第二十八話「計画発動!B・誘拐」
 集合時間になるも柳華達を除き誰も来る気配がなかった。連絡を取ろうとしたところで
柳華の携帯が鳴った。訝しみながら液晶を見る。相手は世羅からだった。
「せんぱ〜い〜」
「どうしたの? もう集合時間よ。何だか他の連中も来ないし、どうなってんの?」
「そ、それが急な用事が入っていけなくなってしまいました。他の方々からも連絡があり
まして来られないと」
「あ、あんですってー!?」
 柳華は人目も気にせず大声で叫んだ。
「せ、先輩耳が痛いですよ」
「あんた、まさか始めっからそのつもりだったんじゃないの?!」
「そんな滅相もありませんわ。急にお父様からパーティーに呼ばれたからついてきなさい
と言われて困ってますのに。私、ああいう社交界というのでしょうか? 苦手ですの。で
も、私は泉家の娘として出席せねばならないのです。もし断って泉家が没落したら先輩は
責任とってくださいますか?」
「そ、それは……」
 さすがに責任を取れとまで言われては柳華に反論の余地はなかった。電話の向こうで世
羅が笑う。
「他の皆さんにはお仕置き部隊を差し向けて懲らしめますから安心してくださいね」
「別にそこまでしなくても」
「そうですか? ではやめておきます。あ、宿の方にはすでに話を通してありますので、
お名前を言っていただければ宿泊できますわ。それでは」
 言うだけ言って通話が切れた。ボタンを押して携帯をポケットにしまう。
「なんだったんだ?」
「世羅がこられないって。他の連中も」
「……怪しいもんだ」
「まぁね。でもちゃんと宿は使えるみたいよ」
「ならばよし! 今回の最大の目的は温泉だからな。……ふっふっふ」
 拳を握りしめて宿があるであろう方を見ながらほくそ笑む煉。よほど温泉が楽しみらし
い。柳華はやれやれと肩をすくめる。
「ねえねえ、これからどうするの〜? ミュウはもっともっとおいしいものがたべたい〜
♪ ここにあるアイスとかヨーグルト美味しいかな〜。じゅるり」
「そうね。こんな時間から温泉入るつもりもないし何か他に食べ─」
「いいや、入るべきだ! 夜空に浮かぶ月を見ながら入る温泉もいいが、昼の温泉もおつ
なものだぞ。もちろん朝もいい。やはり温泉は朝・昼・晩の三回入らないといかん!」
「却下」
「なぜだ!?」
 煉が大げさに驚く。
「グルメツアー希望はあたしとミュウで、温泉希望は煉ひとり。多数決であんたの希望は
否決ってわけ」
「むむむっ」
「そんなに入りたければひとりで先に行けば?」
「いや、だめだ」
 両腕を組んで煉は首を振る。
「あんで?」
「温泉の楽しみは入ることと、出た後の牛乳一気のみ! そしてさっぱりした後の卓球
だ! 相手もなくて壁打ちの卓球など……くっ」
 急に目を閉じて煉は拳を握りしめる。どうやらひとりで虚しく壁打ちした記憶が蘇った
らしい。
「はいはい、温泉卓球は後で付き合ってあげるから。今は――」
 柳華は煉の手をつかむ。
「湯けむりグルメツアーよ! 今日で全部制覇してやるから!」
「してやる〜♪」

 こうして3人は美味しそうな匂い漂う商店街に向かうのだった。

「平和ですわね〜」
 小型モニターを見ながら世羅が緑茶をすすった。電車からロケバスに乗り換えてこっそ
りと二人の後を追っている。映像は諜報部員が住民になりすまし、超小型カメラで撮影し
ているものだ。
「微笑ましい光景と私は思います」
 横で煎餅が入った袋を持っていた南が言う。
「そうね。柳華が幸せならそれでいいわ」
 世羅と同じく緑茶をすする雪華。
「旅館方面の準備の状況はどうなってますの?」
「イルミネーションや道路封鎖の準備は整っております」
 世羅は両手を組んで空を見上げた。
「あとは夜を待つだけですわ。あ〜早く来ないでしょうか」
「急がなくてもすぐに来るわ。あ、そうそう、ひとつ質問があるのだけれど?」
「どうぞ」
「まさかとは思うけど、あの2人の部屋にまで監視カメラや盗聴器をしかけていたりはな
いわよね?」
 言いながら雪華はうっすらと冷たい笑みを浮かべる。と、前からではなく背後から感じ
た寒さに世羅は大きく体を震わせた。
 恐る恐る後ろを振り返ると、雫と森也も同じような笑みを浮かべていた。
 実のところどちらも仕掛けてあったりする。もしもの場合はすぐに機能を停止できるよ
うにしてだ。だがその事を言ったら3人は……。
―― か、確実に殺されてしまいますわ
 頭に浮かんだ様々な地獄絵図に身震いする世羅。ほんのわずか顔を引きつらせるも、
「も、もちろんですわ。先輩達の幸せを願う私がそのような無粋な真似をするとお思いで
すの? おほ、おほほほほほほほほ」
 すぐさま笑ってごまかした。

 数分後、3人の目が向いてない隙に部屋の盗聴器と監視カメラを外す指示を南に出した
のは言うまでもない。

 夕方五時。
 食べ歩き、寺や博物館を適当に見て回った柳華たちは送迎バスに乗ってようやく宿に到
着した。
「へぇ〜いい旅館じゃない」
 旅館は歴史を感じさせる二階建ての建物だった。山奥にあるのでとても静かで空気も美
味しい。間取りは5畳と少し狭いのは仕方ないだろう。
「食事は七時になってっから。んじゃ、ごゆっくり」
 恰幅の良い気さくな女将さんはそう言って出ていった。
「食事まで何してる?」
「風呂に決まっている。露天風呂が7種類もあるらしいぞ。とりあえず夕食までに4種類
入って、それから卓球で勝負だ。逃げるなよ」
「はいはい。お、浴衣じゃない」
 戸棚の中に浴衣があった。それを手にして柳華は振り返る。
「ねえねえ、これ着たら似合うと思う?」
 返答はなかった。返答どころか煉の姿すらない。
「レンならハナウタうたいながらおんせんにいっちゃったよ〜」
 温泉まんじゅうを平らげたミュウが肩に着地した。
「あんの馬鹿は後でぶん殴る。んで、ミュウはどうする?」
「リュウカといっしょにおふろ〜♪」
「よしよし。一緒に背中の流しっこでもしよっか」
「わぁ〜い♪」
「え〜と着替えとタオルタオルっと……」
 鼻歌交じりに柳華が鞄を開けようとしたとき、
「お客様、よろしいでしょうか」
 ノックの後に若い男性の声。浮かれていた柳華は何の疑いもなく扉を開けて表情を凍ら
せた。
「やあ」
 進藤昴が不気味な笑みを浮かべながら右手をあげた。
「だれ……か…」
 大声をあげようとしたが急に何かを吹きかけられ、柳華はすぐに意識を失ってしまった。

 目の前の状況をミュウはすぐに理解できなかった。
「まさかこんなにもうまくいくなんて思ってもいなかったよ」
 倒れた柳華を見下ろしながら彼が言う。
 ミュウは青年を見上げた。彼の心の色を見る。黒と白が点滅していた。
「さてと……」
 青年が柳華を肩に担ぐ。
「あ、リュウカをつれてっちゃだめ〜〜〜!!」
 ようやく柳華が危険であると認識したミュウは青年の髪を引いて必死に抵抗した。
「なんだこの生き物は? まあ、いい。僕の邪魔をしないでくれ」
「わ?!」
 ぷしゅー、と何かを吹きかけられる。
「な、なにをする……の〜」
 襲いかかる睡魔に打ち勝つことはできずミュウの意識は闇の中へと沈んでいった。

 「いかんいかん。着替えを忘れるとは……ん?」
 脱衣所から戻ってきた煉は倒れているミュウを見て首を傾げた。
「おいミュウ。寝てるのか? おい」
「みゅ、みゅ〜……あ、レン!」
「おわっ!? 急上昇するな。危ないだろ」
「そんなこといってるばあいじゃないんだよ! リュウカが、リュウカが……さらわれち
ゃった〜〜〜〜〜〜!!!」
「そうか誘拐されたか……んだと!?」
 事の重大さに気づいた煉はミュウを両手でつかむと、
「どこのどいつだ? 男か女か? 年はどのくらいだ!」
「く、くるし〜〜〜ぃ」
「す、すまん」
 ミュウを解放してやる。
「ふぃ〜。…あのねあのね、レンくらいのおとこのひとがきてぷしゅ〜ってなにかをリュ
ウカにかけたの。そしたらリュウカがバタッてたおれて。ミュウもがんばったんだけど…
…うううっ」
 ミュウの目に大粒の涙が浮かぶ。
「泣くな。柳華の居場所はわかるんだろ?」
「うん」
「なら急ぐぞ」
「うん!」
 頷いたミュウを肩に置くと煉はすぐさま宿を出た。
「どっちだ?」
「あっち!」
 ミュウは宿の裏手に広がる森を指さす。迷わず煉は森の中に入った。
―― 柳華……無事でいろよ!


←前へ  目次へ  次へ→