第三話「ヒ〜ロ〜♪」
 一週間はまたたくまに経過して大学祭当日。聖城大学には大勢の人間がやってきて大に
ぎわいとなった。
 演劇部のセットもギリギリ間に合い、最後の準備を終えるために今も体育館では忙しな
く部員達が行き交っている。
「なんとか間に合ったわ。これも恋人を献上してくれた東雲さんのおかげね。確か月影と
かいったかしら彼にも何かお礼をしなくてはね。……何がいいかしら?」
「な、なんで私に訊くんですか」
「恋人でしょう」
「違います! なんであんな奴を彼氏にしなくちゃいけないんですか! …まあ、最近優
しいかな〜とは思いますけど」
「ふ〜ん…」
 意味深げな笑みを残して部長は行ってしまった。
「部長も何を勘違いしてるんだか。それにしても煉か。……今頃ミュウと課題をこなして
るといいんだけど」

「へっぷし!」
「徹夜の疲労でお風邪でもひかれましたの?」
 顔を覗き込んできた世羅に煉は大丈夫と手で答えた。
 セットを作り終えたのが今朝方。九月とはいえ今朝は少し冷えたので風邪でもひいたの
だろうか? そう思いながら煉はミュウの後を追って大学を宛てもなく歩いていた。
「シャッタ〜♪ プッシュプッシュ〜♪」
 前を行くミュウはノリノリでシャッターを押している。下手な鉄砲うんぬんの精神で撮
影しているもののシャッター音が鳴りやまない所を見ると結果はゼロなのだろう。
 当初の期待が裏切られて少しばかり嘆息をもらしたところで、
「あ、このたこ焼き美味しそうですよ」
 出店を指さして世羅が腕を引いてくる。楽しげに出店を見ている異性を見下ろして煉は
頭を悩ませた。
 なぜこの娘が一緒なのだろうか?
 乙女心のわからない煉にはまったくもって理解できなかった。
「……お前は準備しなくていいのか?」
「え〜と、……集合まであと12分は大丈夫ですわ」
 時計を見て少し考え込んでから世羅は笑った。
「あっそ。……まあいいか」
 色々と連れ回されるのもミュウの撮影を見回るついでなので問題はない。とりあえず深く
考えないことにした。

 午前11時。演劇部の大学祭特別講演『剣に誓って』の第一回公演が始まり、1時間半
の公演は大きな拍手と共に無事に終わった。
「お疲れさま。昼食や出店、催し物が見たい人は2時半までに戻ってくること。もし遅刻
したら……ふふ、面白い事になるから覚悟するといいわ」
 そんな部長の脅しがあった後で演劇部員は一度解散し、柳華はミュウと煉を捜して大学
を彷徨っていた。
「……ったくあのバカどこにいるのよ。折角手伝いのご褒美に奢ってやろうと思ったのに」
 噴水のへりに座り、白のリボンで髪を結い上げながら愚痴をもらす。携帯に連絡してみ
たが電源を切っているのか繋がらなかった。
「携帯の電源は入れとけっての」
 途方に暮れて柳華はぼんやりと行き交う人々を眺める。と、すぐに人々の流れの向こう
に見慣れた姿を見つけた。
「れ……」
 呼び止めようと腰を上げたところで柳華は動きを止めた。
 とぼとぼ歩いている煉に世羅が駆け寄る。二言三言話した2人は笑いながら歩き出した。
「……そういうことか」
 今さらながらに柳華は世羅の想いに気付いた。
 執拗に煉の事を訊いてきた世羅。その意味なんてたったひとつしかないではないか。
「まあ、そうよね。世羅は可愛いし、あたしと違ってお淑やかだからあいつの琴線に触れ
るわよ」
 誰にでもなく呟き、柳華はなぜか怒りを感じていた。
「……なによなによ。あたしの前では笑ったことないくせにさ!」
 その場で力強く地団駄を踏む。ポイ捨てされていた空き缶が悲鳴のような音を立ててペ
シャンコになった。
「ああもう! 何だかムカツク〜〜〜!」
 ドスドスと足を踏みならしながら柳華は体育館に向かった。

 午後3時。『剣に誓って』の第二回公演は佳境に入った。
 悪役の男爵が本性をあらわし賊5人を連れて王子の部屋を目指す。その行く手を女騎士
である柳華がさえぎった。
「本性を現したな男爵! 王子の元へは行かせぬぞ!」

 その頃、ミュウは困っていた。

「あう〜〜。どうしよう〜〜〜! えっとうんとこれって〜」
 懐中時計の針をひとしきり見てから腕を組んで唸り始めるミュウ。
 懐中時計は2人が離れていられる残り時間を教えてくれる魔法のアイテム。2人がふれ
ると自動的にリセットされる仕組みになっている。呪いの瓶と一緒に母からもらったもの
だ。その懐中時計の針が指し示している残り時間で悩んでいた。
「おかし〜な〜。レンのことだからだいじょうぶだとおもうけど〜〜〜でもでもやっぱり
しんぱ〜い!」
 額に手を添えて暗い館内を見回す。
「レン……レン……いたぁ〜〜!」
 やっとの事で見つけた煉の顔にミュウは急降下して飛びついた。

「な、なんだ……」
 煉は顔面に張り付いたミュウをひっぺがして手のひらにのせた。
「収穫はあったのか?」
「そんなことよりこれこれ〜!」
 ミュウが手にした小さな懐中時計上下に揺すりながら差し出した。普通の時計とは違い
0〜9までしかない。長針は9を少し過ぎた場所を指している。
「これは?」
「これは母様にもらった時計なの〜♪ 呪いの残りじかんを教えてくれるゆうしゅうな時
計さんなんだ〜♪」
 煉はもう一度小さな懐中時計を見ると長針の針が動いた。刹那、息苦しさが煉を襲った。
「うわ〜〜っ! レン、レン〜!」
「くうっ……」
 喉を押さえて膝をつく煉。顔をあげると舞台上の柳華も苦しそうに膝を突いている。残
り時間が45分切ると現れる息苦しさだった。
 苦しみつつも煉は冷静になって最後に触れた時を思い出した。
 早朝、つまり徹夜して何とかセットが完成させたとき……あとは…あとは……。
「ねえじゃねえか。思えば昼休みに合流するとか言いやがって来なかったんだ、あのバカ」
「どうするどうするどうする〜〜〜?」
「どうするもこうするも……」
 このまま触らなければ2人とも死ぬ。どうにかして柳華に触れなければならない。しか
し今は舞台の最中だ。乱入すれば舞台は台無しになる。演劇部員が多くの時間を費やした
この舞台を、たとえ命が関わっていようとも台無しにはしたくなかった。
「なにか…いい…方法があれ…ば…」
「ああ〜〜♪ ずっと思い出をさがしてたらおもしろいのがあったよ〜♪ あれならいけ
るかも〜♪」
「この際……なんでもいい。舞台がうまくいけばな……」
「じゃあついてきて〜♪」
 ミュウが体育館から出ていく。ふらふらとおぼつかない足取りで煉は後を追った。

 展開がとまった舞台に観客達がざわめきだした。
「どうしたの東雲さん」
 舞台袖から部長が呼びかけてくる。
「す、すいません…ちょっと…」
「体調不良? このままいける?」
「な、何とか頑張りますけど話の展開が……」
「……仕方ないわ。台本をかえましょう。男爵が食事に細工したことにして。あとはアド
リブで切り抜けて」
 部長の言葉に舞台上の全員が小さく頷いた。
「ふっふっふっふ。どうやら料理に仕込んだしびれ薬が効いてきたようだな」
 膝を突く柳華を見下ろして男爵が不敵に笑った。
「くっ、ひ……きょう、な」
「決まっている、私が王位につくためだ。あのような無知の子供になにができる」
「お…うじ…には民を思う優しさがある。……お前が王にでもなれば…民人が…ど…んな
酷いめ…をみるか…」
「ふん。少しでも媚びるようなら生かしてやろうと思ったが、そうでないのならもう用は
ない。さっさとやってしまえ!」
 男爵の命令に5人の賊が一斉に地を蹴った。
「ここまでかっ!」
 柳華は膝を突いたまま目を閉じる。

 動くことができない騎士を5つの武器が襲いかかろうとした……そのとき!

「そこまでだ!」
 どこからともなく五つの声が体育館に響き渡り、五色の煙が舞台上に吹き上がった。

 柳華、演劇部員、観客の全員が突然の展開に目を丸くした。
「い、いったい…なんな…のよ」
 流れてきた煙を振り払いながら柳華は呻く。こんな展開は聞いてなかった。
 徐々に煙が薄れていくと5色の煙の中に人影が見える。
「誰だ貴様等!」
 機転を利かせて男爵が人影に向かって吼える。
「ふっ、料理に毒を仕込むなど笑止千万! ファーーーールレーーーッド!」
 赤い煙の中から同色の全身フィットスーツ−戦隊ヒーローのあれである−を着た人物が
飛び出して男爵達を指さす。
「私たちが本当の反則技っていうものを教えてあげる! ファーールピンク!」
 続いてピンクが煙から姿を現すと両腕を組んで胸を張った。
「驚きのあまり目を丸くするぜ! ファーーールグリーーーン!」
 その次に現れたグリーンはなぜか両腰に手を当ててエビ反る。そのままブリッジしない
ところが少し格好悪い。
「………」
 無言で現れたブルーはフラフラと体を左右に揺らす。今にも倒れそうだった。
「クールなブルーと俺様ナイスガイなイエローッ! 5人揃って!」
 最後に現れたイエローがビシッ、と格好良く天を指さした。

「反則戦隊! ファールマン!」

 またしてもポーズをとった五人の背後で五色の煙があがった。

『これは部長の仕込みですか?』
 呆然としながら柳華は口パクで部長に問いかけると、
『あんなお馬鹿連中しらないわ! とにかく、このままいきなさい!』
 彼女はそう書かれたプロップを左右に激しく振っていた。
 このままどうやってエンディング迎えるればいいのか。果てしなく無理な気がしてなら
ない。息苦しさに頭痛まで加わって柳華は最悪の気分を味わった。
「ぐぬぬぬ。何者かは知らんが邪魔をするなら排除するまで! やってしまえ!」
 男爵の命令に我に返った五人の賊は互いに頷きあってから一斉に地を蹴った。
 それを見たファールマンレッドは肩をすくめ、
「あ〜〜! あそこに一万円札が〜!?」
 大声で叫んで床を指さした。
 そこには本物の一万円が所在なさげに転がっていた。賊達は足を止めて一万円とレッド
を交互に見る。レッドは『どうぞどうぞ』と身振り手振りで答えた。
 次の瞬間、賊達は一斉に踵を返して一万円にとびかかった。
「最初に触ったの俺! だから俺のものだ!」
「んなルール誰が決めた!」
「なら最初にその金を財布に入れたヤツのものってルールだ!」
「望むところ!」
「金〜〜〜!!! 金〜〜〜〜!!!!」
 そして当然の如く奪い合いの喧嘩が勃発した。
「あらあら醜いったらありゃしないわね。そんな醜い連中には不幸しか訪れないのよ。そ
う……こんな風に、ね!」
 争う賊達はファールピンクの蹴りで本当に宙を舞った。さらに彼女は落下した賊達に容
赦の微塵もないストンピングを叩き込む。
「こ、こえぇ」
「う、打ち合わせと違わねぇ?」
「金が関わるとピンクこぇ〜〜!」
 レッド・グリーン・イエローの三人はピンクの乱暴ぶりに身を寄せて震えていた。
「おら、あんたらもさっさとぶちのめしなさい!」
「は、はい!」
「ピンク様のご命令通りに!」
「さすがピンク様!」
「……」
 ピンクの命令に4人は賊達に蹴りかかる。金に目がくらんだ賊達は即座に鎮圧された。
「これに懲りて今度からお金を拾ったら警察に届けることね」
 そんな事を言っておきながら賊の手から一万円をちゃっかりもぎ取って手袋にしまうピ
ンク。突っ込みたくても怖くて誰もつっこめなかった。
「さてっと……ボスはそこのあんたに任せるわ。やっちゃいなよ」
 ピンクは顎で柳華に男爵と戦うよう促した。
「だがピンク、彼女はしびれ薬で……」
「だからあの技を使うんだろ、あ?」
「は、はい! その通り!」
 五人はかごめかごめのように柳華を取り囲む。
「ファーーールマーーーーン・ヒーーーリングサーーークル!」
 眩い照明がファールマンと柳華を照らした。
「よく頑張った」
 あまりの眩しさに目を閉じた柳華に誰かが囁き、額にそっと触れた。誰かは光に遮られ
て見ることはできない。
「では、さらばだ!」
 ぼん、という破裂音。遠のいていく足音。額の触れられた感覚の余韻から覚めた柳華は
体が正常に戻ったことに気付いた。
「まさか……あいつ」
 囁かれた声はここ最近聞き慣れた声だった事を思い出し、自然と笑みがこぼれてしまう。
自分と同じで息苦しくて立つのもやっとの状態だったはずなのに……。
「邪魔者はいなくなった。手駒はいなくなったが薬で弱ったお前なら私でも殺せるわ!」
 視界を回復させた男爵が剣を抜いた。
「どこの誰かは知らないが感謝する。男爵よ! 王国騎士団の名の下にお前を処刑する!」
「な、なに!?」
 立ち上がった騎士に男爵は驚き動きを止める。そこへ疾走した騎士の剣が一閃し、断末
魔の叫びを上げながら男爵は倒れた。

 こうして珍入者はあったが『剣に誓って』は好評のまま無事終了した。

「あ〜死ぬかと思ったぞ」
 噴水のへりに座って煉は重いため息をもらした。肩にはミュウがバツが悪そうな顔をし
て座っている。
「ごめんね〜レン。こんどからはミュウきをつける〜」
「ああ、頼む。もう金輪際あの苦しみと晒し者はごめんだ……」
 ミュウを追って体育館を出た煉は観客のいないヒーロショーに連れて行かれた。
「あれあれ〜♪」
 黄昏たヒーロー五人。大勢の観客に見てもらえると言ったらすぐに話にのってきた。そ
れから本物のファールブルーに2万円で交代を頼み、さらに反則技で使ったあの一万円も
煉の出費だ。
「まったく……」
 無理に笑顔を浮かべたり、死にそうになったり、三万円の出費があったりと今日は厄日
としか言いようがなかった。
「あに辛気くさい顔してんのよ」
 頭を叩かれて振り返ると騎士の格好をした柳華が立っていた。舞台が好評だったからか
ご機嫌の表情だ。
「ちょっと高い買い物をしてな」
「ふ〜ん……あに買ったの?」
「……秘密だ。さてと、疲れたし用はないから俺は帰る」
 勢いをつけて立ち上がると煉は校門の方へと歩き出す。これ以上詮索されてあんな格好
をしていた事がバレるのだけは絶対に避けたかった。

 少しずつ離れていく煉の背中を見て柳華は小さく笑った。
―― 隠そうとしてもわかってるよ。だって、呪いを解けるのは煉しかいないんだから。
 それでも隠そうとしたのは煉のプライドか、はたまたあんな格好をした羞恥を思い出し
たくないからか。
「ま、どちらにしても煉らしいけどね」
 小声で呟くと柳華は煉に駆け寄り強引に腕を絡めた。
「……なんだこれは?」
 絡み合った腕を指さしながら煉は迷惑そうに眉根を寄せる。
「いいじゃないの。気分よ、気分♪」
「……あっそ」

―― ふふっ。他のみんなはどう思ったか知らないけど助けてくれてありがと。あたしだけ
のヒーローさん

 そっぽを向く煉を見上げ柳華は心の中で呟く。

「ふたりとも〜♪はいぽ〜ず〜♪」
 そんな2人をファインダーに収めてミュウがシャッターを押す。

 水晶に輝いた思い出が蓄積された。

 写真を撮られまいと逃げる煉と行かせまいとする柳華。2人とも笑っていた。
「えっへへ〜♪」
 収められた映像を見てミュウも満面の笑みを浮かべるのだった。

 課題終了まで99枚。


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