第四十三話「これからも一緒に」
 広い円状の建物。
 そこでミュウは、9人の成妖にじっと見つめられていた。

 事件から1週間が経った。
 大混乱であった外界は何事もなかったかのように普段の生活に戻っている。一時的に封
印を解除したクロノスが時間を戻し、傷ついた人々を命の妖精達が癒し、そして心の妖精
達が人々から事件の記憶を全て抹消したのだ。
 ただ事件を起こしたミュウをそのままというわけにいかず、回復したレグナットがフェ
リーナに連れ戻したのである。

 そして、ミュウはいま、罪人として裁判所の中央に立っていた。

「……以上です」
 ミュウの横で事件の発端と経緯、そして結末を言い終えたサーラは成妖達─レグナット
と他の妖精族長─を見上げた。
「そういうわけじゃが全ての事柄を考慮し、各々の考えを答えてほしい」
 レグナットの言葉に、
「ボクとしてはその娘の罪は軽くていいと思う。原因はその娘ではないからね」
 右端に座っていたクラーティオが頬杖をついた格好で答えた。
「俺はクラーティオとは反対の意見だ。再びあのような事があってはならない。結晶封印
にすることを提案する」
 右端に座していた自然の妖精族長・ナリウスの言葉に他の長達からざわめきが上がった。
結晶封印とは、文字通り罪人を水晶の檻に封印する刑罰だ。封印の期間は永遠。死刑とい
う刑罰がない妖精族の罰では最も重いものである。
「まあ、どちらかじゃろうとは思っておった。ならば決をとる。……サーラよ、主にはこ
の決には参加させられぬ」
「わかっております」
「さて、ミュウを結晶封印にするべきと思う者は手をあげよ」
 重い空気の中、長達はそれぞれの考えを示した。

 目を閉じてミュウは判決を待った。
―― もし結晶封印だったら……レン……リュウカ……ごめんね。
 心の中で二人に謝る。
 いったいどのくらいの時間がたっただろうか。それさえわからなくなった頃、
「ミュウよ、そなたの処遇が決まった」
 レグナットは静かに言った。目を開けてミュウはレグナットを見上げる。
 真剣な表情のレグナットがじっとこちらを見つめていた。
「……」
 ごくりとミュウは息を呑んだ。
「9人中…8人の同意により、そなたは軽い罰とする」
「え……?」
 レグナットの言葉がすぐに理解できなくて、
「長老さま、もいっかいおねがい」
 再度ミュウは訊いた。
「そなたの結晶封印は免れた」
「ほ、ほんと!?」
「このような時に嘘が言えるはずがなかろう。じゃが喜ぶのはまだ早いぞ。結晶封印は免
れたが罪に対する罰は受けなければならぬ」
「うん。わかってる」
 笑顔を真剣な表情に変えてミュウはしっかりと頷く。何かの罰を受けるのは覚悟してい
た。レンやリュウカと会えなくなるけど永遠ではないなら、どんな罰でも堪える覚悟があ
った。
―― ふたりとも少しだけ待っててね。
 外界にいる二人にお願いしてからミュウは罰の内容を待った。
「ミュウよ、お主への罰を伝える」
「…うん」
 静かにミュウは頷く。

 ミュウに与えられた罰とは……。

 外界─時雨荘

 黙々と煉は朝食をとっていた。
「……」
 箸を止めて目線を下げる。
 そこにはいつ帰ってきても大丈夫なようにミュウの分の食事が用意してある。デザート
のヨーグルトもだ。
 しかし、食べるべき人物はまだ戻ってはいなかった。
 ミュウがフェリーナに連れ戻されてから2週間経つが一度も連絡もない。
 フェリスにミュウがどうなったか訊こうとしたが、なぜか浴室から彼女の部屋に行けな
くなっていてそれも叶わなかった。
「ねえねえ、今度の休みにどっかいかない?」
 箸を休めて柳華が言う。
「ああ……」
 煉は適当に答えた。
 いつになったらミュウは帰ってくるのか。それだけが気になっていた。
「バイト代入ったんでしょ?」
「…ああ」
「……あたしの事好き?」
「ああ」
「大好き?」
「ああ」
「……そんなの嘘っぱちで本当は死ぬほど嫌いなんでしょ?」
「ああ……って、ちが─」
 否定する前に柳華の鋭い右ストレートが煉の額を打ち抜いた。
「何しやがる!」
「うっさいわね! いつまでもウダウダ考えてんじゃないっての!」
「お前は心配じゃないのか? あれだけの大騒ぎを起こしてただ済むはずがない。最悪の
事態だってだな――」
「絶対にない!」
 煉の言葉を遮ってきっぱりと柳華は即答した。
「何でそう言いきれる」
「ミュウが必ず帰ってくるって言ったからよ。あんただって聞いたでしょ?」
 確かに。ミュウはフェリーナへ連れていかれる時に言った。
『きっときっとミュウかえってくるから。だからヨーグルト用意して待っててね♪』
 そう、笑顔で。
「ああ」
「ならひょっこり帰ってくるわよ」
「……そうだな。よし! で、次の休みどこへいく?」
 一回大きく頷いてから煉は言った。
 きっと帰ってくる。そう思ったら急に何かをしたくなったのだ。
「変わり身早いわね。ま、いいけど。あたしとしては映画か遊園地がいい」
「何だか対照的だな。それにお前が遊園地って柄か?」
 柳華の顔が赤くなる。
「う、うっさいわね! あ、あああああたしだって女の子なんだからデートに遊園地行っ
てみたいのよ!」
「子を付ける年かよ」
「むきぃーーっ!!」
 怒った柳華が飛びかかってきた。
 いきなりの事で反応できず煉はマウントポジションを取られてしまう。
―― 殴殺か!?
 背筋が寒くなった。
「わ、悪かった! 謝るから殴殺だけは勘弁してくれ!」
「はぁ? 誰が殴るなんて言ったのよ」
 わけがわからないといった顔をする柳華。さらに訳がわからない煉は少しばかり考えた。
マウントポジションで殴殺でないとすると……。
 別の可能性が頭に閃いた。
「だとしたら絞殺か!?」
「あのね、何で大好きな恋人殺さないといけないのよ……って、何言わせんのよ!」
 ぐいぐい首を絞められる。あまりの苦しさに一瞬意識がとんだ。
「お、お前な……」
「あ、あはははは。ごめん。あんまり自分で言ったことが恥ずかしくってさ〜。で、話は
戻ってこの状態で何をするかってことだけど……」
 笑ったかと思うと柳華が目を閉じた。そのまま顔が近づいてきて唇と唇が触れ合う。
「色々あって恋人同士らしいことできなかったから」
「む、ま、そ、そうだな。し、しかしマウントポジションの状態でやられるとは思わなか
ったぞ」
「こうでもしないとあんた逃げるでしょ?」
 煉は反論できなかった。
 正解だ。未だにこういった事に免疫がない。したくないわけではないのだが体が勝手に
逃げてしまう。
「ね、もっかいいい?」
「逃げたくても逃げられないんだがな」
「んじゃ」
 目を閉じた柳華の唇がゆっくりと近づいてきて、また触れようとしたそのとき、
「いいなぁ〜」
 横から声があがった。煉と柳華は同時に横を向く。
 目の前でミュウが身をかがめていた。
「ななななぁっ!?」
「ミ、ミュウ?! い、いったいいつからそこにいたのよ!」
「え〜と、レンとリュウカがチュ〜してたときから〜♪」
 嬉しそうに笑うミュウ。柳華と顔を見合わせてから煉は顔を真っ赤に染めた。
―― み、見られてた事に気づかないほど夢中だったのか。
 そう思うと煉は更に顔を赤くさせた。
「ねえねえ、チュ〜しないの?」
「見られてるのにするわけないじゃない……って、どうしてあんたここにいるの!?」
 柳華の言葉に煉もやっとその事に気づいた。
 ミュウは裁かれるためにフェリーナに連れて行かれたはずなのだ。
「えとね、フェリーナにかえってきちゃダメだって」
「永久追放ってことなのか?」
「あ、ずっとじゃないよ〜♪ 100年したらかえってきなさい、だって」
 その言葉に煉はほっと胸をなで下ろした。
「だからね、あの……」
 上目遣いでミュウは言いにくそうにもじもじする。
「あに? 言いたいことがあるならハッキリしなさい」
「う、うん。またふたりといっしょにいても……いいよね?」
「あったりまえじゃないの!」
 答えた柳華はミュウを抱きしめた。優しく、慈しむように頭を胸に抱き寄せる。
「おかえり。……ミュウ」
「うん。ただいま。レンも……ただいま」
 無言で煉は頷いた。

 良かった。これでまた楽しい生活がかえってくる。
 柳華とミュウと一緒に……。

「ねえねえ、レン! ヨーグルトは〜♪」

 元の生活が始まることがわかった3人からは自然と笑みが漏れた。


←前へ  目次へ  次へ→