想像しただけで狂うぐらいの怒りが沸いてきた。もしそれが本当で、柳華の唇を奪おう
とする男がいるなら……。
「説明の必要もないやろ。どうする?行くんか? 行かんのか?」
「行くに決まっています」
 煉は即答した。
「ほんなら行くで!」
 抱え上げられたまま煉は外へ連行される。
 そこには、なぜか白馬が一頭と褐色の馬達が駐車場の一部を占領していた。
 煉は白馬に下ろされ、その後ろに雫がまたがった。
「さあ行くぞ、野郎ども!」
『オオーーーーッ!』
 王国騎士団は早々にヤーサンに戻った。まあ、どっちだっていい。
―― もし柳華の唇を奪う男がいるならこの手でボコボコにしてやる!
 嫉妬に燃えていた煉には些細なことだった。

 そして、王子様ご一行?は聖城大学へ向かうのであった。

 場面は大学へと戻り。

『目を覚まさない姫を心配した国王は森の妖精に魔法を解いてくれと頼みに行きました。
けれども……』

「魔法は私には解くことができません。できるのは王子様の口づけだけ……」
「王子の口づけですな」

『娘を助けたい一心の王は妖精の言葉の意味を勘違いし、大陸中の王子へ姫に口づけして
ほしいと頼みました。姫は他国からも美しいと評判でしたので多くの王子様が願い出てき
ます。その事を知った森の妖精は姫の護衛として5人の妖精をつかわしました』

 ベットに眠る柳華を守るように妖精ルックのヒーロー同好会の5人が囲む。
 そこへ一人目の王子がやってくる。
 学内で応募した柳華とキスしたい男のひとりだ。

「さあ、ぼ、ぼぼぼボク……じゃなかった。王子様のキスで目覚めるんだ!」
 眼鏡をかけた、いかにもオタクな容貌の王子が一歩一歩姫へと近づいてくる。

『妖精達はその王子を見てすぐに断言しました』

「アンタは王子じゃない! 偽物は成敗するってのが定石! いくわよ!」
『おう!』
 五人が一斉に変身ポーズをとると、彼らの足下から五色の煙が吹き上がった。

『偽物王子を姫に近づけないために森の妖精よりつかわされた彼らの真の姿が明らかにな
った!』

 煙がはれたそこには5色のヒーロースーツを着た5人――ファールマン達がいた。
「のっけから必殺技いくわよ!」
「ファールキャノン! カモ〜〜ン!」
 翔が指を鳴らすと、上から2mほどのキャノン砲が落下してきた。
「な、ななななんだよ! ぼ、ぼぼぼボクは王子様だぞ!」
 聞かされた内容とは違う展開にオタク王子が文句を言う。
「偽物に用はねえんだよ!」
 ドスの利いた声でピンクが言う。
「さらば〜い」
 イエローが王子に向かって手を振る。
「ファイヤー!」
 レッドが引き金を引いた。
 パシュン、という迫力のない音の後に人の頭ほどある火球が勢いよく発射され、王子に
命中した。とたん、王子の全身を火が包み込んで黒こげにした。
「悪は滅びるのよ。あっはっはっはっは!」
 ピンクの悪役ぶった笑い声が体育館に響き渡った。

『オホン。妖精に守られていると聞いて王子様達はすごすごと逃げ帰ります。ですがその
中でひとりだけ残った王子様がいました』

「この俺こそが彼女の王子様だ!」
 割と美形の男だ。王子様ルックもよく似合っている。大学でも上位のルックスをもつ男
子生徒として知られている人物だった。

「どうするっすか? もうキャノンの弾ないっすよ」
 小声でブルーはは友香に耳打ちした。
 キャノンの弾薬は一発こっきりだった。一人目の犠牲者を見れば怖じ気づいて逃げると
思ったのが裏目にでた形だ。

『妖精達は攻撃をしない。この王子が本当にセイ王子なのか?ついに王子が姫の元へ』
 焦らずナレーションしている世羅だったが、内心冷や汗をかいていた。
―― 先輩、逃げてください!
 心の中で柳華に呼びかける。プロップでファールマン達に柳華に逃げるように言うよう
伝えたが、なぜか彼らは首を横に振った。
「あ、そういえばミュウね、リュウカにほんもののまほうつかっちゃった〜♪ レンがチ
ュ〜しないとリュウカ起きないよ〜♪」
 後ろから発せられたミュウの言葉に世羅は頭を抱えた。
―― そんな〜。こ、こうなりましたら舞台がメチャメチャになっても先輩を助けないと!
 意を決して立ち上がったそのとき、
「待ちや!!」
 扉を蹴破って一頭の白馬が体育館に入ってきた。
「その王子様は偽物や! こちらのお方こそセイ王子様であらせられるんや!」
 観客達はいきなりの展開に目を丸くさせた。

 馬にまたがっていた煉は舞台を見て目を見開いた。
「さあ、王子の口づけを……」
 雫の声が聞こえていない王子役が柳華に唇を近づけていたのだ。煉の中で何かが音を立
ててキレた。
「貴様ぁーーーーーーーーーーーっ!!!!」
 馬から飛び降りた煉は観客をかき分け、投げ飛ばし、飛び越えて舞台に上がると、王子
役の首根っこを掴み上げて、
「よくも俺の柳華に……覚悟はできてんだろうな!!」
 顔面に右の拳を叩き込む。続けて腹、胸、顎、そしてトドメとばかりに顔面めがけて頭
突きをかました。
『愛している姫を自分の名をかたって奪おうとした偽王子に激怒したセイ王子! お仕置
きは妖精達が引き継ぎます。地獄を見てもらいましょう』
 ナレーションを聞いてファールマン達が男を舞台袖に連れて行く。

『姫の元にようやく帰ってきた王子様。その王子様の前に森の妖精が現れました』

 転移魔法で煉の前にミュウが現れる。
「レン……じゃなかった。王子様、お姫様は王子様がどこで何をしていたかを聞きたいそ
うです」
「何を言っている?」
 柳華が唇を奪われるかもしれないとしか聞かされなかった煉は、訳が分からずミュウに
聞き返した。
「どうして最近帰りが遅かったの?」
 ミュウの一言に煉は押し黙った。
「お姫様……ううん、リュウカとってもさびしがってたよ」
「…すまん」
 怒りはなくなり、代わって罪悪感がやってきた。
 考えてみればここ最近一緒に食事をとった記憶がない。いつもは気の強い柳華だが、本
当は結構寂しがりやだったりする。
 言われてようやく煉は自分の行いを悔いた。
「それはリュウカに言ってあげて」
 ミュウはそっと柳華の額を撫でてから一歩身を引く。
「もう一度聞くね。どうして最近帰りが遅かったの?」
「……金が必要になったから仕事を増やしていた。割のいい道路工事のバイトだ」
「なんで?」
「あの部屋で3人だと手狭だからだな。もう少し広い部屋に引っ越そうと引っ越し資金を
貯めていた。お前達には後で教えて驚かせてやろうと……すまない」
 深々と煉は頭を下げた。
「じゃあ、リュウカにチューして」
「なんだと!?」
 思わず煉は飛び上がってしまった。ふと視線を感じて後ろを振り返る。数百の視線が真
っ直ぐ自分に向けられていることに今更ながらに気づいた。
「は、恥ずかしいだろ!」
 あくまで小声で怒鳴る。
「レンがチューしないとリュウカず〜っと起きないよ。そういうマホウかけちゃったから」
「な!?」
「それにリュウカのことスキなんでしょ? だったらチューくらいしちゃおうよ」
「……そうだな。こんな事で許してくれるとは思わんが……」
 そっと目を閉じて煉は柳華にキスをする。

 観客は黙ってその様子を見続けていた。

 ゆっくりと柳華が目を開けた。
 その瞳にはすぐに大粒の涙が溢れだして頬に伝う。
「バカ! この大バカ! あたしがどれだけ不安で寂しかったと思ってんのよ! 広い部
屋なんて必要ない。あたしは、あたしはあんたがいてくれれば、側にいてくれた方がいい
に決まってるじゃない!」
「す、すまない。お前の気持ちも考えてなかった」
「もういい」
 首の後ろに両腕がまわされて顔を引き寄せられる。目を閉じた柳華が頭を持ち上げた。

 二人はもう一度大観衆の前で、さっきとは比べ物にもならないほど熱い口づけをかわす。

 観客から歓声と奇声と怒声があがった。

 二人のキスを見た世羅はすかさずナレーションを入れた。
『王子様はお姫様への愛の証として幻の宝石を取りに行っていたのです。そう、全てはお
姫様のためでした。こうしてお互いの愛を確かめあった二人は、その後色々あったようで
すが幸せに暮らしたそうです。めでたしめでたし』
 ゆっくりと幕が下りる。

 けれども二人はいつまでも離れることはなかった。


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