第二十五話「2人の進展計画…発案?」
 煉と柳華がほのぼの後片付けをしている頃。

 駅に向かっていた森也は何度も後ろを振り返っては唸っていた。
「少しは黙ってくれないかしら」
 何度もむーという唸り声を聞かされて雪華はうんざりとした声で言った。
「お前は心配じゃないのか?健康な年頃の男女が同じ部屋で2人きりの夜を過ごすんだぞ。
もし間違いでもあったら……あぁぁぁぁぁぁあ! 兄ちゃんは心配だぁ〜!」
 両手で頭を抱え大声で叫ぶ森也。
「柳華は彼が好きなんだから別にいいと思うわ」
「柳華は今日二十歳になったばかりだぞ」
「二十歳になったら大人よ」
 妹離れできない兄に雪華はため息をもらす。と、いきなり肩を掴まれた。
「ま、まさかすでに大人のお前は男とそういう関係をもったことがあるのかぁ!?」
「私のお眼鏡にかなう男なんて、そうそういるはずがないわ」
「そうかそうか。兄ちゃんは安心したぞ。可愛い妹が妙な男の毒牙にかかるなんて兄ちゃ
んには耐えられない!」
 グッ、と拳を握りしめて森也が言う。
 雪華はふと考える。
―― この馬鹿兄がこうもシスコンになったのはいつからだろうか?
 小学生の頃はまるで無関心だった。こうなったのは中学になってからだ。
―― いったい何がこいつをこうまで変えたのかしら?
 視線を感じたのか森也が顔を上げた。
「どうかしたか?」
「なんでもないわ。ん?」
 雪華は足を止めた。
 外灯の明かりの中に黒いスーツを着た人物が立っていた。真っ直ぐこちらを見ている。
背丈から見ておそらくは女だろう。男にしては背丈が低いし、体つきも華奢だ。
「知り合いか?」
「あんな怪しさ爆発の人に知り合いなんていないわ」
 答えて雪華はゆっくりと近づいた。
「何かご用? 闇討ちなら歓迎しますわよ。返り討ちにしてやりますけど」
「東雲柳華様のお知り合いの方ですね」
「柳華は私たちの妹よ。それがどうかして?」
「柳華様のことで私の雇い主がご相談したいそうです。お時間がよろしければご足労願い
たいのですが」
「名前も名乗らない相手についていくと思います?」
 雪華が鋭い目で女を見据えた。
「申し遅れました」
 女は帽子を取った。幼い顔立ちとウェーブのかかった栗毛があらわになる。年は20か
そこらだろう。可愛いというより美形という顔立ちの持ち主だった。
「私は柳華様のご学友であらせられる泉世羅様の使いのもので南と申します」
「ふぅん。で、そのご学友が私たちに何のご相談があるんでしょう」
「存じません。ただ世羅様は極秘でお話がしたいとの仰せです」
 微笑を浮かべ南は帽子を被り直す。
 わかっていてもこの女は決して口を割らないだろう。力ずくでもと思ったが、きっと護
身術か何かに覚えがあるに違いない。
 大人しくついて行くか、拒否して戦うか……考えるのも面倒なので、
「兄さんに任せた」
「ああ?! 何で兄ちゃんなんだよ!」
「兄さんって前から運だけはいいみたいだから。頼りにしてあげるんだから時には兄らし
く決めてみせたらどう?」
 そう言って雪華は兄の背を小突いた。
「わ、わかった。そこまで言われたら兄ちゃん頑張るしかないよな。……おほん。そちら
の主さんって人は男女どちらです?」
「女性です」
「そうですか。なら行かせてもらいましょう」
 森也の答えに南はニッコリと笑った。
「ありがとうございます。ではこちらへ」
 踵を返して南は大通りの方へ歩いていく。2人とも後に続いた。
「あんで行くことに決めたの?」
 謎だった。
「単なるくじ引きさ。男だったら行かない。女だったら行くってな」
 何とも安易な答えの出し方に雪華は頭を抱えた。これでもし妙な事になったら撲殺して
やろうと心の中で誓う。
「何で男だと行かないで女だと行くのよ?」
「誰が好きこのんでむさい野郎の所に行くか。兄ちゃんだって男だぞ。女性とお近づきに
なりたいのさ!」
 胸を張って豪語する兄に、
「本音はそれか」
 雪華は大きなため息をもらした。

 それから2人はリムジンに乗せられ、行き着いた先は小さなレストランだった。
「到着いたしました」
 扉を開けて恭しく一礼する南。
「どうぞ。こちらでございます」
 案内に従って中に入ると、少女と着物を着た女性が席に座っていた。部屋の隅にはやけ
にごつい男が直立不動で立っている。
「どっちが泉世羅という人かしら?」
 雪華は座っている2人を交互に見た。
「それは私ですわ。初めまして。柳華先輩には色々お世話になっております。こちらは煉
様のお姉様で月影雫さんですわ」
「よろしゅうに」
「で、用件は? しょうもないことだとデスバレーボムみまってあげるわよ」
「今回皆さんに来ていただいた理由はこれですわ!」
 立ち上がった世羅が後ろを指さすと同時に南はリモコンのスイッチを押した。
 部屋が暗くなってスクリーンが降りてくる。続いて床から出てきたプロジェクターがス
クリーンに映像を映しだした。
『先輩と煉様をさっさとくっつけてしまいましょう大作戦♪』
 スクリーン中央にでかでかとその文字を。
「もうあの2人を見ているとまどろっこしいのですわ! お互いが想い合っているのにい
つまでもいつまでもモジモジモジモジ……いい加減にしてほしいです! そこで私は考え
えました! こうなれば2人が告白する気になるようセッティングするしかないと。そこ
で皆さんに協力を求めようとお呼びしたのですわ」
「十分に理解できたわ。協力って言うけれど、貴女は何か作戦を考えて?」
「もちろんですわ! お二人がお互いに想いを告げられない理由はずばり邪魔者が多いか
らです。ならば邪魔のいない場所へ連れて行ってしまえばよいのですわ」
「具体的にどこへ?」
 もっともな疑問を森也が言った。
「山奥の温泉地ですわ!」
「なんで温泉?」
「そのお兄さんの言うとおりや。なして温泉地なんや?」
 2人からの質問に世羅は待ってましたとばかりの笑みを浮かべた。
「山奥なら人の来ることが少ないからです。宿泊なさってもらう宿はすでにこちらで押さ
えてありますわ。温泉と美味しい料理でリラックスした2人が迎える夜。外には光のイル
ミネーションが。ロマンティックな光景に2人はいつしか見つめ合い、そしてそのまま…
…いやん! というのが私の考えですわ」
「そううまくいくものかしら」
 雪華は思ったことを口に出した。
 柳華ならありえないかもしれないが、あの煉がロマンティストには思えない。
「いかせるんです! 都合良く来週からお休みになりますから、明日にでも誘いますわ。
建前は知り合いの方々との親睦慰安旅行。集合は現地にしますの。でも、当日はみんな急
用で遅れることになり、2人はとりあえず観光へ。そして旅館に着いて一休みしている2
人にみんなが来られないという連絡が。はい、2人きりの完成ですわ」
「旅館に人がいると違うん?」
「旅館の従業員には特別休暇とお手当を出しますし、万が一他の人がお泊まりに来ないよ
う道も封鎖いたしますから大丈夫ですわ」
「そんじゃお金とか随分かかるんだろ? ちなみにいくらかかるか教えほしいね」
「確か……こしょこしょこしょ」
 世羅がそっと森也に耳打ちする。
「なななななななななななぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 兄は思いっきり大声で叫び、椅子から転げ落ち、なぜか部屋の隅まで後退りした。よほ
どの金額に驚いたらしい。
「そ、そんなに使って大丈夫なのかい?」
「はい。お父様とお母様も快く了承してくださいました。煉様はこの泉家を救ってくれた
救世主! その方の幸せの為なら今回の作戦で使用するお金などはした金ですわ!」
 拳を固めて力説する世羅に、雪華は小さな嘆息をもらした。
 いったいいくら使ったのだろうか。兄があれほど驚いたのだから10万程度ではすまな
いだろうが。
「絶対に成功させてみせますわ!」
 出資者がやる気なら別に構わないだろうと雪華は思った。なにより柳華が幸せになるな
ら願ってもないことだ。
 しかし……。
「彼にもっと意気地があればこんなことしなくても良かったでしょうに」
「なんやと?」
「いつまでも告白できないのは意気地がないのよ」
「世羅はんの言うように邪魔がいるからや!」
「一緒に住んでいてチャンスがないとは思えないわ」
「くぅ〜。それならお宅の妹はんも同じ意気地なしや!」
「……もういっぺん言ってみやがれ」
 雪華はテーブルを思い切り叩いて雫を見据えた。
「柳華はんも意気地がない言うとんのや。別に男が告白せないかん理由はないしな」
「やんのかコラァ!」
 最愛の妹をバカにされて黙っていられる雪華ではなかった。
「上等や! 喧嘩常勝無敗の雫様をなめると痛いめにあうで!」
 立ち上がった雫が指の関節をならす。
「こっちは女子プロレス常勝無敗の女王って呼ばれてんだ! どっかのちっぽけな組の姐
さん如きに負けるかよ! 投げ技の後に関節極めてヒイヒイ言わせるぞ、コラァ!」
 負けじと雪華も中指を立てて叫ぶ。

 それが喧嘩のゴングとなった。

 いきなり始まった喧嘩を誰も止めようとはしなかった。いや、止められなかった。止め
れば必ずどばっちりを受ける。
「嗚呼、こんなとき兄貴がいてくれたら……」
「こんなとき柳華がいてくれたら……」
 同時に呟いて鈴城と森也は顔を見合わせた。
「お互い――」
「喧嘩っ早い妹……いや、そっちの場合は姐さんで苦労しますな」
 2人はお互いの髪の毛を引っ張り合う雫と雪華を見てから同時にため息をもらした。

 それから喧嘩は2人が疲れ切る2時間後まで延々と続くのであった。


←前へ  目次へ  次へ→