第二十三話「パーティー@」
 部屋を飛び出した柳華は公園のブランコに乗って夕焼けを見上げていた。
「はぁ〜。自己嫌悪」
 今になって後悔した。頭にきたからといって殴ったのはやりすぎだった。
「ま、まあ、お姉ちゃんは女子プロで何個もベルトもらってるから、きっと大丈夫に決ま
ってるって」
「そうとは限らんぞ」
 かけられた声に顔を向けると、
「お兄ちゃん!?」
 いつの間にか森也が隣のブランコに乗っていた。
「あいつはああ見えてかなり精神的に弱いんだ。……わかるだろ?」
「うん」
 雪華に一度だけ嫌いと言ったことがあった。原因は遠足のお弁当を作ってくれなかった
から。両親が共働きで食事は全て雪華が受け持っていた。お弁当も前々から何度も言って
いたが、雪華は寝坊して作ることができなかったのである。
 そして小学4年生の遠足の日に柳華はコンビニのお弁当であることを笑われた。
 それが悔しくて、悲しくて、つい当たり散らしてしまったのだ。
 しかし、すぐに柳華は後悔した。
 翌日。雪華は家から姿を消したまま帰ってこなかったのである。家族は仕事や学校を休
んで毎日探した。柳華も謝る為に必死に探したが見つからず、結局3週間後に電車の鉄橋
の下で意識を失っていた所を通りかかった人に発見された。
『ごめんね。お姉ちゃんごめんね。大好きだよ』
 ベットに眠る姉に何度も言った過去を柳華は今でも覚えている。
「まさか、またお姉ちゃんがいなくなっちゃうんじゃ」
 顔からサーっと血の気が引いていく。
「煉だったか? あいつがいるから大丈夫だろ。雪華のヤツだって昔のままじゃないさ。
変わらないのは兄ちゃんだけさ。あはははは、もう笑うっきゃないな!」
 遊んでいた子供達がびっくりするほどの大声で笑い出す森也。つられて柳華も笑った。
「おし、いい笑顔になってきた。で、話は変わるが本当のところあの男をどう思ってるん
だ? 兄ちゃんに教えてくれよ」
「あ、うん。あたしは煉が好き。無愛想で不器用だけど、あたしを守ってくれる煉が大好
きなんだ」
 言ってから、もの凄く恥ずかしくなった。きっと顔が赤くなっているに違いない。今の
顔を見られたくないと柳華は両手で顔を覆う。
「そ、そうか。兄ちゃんとしては色々と複雑だがお前が本気で好きなら何も言わないぞ。
で、告白はしたのか?」
 柳華は兄を睨み付けた。
「したけどお兄ちゃんに邪魔されて失敗した!」
「あ、す、すまん。そうか、兄ちゃんは柳華の幸せを……ごめんよ〜〜〜〜〜〜!」
 俯いたかと思うと森也はいきなり泣き出した。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん泣かないでよ。告白なんてまたすればいいんだし」
「ほんとか? こんな妹の幸せを踏みにじるような兄ちゃんを許してくれるのか?」
「許す。許すから泣かないでよ。っとにお兄ちゃんってば仕方がないんだから」
 森也の頭を撫でながらやれやれとため息をもらし、柳華は時雨荘の方へ顔を向けた。
「お姉ちゃん大丈夫かな……」
 少し不安だった。

 その頃、雪華と煉は商店街で買い物をしていた。
「それとそれ、そっちのも」
 買う物を指示する雪華に従って煉は買い物かごに食料を放り込んでいく。パーティー用
の料理だ。今の財政では絶対に手の届かない食材ばかりが選ばれる。
 食材を買い物かごに放り込みながら、煉の頭はあるひとつのことで悩んでいた。
―― 誕生日プレゼントは何にするか……。
 悲しいかな通帳の残高は200円。これではおかし程度しか変えない。こんな事なら一
日100円ずつ貯金箱に貯めておくんだったと後悔した。
「はぁ〜」
「何をため息もらしているの。柳華の誕生日を知らなかったことがそんなにショック?」
「まあ、少しはな。だが一番の問題はプレゼントだ。金がないから物をプレゼントできん」
「貴方からのプレゼントなら何でも喜ぶと思うわ」
 クスッと微笑を浮かべる雪華。
「そういうもんか?」
「自分に置き換えてみたら?柳華からプレゼントをもらったら嬉しいでしょ?」
 想像してみる。
『あはは、ごめん。あたしお金なくってこれしか買えなかった』
 誕生日に柳華から贈られたのはどこにでも売っていそうな安物のハンカチ。けれど…。
「ああ、そうだな」
 それでも嬉しいと思った煉は小さく頷き、口元に笑みを浮かべた。
「柳華に聞き忘れてたけど、貴方達2人は本当のところどこまで進んでいるの?」
「むっ。どこまでと言われてもな」
「告白はしたんでしょ?」
「こ、告白だと!? は、恥ずかしくてできん。だがそれは柳華が嫌いというわけではな
いぞ。つまりは……」
 あたふたと顔を真っ赤にして慌てる煉に、雪華は大きなため息を吐いた。
「意気地がないのね」
 煉は何も反論できなかった。
「いくじな〜〜〜す」
「………」
 ミュウにまで言われて更に落ち込む。
 確かに意気地がない。もし断られたら後々困ると告白していないが、好きならハッキリ
と告白するのが筋というものだろう。
―― 誕生日プレゼントと一緒に告白してみるか。
 もし断られたとしても笑って誤魔化せばいい。当たって砕けるまでだ。
「よし、それでいくか」
「どこにいくの〜?」
 頭の上で寝っ転がっていたミュウが言う。
「い、いや何でもない。今日はパーティーだからな。ヨーグルトも大きいの買ってやるぞ」
「わぁ〜い♪」
「何しているの。早く来なさい」
 呼ばれて煉は雪華の後に続く。
 最後にケーキを買うと急いで2人は部屋に戻り、パーティーの準備に取りかかった。

 夕日があらゆる物を赤く染め上げる。
 あの後、心配になって電話をすると雪華は落ち込んだ様子はあるもののお茶を飲んで静
かにしている、もう少ししたら戻って来いとのことだった。ひとまず安心した柳華は兄と
2年間の空白を埋めるように話す事にした。
「父さんと母さんは元気にしてる?」
「ああ。柳華はどうしてるかってよく訊かれる。最近は早く帰ってきて飯作ってるよ」
「い〜な〜。2人の料理ってなかなか食べられないから羨ましい」
「なら一度帰ってきたらどうだ?兄ちゃんは大歓迎だぞ。父さんと母さんも喜ぶ」
「あ〜。帰りたいのはやまやまなんだけど色々あって、ね」
 柳華はぽりぽりと頬を掻いた。
「いくら好きな相手だからってそこまで一緒にいたいのか?」
「実は……さ」
 柳華は呪いの事を森也に話した。話を聞いた兄は予想通り眉根に皺を寄せる。
「兄ちゃんは柳華の話は何でも信じるつもりだが、呪いとなると難しいものがあるな〜」
「嘘じゃないって。呪いのおかげで何度死にかけたことか」
 ふと呪いで苦しんだ出来事を思い出す。
 大学祭を始めに、誘拐事件に妖精界での死闘、そしてこの前のファンタジーランド事件。
妖精界ではよく生きて帰れたものだと今でもよく思う。
「だから、ごめん」
「ん〜。おお、そうだ。ならあいつと一緒にくればいい。挨拶がてらに、な?」
 そう言って森也がウインクする。その意味に気付いて柳華は顔を真っ赤にした。
「な、なななななな何言ってんのよ! ま、まだはははは早いに決まってるじゃない!」
「照れるな照れるな」
 森也が頭をくしゃくしゃに撫でてくる。
「て、照れてなんかないわよ」
「いつかそんな日が来るとは思ったが、いきなりそんな日が来て兄ちゃんは泣けてきたぞ
〜〜〜〜っ」
「だから早いって─―」
「披露宴の最後にお世話になりました、なんて言われて……くぅ〜〜〜っ!」
 一人で勝手に妄想の世界を突き進む森也に柳華は呆れて、
「あ〜はいはい。そろそろ帰ろ。きっと煉が美味しい夕食作って待ってるだろうから。そ
れにお姉ちゃんにも謝らないと」
 妄想を続ける兄の手を取って歩き出す。
―― 結婚か〜
 いつか自分にもそんな日が来るのだろうか。生まれてから今日まで自分の結婚式など考
えたこともなかった。
 白いウエディングドレスを着てバージンロードを歩く。その先には神父様と新郎である
煉が……。そこで柳華は妄想を振り払った。
「あ、あたしってばあに考えてんだろ」
「どした?」
「あ、あんでもないって。ささ、帰ろ〜帰ろ〜」
 そんな日が来たらいいな、と思いながら柳華は時雨荘に向かうのだった。

 パーティーの準備は滞りなく終了した。
「ふっふっふ。今日の料理は自信作だ」
 テーブルの上に並んだ料理を見て煉はにやりと笑った。
「そうね。77点くらいかしら」
「辛口な採点だな」
「私の方が料理の腕は上だもの。ひとつ食べてみたらどう?」
「絶対に俺の料理が……負けた」
 雪華が作った唐揚げを食べた煉はすぐさま負けを認めた。
「私は幼稚園の頃から料理を作っていたわ。年期が違うのよ」
「しょうしゃセツカ〜♪」
 がっくりと煉は項垂れた。と、
「みゅ!」
 ミュウが手を耳の後ろに添えて目を閉じる。
「どうした?」
「かいだんをのぼるあしおとがするの〜。…まちがいなくリュウカのあしおと〜♪」
「よし、迎える準備をするぞ」
 3人は買ってきたクラッカーを手にした。足音が部屋の前でとまった。ノブがまわって
ゆっくりと扉が開いていく。3人は一斉にクラッカーの紐を引いた。
 パンパンパン!
 軽快な音と紙吹雪が玄関に降り注ぐ。クラッカーを向けられた柳華は目を丸くしている。
状況が理解できないらしい。
「リュウカおめでと〜♪」
 ぺとっ、とミュウが柳華の頬に飛びつき、
「二十歳の誕生日おめでとう。柳華」
 雪華が柳華を優しく抱き寄せる。
「え、え?」
「なんだなんだ? まさか自分の誕生日も忘れてたのか?」
 後ろにいた森也が柳華の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「誕生日って……あ、今日って2月21日じゃない!?」
「俺もさっき聞かされた。でだ、こっちに来い」
 煉は柳華を部屋の中に促した。
「ちょ、これって……」
「ああ。誕生日にはやはりパーティーだろう。料理は俺とお前の姉で作った。飾り付けは
ミュウだ」
「ミュウがんばったの〜♪」
 えっへんと胸を張るミュウ。それだけの事を彼女はしていた。
 折り紙で折った色とりどりの華を部屋中に貼り、『リュウカたんじょうびおめでと〜♪』
と下手な字で書いた模造紙が部屋に入った柳華を出迎える。
「……」
「どうした?」
 棒立ちしている柳華の頭に手を置く。
「ちょっと感動しちゃったのよ」
「それなら準備したかいがあったわ。さ、パーティーを始めましょう」
 雪華の言葉で各々テーブルを囲む。

 テーブルの中央に置かれたケーキ。20本のロウソクが刺さっていた。
 そうだった。2月21日の今日は自分の誕生日だ。
―― 嫌がらせの事ですっかり忘れてた
 それだけに祝ってもらえて凄く嬉しい。
「ロウソクにファイア〜♪」
 ミュウがロウソクに火をともしていく。
「……」
 勝手に火が点くロウソクを見て森也が目を丸くしていた。
「だから言ったじゃない。妖精がいるって」
「兄ちゃんは仰天だぞ」
「驚くのは後にして。さ、ロウソクの火を消しなさい」
「あ、うん」
 雪華に言われて柳華は大きく息を吸い込んだ。すると、柳華が息を吹く前にロウソクの
火が全て消えてしまう。
「摩訶不思議!」
 森也が飛び上がった。
「窓は閉まっているわ」
「雪華が火を消したんじゃないよな?」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ。こういうのは兄貴の専売特許だろうが」
 雪華の怒りスイッチがONになった。素早い動きで森也の襟首を掴み上げる。
「兄ちゃんは妹の誕生日を台無しにするような悪には染まってないぞ!」
「私の時は台無しにしやがったクセしてよ!」
「あ、あれはだな─」
 口喧嘩を始める2人を余所に、柳華と煉は顔を見合わせて笑った。ロウソクが消えた理
由。それはミュウの大きなくしゃみのせいだった。
「ごめんねリュウカ〜」
「火なんてまたつければいいのよ」
 しゅんとしているミュウの頭を優しく撫でると、もう一度ロウソクに火を付ける。そし
て、今度こそ柳華は自分の吐息でロウソクの火を消した。
「ハッピーバースデーリュウカ〜♪」
 残っていたクラッカーを鳴らすミュウ。
「お、おめでとう」
 恥ずかしげに祝ってくれる煉。
「あ、ありがとう。あはは、すんごくうれしい」
 祝ってくれた4人に感謝しながらオレンジジュースを飲み干す。
「あ、あれ……」
 ジュースを飲んだとたん身体中が急に火照ってきた。コタツは暑くないし、この部屋に
はエアコンもない。理由が思いつかなかった。
「そうそう。今日から柳華も二十歳なのだから飲み物は全部アルコール入ってるわ」
 意識が混濁し出した柳華の疑問を雪華が氷解してくれた。
「な、な〜〜んだ〜。しょ〜ゆ〜わけきゃ〜。どおりで体が火照って……」
 ぽてっ、と柳華は煉の膝の上に倒れ込んだ。


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