第三十四話「やっと…」
 時雨荘の前まで来た煉は柳華を抱きかかえると、全力で階段を駆け上がり、鍵を開けて
部屋に入って、
「フェリス! 出てきてくれ!」
 大声でフェリスを呼ぶ。柳華をベットに置いたところで浴室の戸が開いた。
「ミュウは!」
 フェリスが血相を変えて飛び出してくる。
「見ての通りだ。早くどうにかしてやってくれ!」
「わかってる! 大事な妹だもの。死なせはしない!」
 ミュウを受け取ったフェリスの周囲に光の粒子が舞い始める。転移魔法の準備段階だ。
「どこへいくつもりよ」
 柳華の問いに、
「フェリーナ。命の森にいる命の妖精に癒してもらえば助かると思うの」
「ミュウをお願い」
 力強く頷きフェリスはその場から姿を消した。

 静まりかえる部屋。大きく息を吐いて煉はベットに寄りかかるようにして座り込んだ。
「ねえ、話聞かせてくれるんでしょ?」
 後ろから柳華が話しかけてくる。
「ああ。その前にどこまで覚えてるか言ってみろ」
「覚えてるって温泉旅行に行って、そしたらあのムカツク進藤昴にどっか連れて行かれて、
逃げようとしたら……あれ? あたしってそれからどうなったの? ねえ、何であたしっ
て体中湿布だらけで、しかも頭に包帯なんて巻いてるのよ!」
 いつものやかましい柳華。戻ってきたんだなと実感して煉は笑みを漏らした。
「あに笑ってんのよ! こっちは真剣だってのに!」
「すまんすまん。つまりはこういうことだ……」
 怒った柳華をなだめながら煉は話して聞かせた。

 話を聞いた柳華はハッキリ言って信じることができなかった。
 いや、谷に落ちたところまでは信じられた。けれどもその後記憶喪失になり、まったく
正反対の性格になっていたなんて誰が信じるだろうか。
 お淑やかに振る舞う自分なんて想像しただけで寒気がした。
「やっぱり信じられないって顔してるな。まあ、すぐに信じる方が変と言えば変だが」
「そりゃあ、ね。でも、あんたがそんな嘘吐くとは思えないし、本当のことなんでしょ。
それよりも気になってたんだけどさ。どうして泣いてたの?」
 その言葉に煉が俯いた。
「あんたってそう簡単に泣きそうにないし……その、気になって」
「好きな奴との別れと再会のダブルパンチのせいだ」
 真っ直ぐ煉が見つめてくる。急に見つめられて戸惑いつつも、好きな奴という部分が気
になり、
「す、好きな奴って……その、だれを?」
 期待と不安に胸を高鳴らせながら恐る恐る聞いた。
「東雲柳華だ」
「へ、へぇ〜そうなの、東雲柳華……東雲柳華? ……………あたし?!」
 大声で柳華は叫んだ。信じられない。記憶喪失の事よりも信じられなかった。
「あ、あははは。う、嘘なんて言ったって──」
「嘘を吐いているように見えるか?」
 煉は真剣な顔をしていた。嘘を吐いている顔じゃない。
「で、ででででもいきなり、その、告白されても…って、別に嫌じゃなくて、逆に嬉しい
くらいなんだけどその、あ〜〜〜〜〜!! 何が何だかわからなくなってきた!」
 両手で頭を抱える柳華。目を覚ましたら記憶喪失で、その時のことを聞いた直後に告白
されれば混乱するというものだ。
「……タイミング間違ったか。んじゃ、次の機会にでも――」
「駄目!」
立ち上がろうとした煉の腕を掴む。
「も、もう一度お願い。そ、そそそそしたらきちんと、答えるからさ」
 勇気を振り絞って柳華は言った。この機会を逃したら次がいつになるかわからない。
「わかった」
 答えた煉は腰を下ろして真っ直ぐ見つめてくる。
 そして、
「俺は、お前が好きだ」
 言ってくれた。目から勝手に涙が零れた。もちろん嬉しいからだ。ずっと望んでいた言
葉をもらえて嬉しくないはずがない。
「お、おいおい、どうした? ……まさか迷惑だったか?」
 柳華は首をぶんぶん左右に振りまくり、
「違う。嬉しかったから、だから涙が出たに決まってんじゃない。あたしもあんたが好き
だから……」
「……」
「あに目を丸くさせてんのよ?」
「いや、驚いているんだ。全然そんな素振りなかったからな。でも、あいつが前の自分も
……」
「何ブツブツ言ってんのよ。い、色々あるじゃない。大晦日あんたが風邪ひいた時とか、
クリスマスの時とか色々……2度も告白しようとしたんだから気づきなさいよ」
「すまん」
「もういいわよ」
 そう言ってから柳華は煉に抱きついた。
「えへへ、これで恋人同士ってやつだね」
「ま、まあな」
「あ、今になって恥ずかしくなったな〜。考えてみればあの初々な煉が告白してくれるな
んて思わなかったわよ」
 うりうりと煉の頬をつつきながらにやにやする柳華。と、急に恥ずかしがっていた煉が
急に真顔になる。
「また、お前がどこか手の届かない所へ行く前に伝えておきたかった」
「どういう意味?」
「簡単に言えばこういうことだ」
 今度は煉から抱きしめてくる。温かい。安心できる温もり。ずっとこうしていたいとさ
え思えるほど幸せだった。
「俺はお前のいない生活が考えられない」
 その言葉に顔が熱くなっていくのを感じた。
「さ、さっきの告白より恥ずかしくない?」
「言うな」
「ははっ。あ、そうだ。……ミュウ」
 思い出して柳華はそっと煉から離れた。
「大丈夫かな」
 ボロボロのミュウを思い出して胸が痛む。自分の記憶を戻すためにあんなになって。い
まこうして幸せを感じられるのも全てミュウのおかげなんだ。
「無事に帰ってくるだろ。あいつの取り柄は元気だからな」
「そうよね」
 そうだ。いつだってミュウは元気だった。元気の固まりのようなミュウがそう簡単に死
んだりしない。
「すぐに帰ってくるわよね」
 今はそう信じて帰りを待つことしかできなかった。


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