第二十六話「計画発動@!」
 昼休み。柳華を食堂に誘うと、世羅は温泉旅行の事を話した。 「おんへんほほう?」
 箸をくわえながら柳華が言った。
「はい♪実は泉家が所有している温泉旅館を使っても良いとお父様がおっしゃってくださ
ったんです。ここしばらく色々あってお二人ともお疲れでしょうから温泉でのんびりして
はどうですか?もちろん宿泊費は結構ですわ」
「う〜ん。あたしはいいけど煉が何ていうか。ここ最近バイトの出勤日数が危険だ〜とか
言ってたから無理だと思うけど……」
「そんな〜」
 バイトに関しては盲点だった。このままだと計画は始まらずに終わってしまう。
―― 先輩は問題ありませんわ。となりますと問題は煉様ですね
 何とかしなければならない。世羅は携帯を取り出して南のメモリーを呼び出した。
『何のご用でしょうか?』
 ダイヤルするとすぐに繋がった。
「煉様がアルバイトの日数にこだわる理由を突き止めなさい。時間は1時間ですわ」
『かしこまりました』
 通話が切れた。南は優秀な人物だ。きっと1時間後には有力な情報を得るに違いない。
「……誰と話してたの?」
「秘密ですわ」
 携帯電話をしまい、世羅は微笑を浮かべた。

 同じく食堂。世羅と柳華が座っているテーブルから少し離れたテーブル。
「なるほど。温泉旅行へでかけるかもしれないのか」
 イヤホンから聞こえてくる2人の会話を聞いていた進藤昴はニヤリと笑った。イヤホン
の先には盗聴器の受信機が繋がっている。送信機の方はこの食堂全てのテーブルにしかけ
てあった。いつでも愛しい彼女の声を聞くために。その為なら多少の出費は気にしない。
「それもあの男と一緒に……」
 ぎり、と昴は奥歯を噛みしめた。
「許せない。あの男と一緒に行くというならこの温泉旅行は絶対にぶち壊してやる。そし
てついでにあの男も……ふっふっふっふ、楽しくなりそうだね」
 イヤホンを外してポケットにしまうと昴は食堂を後にした。

 夜。煉の部屋に訪れた世羅はもう一度2人に提案した。
「どうでしょう?」
「親睦を兼ねての温泉旅行か。しかも宿泊費を払わなくていいとは行くに決まっている!」
 瞳を輝かせて煉が言った。
「あんたバイトの方は大丈夫なの? 今月ピンチだ〜とか言ってたくせに」
「うむ。バイト中に電話があってな。孤児院に多額の寄付があったらしい。そんな訳で俺
からの寄付金は大幅に減らされてしまった。ゆえに今月のピンチ状態は解消された」
「太っ腹なヤツも居るところにはいるのね〜」
 2人の会話を聞きながら世羅は内心ほくそ笑んでいた。
 多額の寄付の主は世羅なのである。南からの情報で煉がバイトにこだわっていた訳が孤
児院への寄付金だという事がわかり、すぐさま世羅は孤児院への寄付を命じた。
 金額はサラリーマンの年収4年分といったところだ。
―― 計画が実行でき、なおかつ恵まれない孤児の子達を救えるなんて一石二鳥でしたわ
 寄付を受けた孤児院の主は、
「これで子供達や煉さんに苦しい思いをさせずに済む」
 と、涙を流して感謝してくれたらしい。
「世羅? お〜い、意識はご在宅?」
「え、あ、はい。なんでしょう?」
「あたしらはOKだけど、メンバーや旅館の場所ってどこなの?」
「はい。メンバーは雫さんや先輩のお兄様やお姉様方、それに部長さんや部長の恋人さん、
月影組の方々を少々といったところですわ。旅館は山形にある小さな温泉宿ですが、色々
な露天風呂が楽しめますの」
「露天風呂。……いい響きだ」
「あんたって温泉好きなんだ」
「ああ、温泉は大好きだ。温泉に入るとこう、今までの疲労が一気に抜けていくというか
だな─」
 煉の温泉のなんたるかの話が始まる。柳華はやれやれとコタツに頬杖をついた。それで
も彼女は笑みを浮かべている。
―― やはり2人は想いを伝え合って恋人になるべきなのですわ!
 ますます使命感を燃え上がらせる世羅。計画は準備できた。あとは発動当日を待つのみ。
―― それにしても、さっきの大好きという言葉が温泉じゃなくて先輩への想いの言葉でし
たらよかったのに
 そう思わずにはいられない世羅だった。


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