第二十四話「パーティーA」
「な、な〜〜んだ〜。しょ〜ゆ〜わけきゃ〜」
 ぽてっ、と柳華は煉の膝の上に倒れ込んだ。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「ら〜よ〜ぶ〜。えへへへへ〜」
 煉は額を押さえて首を横に振った。顔が赤い、目がとろんとしている。全然大丈夫には
見えない。ここはハッキリと言おう。
「お前は酔っている」
「よってなんかなぁ〜わよ〜」
 言いながら柳華が膝に頬をすり寄せてくる。
「お、おい! すり寄ってくるな!」
「う〜にゅ〜」
 不満そうに柳華は指をくわえた。もはや子供だ。いや、ミュウ化と言った方が適切かも
しれない。
「……こいつは酒が入るといつもこうなるのか?」
「さあ。柳華がお酒を飲んだのは今日が初めてだから知らないわ」
 チョークスリーパーで森也を落としていた雪華が答えた。
「ね〜ね〜レ〜ン〜」
 身を起こした柳華が抱きついてくる。押し付けられる胸の柔らかさに慌てて煉は引き剥
がそうとするが、
「逃げちゃ、め!」
 むしろ逆効果にしかならなかった。
「ミュウ、何とかしろ」
「ケンカじゃないからノ〜タッチ〜。ケ〜キおいひぃ〜モフモフ〜」
「薄情者! おい兄姉なんだろ? 何とかしてくれ」
「柳華が好きなら別に構わないでしょ。……それとも柳華じゃ不服だってのか?」
 冷たく鋭い雪華の視線が煉を射抜く。あまりの冷たさにヤーサン環境にいた煉でさえ震
え上がった。
「ね〜ね〜レンはあたしのこと〜どうおもってんの〜?」
「どわっ!」
 いつの間にか柳華の顔が目の前にあった。
「好き〜? 嫌い〜?」
「いや、あのだな……」
「ううぅ。嫌いなんだ」
 小さく呻いて柳華は涙を浮かべる。
「だ、誰も嫌いなんて言ってないだろうが」
「じゃあ好きなんだ〜。えへへ〜うれし〜」
 と、今度は泣き顔を一変してにこにこ顔。逆に激しい変化を見せられた煉は困惑顔だ。
「好きというか……その〜なんだ〜つまりは……」
「いくじな〜す」
 ミュウから本日二度目の痛い言葉がぶつけられた。
「これは意気地の問題じゃないだろ。柳華は酔ってるんだぞ」
「よこうえんしゅう〜よこうえんしゅ〜♪」
「んなことできるか!」
「む〜。じゃあじゃあ、答えてくれなくていいから〜ぎゅう〜ってして♪」
 意味がわからず雪華を見た。
「抱きしめてってことでしょ」
「抱きしめてと言われても、すでにこっちが抱きつかれてる状態なのだが」
「だ〜め〜?」
 上目遣いで見つめられ、煉はごくりと唾を飲んだ。
―― い、いつもより可愛く見えるのは気のせいか?
 潤んだ瞳。朱色に染まった頬。いつもとのギャップがそう思わせるのだろう。…たぶん。
「わ、わかった」
「えへへ〜。ぎゅ〜ぎゅ〜はやく〜」
 煉は意を決して両手を背中に回そうとした……その時、
「あれ? あたし何して……あ、あにしようとしてるのよ!」
 痛烈な一撃が煉の右頬を撃ち抜いた。どうやら正気を取り戻したらしい。

 煉は気を失い、話を聞いた柳華は酔った自分の行為に赤面した。

 まだまだパーティーは続く。

「誕生日といえばプレゼントだぁーーーーーーーーっ!」
 目を覚ました森也が開口一番に叫んだ。勢いよく立ち上がった彼の手には小さな箱が握
られていた。高々と掲げられたそれを森也は柳華に渡す。
「兄ちゃんからは腕時計だ。あんま高くないけど許してくれな」
「私からはイヤリング。少しはこれでお洒落でもしなさい」
「2人ともありがとう」
 柳華は渡されたプレゼントを胸に抱きしめた。2年ぶりの誕生日プレゼント。とても嬉
しかった。
「ミュウからもあるんだよ〜♪」
 髪を引かれて振り向くと、ミュウが小さな六角柱の水晶を手にして浮遊していた。
「はい、あげる。これはフェリーナにしかないスイショウジュのコエダ〜♪ おねえちゃ
んにたのんだらおかあさんがおおいそぎでとってきてくれたの。もってるだけでコウウン
がやってくるんだよ〜♪」
「そっか。世界にひとつしかない水晶なんて素敵じゃない。ありがとう、ミュウ」
 ミュウの小さな頬に柳華は感謝の口付けをした。
「みゅは♪」
「で、煉は?」
「俺は金がなくてプレゼントというプレゼントは用意できなかった。代わりにこれをやる」
 そう言って煉がお札程度の大きさの紙を差し出してきた。受け取って見てみる。
『願い事を3つ叶えてやる券』
 紙にはカラフルな色でそう書かれていた。
「…………」
 少しばかり言葉を失う柳華。じっと紙を見つめ、それから煉を見て、再度紙を見てから
顎に手を当てて唸る。
「子供だと笑えたければ笑え」
「笑わないけど……ホントに叶えてくれんの?」
「金や犯罪にならないことならな。もちろん俺が叶えられる範囲のものに限るが」
「裸で町内一周って言っても?」
「それを願ったならやってやる。願い事を叶えてやる券だからな」
 また柳華は言葉を失った。煉はやる気だ。ウソを嫌いとする彼なら本当に裸で町内一周
をやれと言えばやるだろう。
―― もしかしたら凄いプレゼントなんじゃ?
 いまいちど柳華は券を凝視する。単なる白い紙が眩く光っているように見えた。
「気が向いたら使ってくれ。俺としてはあまり使ってほしくはないがな」
「さぁて、どうしよっかな〜」
「……やっぱ別のにしておけばよかったかもしれん」
 がっくりと項垂れる煉。
「今さら換えるって言っても遅いからね」
 笑って柳華は更にもう一度券を見た。
 煉が何でも願いを叶えてくれる夢のようなチケット。どんな願いを叶えてもらおうか。
それを考えるだけで自然と笑みがこぼれた。

 それから間もなくして2人は帰った。明日は仕事なのだという。最後の最後まで嫌がっ
ていた森也は昏倒させられて雪華に連れて行かれた。
 騒がしい森也がいなくなって一気に部屋が静まりかえる。
「んじゃ片づけでもするか」
 煉の言葉に頷き、柳華は使った皿をまとめて水に浸した。
「ねえねえ、ミュウはなにしたらいい?」
「お前は飾り付けの片づけを頼む」
「らじゃった〜♪」
 敬礼をしてミュウは部屋の奥へ消えた。
「じゃ、あたしがお皿を──」
「お前は風呂にでも入ってろ。今日はお前が主役だ。主役は何もしなくていい」
「そうはいかないわよ。あたしも手伝う」
 柳華は泡だったスポンジでごしごしと皿を洗う。
 料理ができないからこれぐらいはしたい。それに煉と一緒にいられる口実を逃すわけに
はいかないのだ。と、皿とスポンジを煉に取り上げられた。
「あにすんのよ!」
「俺が洗う。お前は洗った皿を拭いてくれ」
 皿を洗い始める煉。しらばく柳華はぽけ〜っとしていたが、
「もしかしてまだ水が冷たいから、あたしが辛いと思って?」
「……お前は洗うのが遅いからだ」
「ふふっ。まあ、そういうことにしておいてやろうじゃないの」
「ほれ」
「ほいほい」
 皿を受け取って柳華は鼻歌交じりに拭き始める。
―― 今日はとてつもなく良い日じゃない
 誕生日パーティーをしてくれたし、プレゼントもらえたし、さらには気遣ってもらえた。
良いことずくめだ。もしかしたらあの嫌がらせで溜まった不幸が一気に幸運に変換された
のかもしれない。
「そういえばあんたの誕生日っていつ?」
「七月七日の七夕だ」
「ぷっ。似合わない」
「笑うな。笑う暇があるなら皿を拭け」
 洗われた皿が差し出される。クスッと笑って皿を受け取った。


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