第十八話「大いなる勘違い?」
「集いの森?」
 友香の報告を聞いた柳華は品だしする手を止めた。
「近くを歩いていたヤツに訊いたら孤児院らしいわ。これ地図ね」
「孤児院……なんでそんなところに」
「さあね。あ、そうそう、そこへ行く前に『チョッコリ〜ナ♪』で買い物してたっけ」
 その店のことはよく知っていた。大学の女子達が噂している美味しいチョコの店だ。自
分もその美味しさに魅せられて何度か足を運んでいる。
「何買ってたかわかる?」
「チョコってのは確かだけど、どんなものかはわかんない」
「ふ〜ん。そういえば他の連中は?」
 柳華は首を巡らせた。いつも5人揃っているのに他の4人がいない。
「奴等には孤児院を見張らせてる。あそこから移動しないとも限らないしね」
「あ、そっか」
「それよりも主役の件は大丈夫なんでしょうね」
「みたいよ。といっても本公演の前座で30分くらいになるけど」
「それで十分よ!」
 拳を握りしめる友香。
「文化祭やサークル発表会……いつも観客は一桁だったの。その状況からおさらばできる
なら、この際前座だろうが餃子だろうが一向に構わないってのよ」
「あはは、あんた達も大変みたいね」
「まあね。さってと……帰って借りてたD−1のビデオでも見よっと」
 友香は両手を頭の後ろで組むと、鼻歌交じりに去っていく。
「え、他の四人はどうすんの?」
「いいのいいの。あいつらあたしの奴隷だから。奴隷は働き主人は休む……でしょ」
「そ、そうなんだ」
 もはや苦笑しかできなかった。
「何かあったらあたしから電話するから〜♪」
 そう言い残して友香は店から出ていった。

 その日も煉は夜中の11時を過ぎた頃に帰ってきた。
 問いつめても「む〜」としか答えず、風呂に入ってすぐに眠ってしまった。

 ちなみに呪いは14時頃にひょっこり煉がやってきたので大丈夫だった。

 煉が熟睡してしまったのを確認してからフェリスの部屋に入る。寝間着にナイトキャッ
プをかぶったフェリスが寝る前の調整をしていた。
「む〜。もう我慢できない」
「どうするの〜?」
 ミュウが欠伸を噛み殺す。
「決まってるじゃない。調べてもらった孤児院に直接乗り込んで問いつめてやるのよ!」
「別に心配するほどのことでもないと思うけどな〜」
 妹と同じく欠伸を噛み殺す。すでに1時を回っているので早寝の2人は眠いのだ。
「し、心配なんてしてないけど…気になるじゃない!」
 子供と遊んでいるにしては帰りが遅すぎる。まさかと思うが、孤児院の主がもの凄い美
人で人前では決して口にできないようなことをしているんじゃないか……。
 考えれば考えるほど悪い事が浮かんできた。
「同じだと思うな。ふぁ〜……もう寝よっと」
 フェリスは椅子から立ち上がり、ベットの中にもぐってしまう。肩にいたミュウもすや
すや寝息をたてていた。
「どいつもこいつも少しは協力しようとか思わないのかぁ〜〜〜!!」
 柳華はひとしきり大声で叫んだあと、
「寝よ」
 虚しくなってとぼとぼ部屋から出ていった。

 翌朝、柳華はミュウと一緒に遊ぶと言って部屋を出た。もちろん嘘である。先に孤児院
の近くにある喫茶店で煉が来るのを待ち続けていた。
「あ、来たよ〜」
 ミュウが窓の外を指さした。間違いなく煉だった。手には『チョッコリ〜ナ♪』の袋を
抱えている。
「やっぱ来たわね」
「そういえばリュウカがっこうどしたの〜? レンもおしごとは?」
「今日の講義は教授の用事とかで都合良く休みなの。煉は午後出勤のはず」
 言いながらも柳華の目は煉を追っていた。彼は迷うことなく孤児院に入っていく。
「行くわよ」
「あ、まだチョコパフェたべてない〜」
「んなの後で好きなだけ食べさせてあげるから!」
 テーブルにパフェ代を置くと、嫌がるミュウの羽根をつまみ上げる。
「あうあう〜。パフェパフェ〜」
「だまらっしゃい!」
 駄々をこねるミュウを一喝する。周囲の客達のいぶかしがる視線を受けながら柳華はい
そいそと店を出た。

 こっそりと門から中をうかがう。広い庭には子供の姿はなかった。孤児院を見る。2階
建ての平べったい建物だ。
「ぼろぼろ〜」
 ミュウの言うとおり外装の白ペンキは剥がれてボロボロだった。修理のつもりか所々に
板が打ち付けられている。
「どうするの〜?」
「もち潜入」
 柳華はこっそり裏口にまわった。ノブを掴んで大きく深呼吸する。なんだか泥棒のよう
な気分と罪悪感を必死に押さえ込んだ。
「……」
 息を飲む。すんなり扉がひらいた。
「おじゃましま〜す」
 少しだけ開けて中の様子を見る。長い廊下が続いていた。誰もいないかのようにひっそ
り静まりかえっている。
「ミュウがようすみてくる〜♪」
 肩からミュウが飛翔した。
「おじゃましま〜す」
 ゆっくりと中に入って、音を立てないよう戸を閉める。数秒でミュウは戻ってきた。
「えっとね、そこのおへやにいっぱいちいさなこがおねむしてた〜♪」
 その部屋の中を覗くと、赤ちゃんから小学生くらいまでの子供達がすやすや眠っていた。
「どうやら孤児院なのは本当みたいね。それで煉は?」
「はんたいがわのへや〜。中からおいしいにおいがするの〜♪」
「美味しい匂い?」
「こっち〜♪」
 足音を立てずに先導するミュウの後を追う。反対側の部屋というのはどうやらキッチン
らしい。ミュウの言うとおり甘くて美味しそうな臭いがただよってくる。
「いたっ!」
 部屋から声がした。可愛らしい女の子の声だ。
「お兄ちゃん、痛いよ〜」
「……あのな〜」
 煉の声だ。柳華とミュウは戸を少し開けて耳をすませる。
「舐めて〜」
「……はぁ〜。これで何度目だと思ってる」
「え〜と……4回目。エヘヘ」
 何だか会話の内容が変だった。
「出せ」
「あん。くすぐったい」
 なんでか女の子の声が妙に色っぽい。
「動くな」
 まるで……。
「だぁ〜〜〜〜〜〜!!!あんたらいったい何してんのよ!!!」
 顔を赤くしながら柳華はキッチンに踏み込む。中では煉が女の子の指をくわえていると
ころだった。
「り、柳華……なんでお前がここにいるんだ!?」
「それはこっちの台詞よ。何だかその子と楽しそうなことしてるじゃない」
 絶対に撲殺してやる、と心に誓いながら柳華は煉に迫った。
「貴女はだれなんですか!!」
 女の子が両腕を広げて柳華の前に立ちふさがる。年は15,6歳だろうか。綺麗な金髪
に碧眼の可愛い女の子だ。
「警察呼びますよ!」
「あたしはその男の知り合いよ!」
「信じられません!」
「だったらその男に訊いてみればいいでしょ!」
「本当なの?」
 女の子が問いかけると、煉はゆっくりと首を縦に振った。
「ほら、言ったとおりじゃない。あたしはそいつに用があるの」
「だ、ダメです! なんだかわかりませんが、このまま貴女をお兄ちゃんに近づけたらよ
くない気がします!」
「もちろんよ。撲殺するつもりなんだから」
 柳華は指の関節を鳴らしながら、一歩一歩ゆっくりと近づく。
「そんなことさせないんだから!」
 女の子が飛びかかってきた。避ける間もなく前髪を掴まれる。
「いたた、痛いじゃないのよ!」
 ここまでされて黙っている柳華ではない。負けじと女の子の金髪を引っ張り、柔らかい
頬を思い切り引き延ばした。

 いきなり目の前で喧嘩が繰り広げられ、煉は酷く困惑していた。
―― ここは止めるべきだろうか?
 だがそうなると柳華の怒りの矛先を向けられることは明白だった。
―― なら止めないとどうなるか?
 柳華もニーナも自分が知る限り負けず嫌いだ。2人ともボロボロになるまで争い続ける
だろう。
―― さすがにそれはマズイな
となれば止めるしかない。ボロ雑巾になるのを覚悟で煉が一歩前に出たその時、
「あ〜! ちょこだ〜♪」
チョコを見つけて目を輝かせていたミュウが小さな手を伸ばしていた。
「あうあう〜、おいしそう〜♪」
「やめろ!」
 それを見た煉は思わずそう叫んでいた。自分でも大げさだと思ったくらいに大声で。喧
嘩していた2人も目を丸くして固まっている。
「あ、あう……」
 ミュウの目元に涙が浮かんだ。
「あ、いや、すまん。怒るつもりはなかった。だから、泣かないでくれ」
「お、おこってない?」
「怒ってない。ただ、そのチョコは孤児院にいる子供に渡すためのものだ。食べたいなら
そこの失敗作にしてくれ」
 煉はテーブルの上に置かれた大皿を指さした。皿の上にはいびつな形をしたチョコが山
となっている。どこをどう間違ったのかわからない失敗作たちだった。
「形は悪いが味は保証する。実際のところ処分に困っていたから食べてくれるとこっちと
しても助かるしな」
「いいの!?」
 泣き顔を一変、ミュウは満面の笑みでチョコに突進した。
「みゅみゅ〜♪ おいしい〜♪」
「ふっ、当然だ」
「美味しいって評判のチョッコリ〜ナ♪のチョコを使ってるんだから当然じゃない」
「む、むう」
 痛いところをつかれて煉はうめく。
「……お、お兄ちゃん。さっき誰と話してたの? それに、どうしてチョコがひとりでに」
 やはりニーナにはミュウが見えていないらしい。動くチョコを見て顔を青くしていた。
「ここへ何をしにきてたのかまだ聞いてないんだけど。そっちを先に白状してもらうから
ね。謝罪も含めて」
 観念して煉は頷いた。

「バレンタインチョコ作ってたぁー!?」
 煉の話を聞いた柳華は思わず声を上げてしまった。
 彼がこの孤児院に通っていた理由が、バレンタインのチョコを作っていたというのだ。
しかも500個という数量を2人で。
「いったいそんなに作ってどうすんのよ」
「渡すに決まっている」
「渡すって……誰に?」
「他の孤児院の子供達にだ。本来ならここを管理運営している香織さんが作っていたんだ
が、風邪で寝込んでしまった。どうせ他にも作るんだからついでだと引き受けた」
「じゃあ、最近甘い物を食い過ぎたって……」
 柳華は半分くらいになった失敗チョコを見た。
「ああ。さすがに捨てるのはもったいないからな。全部食った」
「だ、だったらそう言いなさいよ」
 心配していた自分がなんだか馬鹿らしくなってきた。いや、煉を狙う人物がいたのは確
かだ。
「……」
 ニーナという少女が柳華を見ている。明らかに敵意のこもった視線だ。『この女は煉のな
に?』という無言の圧力がひしひしと伝わってくる。
「でだ。ニーナ、お前の気になっているこれだが……」
 チョコを食べているミュウを指さしながら煉がニーナを見た。
「うんうん」
 ころっと表情を変えるニーナ。
―― こ、このガキは……。
 変わり身の速さに柳華は顔を引きつらせた。
「見えないからわからないだろうが、実はここには妖精がいる」
「妖精……」
「嘘だと思うか?」
「ううん。だって実際にチョコが動いてるし、お兄ちゃんは嘘言わないもん。んじゃね…」
 ニーナは柳華を指さし、
「こいつだれ?」
「こいつって……あんたね!」
「いきなり入ってきてお兄ちゃんを脅した貴女はこいつで十分です」
「喧嘩はやめろ。こいつは東雲柳華……知人だ」
「本当に〜?」
 信じていない。声はハッキリと疑っていた。煉は困惑して眉根を寄せていたが、
「むっ、いかん」
 時計に目を向けると、完成していたチョコを袋に詰め始めた。
「あに? どうしたの?」
「今日中に配り終えるには午前中に全てを袋詰めしておかないとまずい」
「は? だってバレンタインは……今日じゃない!」
 今頃になって柳華は気付いた。携帯の液晶には何度見ても二月十四日が表示されている。
―― いっけない! 連の帰りが遅いことに悩んでチョコ作るの忘れてるじゃないの!
 前々からバレンタインの日にチョコを渡そうという計画は現時点をもって失敗が確定し
てしまった。今からじゃどうあっても間に合わない。日付が変わる時間はまだまだ先だが
自分の料理技能がその時間で終わらせてくれないだろう。
―― 今日は無理だけど後で渡せればいいか
 というかそうするしか道は残されていなかった。
「なにやってんだ。お前も手伝え」
 煉の言葉に、柳華は我に返って立ち上がる。
「この袋に詰めていけばいいのね?」
「頼む」
「オッケぃ」
 柳華は気持ちを切り替えて小さな板チョコを袋に詰めていく。
「でもさお兄ちゃん。作ってもどうやって配るの? 孤児院は離れてるし、10カ所もあ
るんだよ」
「あ、それなら大丈夫よ。子供好きな連中知ってるから」
 そう言って柳華は携帯のメモリーダイヤルを呼び出した。

 チョコを包み終わった頃、彼らはやってきた。
「はぁーーーーはっはっはっは!」
「世のため人の為!」
「子供のためなら即参上っす!」
「さあ、なんなりとおっしゃってください」
 ピンクを除いたファールマン達だ。ヒーロースーツを着た彼らは、ヒーロー的に改造し
た自転車にまたがって各ポーズを取っていた。
「……なんでこんなやる気満々なんだ、こいつら」
「なに言ってやがる! ヒーローとは子供の憧れ!」
 翔が部屋にいる子供達を指さす。
「ヒーローが子供達を悲しませるわけにはいかないじゃないですか!」
 明弘の言葉に3人が頷いた。
「な、なるほどな……」
 半ば呆れながらも煉はチョコと目的地までの地図を渡した。
「頼むぞ。毎年チョコを楽しみにしているらしいからな」
「ヒーローにお任せっす」
 カラフルなヒーロー達は砂煙を上げながら消えていった。

 チョコをファールマン達に託したあと、煉と柳華は月影組の屋敷を訪れた。
「…あんでここに?」
 柳華は訊いた。あまりにもバレンタインとは縁のないような場所になんで?
「ついてくればわかる」
 そう言って煉は奥へと進んでいく。
「あれ……」
 思えば組員の姿がなかった。いつもなら門の近くに数人、他にも庭で草むしりしていた
り姿があるはずなのに誰ひとりとしていないし、あまりにも静かすぎる。
 煉は一番奥にある部屋で足を止めた。確か祝い事などをするときに使う大部屋だ。
「ねえ、なんか─―」
 柳華の声を無視して煉が戸を開け放つ。目の前に突きつけられた光景に柳華は絶句した。
「待っていたで〜」
 部屋の中では雫をはじめ瞳を輝かせた組員達が正座をしていたのである。ごっつい強面
のお兄さん方が瞳を輝かせている。正直、怖すぎた。
「なんなのよ……これは」
「じゃんじゃじゃ〜ん。ハッピ〜バレンタイン〜」
 棒読み台詞で言いながら、煉は小脇に抱えていたチョコをかかげた。
『おおおおおおおおっ!』
 組員達が一斉に立ち上がった。
「早う早う早う! 姉さんにチョコを早う〜」
「はいはい。これです」
「あ〜、しあわせや〜」
「兄貴ー! あっしにも」
 その言葉で一斉に組員達が煉に詰め寄る。さながら飢えた鯉が放り投げられた餌に群が
るかのようだった。
「こ、怖い……。でも、なんで?」
 柳華は話の聞けそうな人物を捜す。すぐに部屋の隅でチョコに頬ずりしている雫を見つ
けた。
「ねえねえ、いったいこの騒ぎはなんなの?」
「ん〜。毎年の恒例行事や」
「恒例行事って。普通は女の子からチョコを渡すもんでしょ」
「さ〜て、中身は〜。やっぱし」
 包みから取り出したチョコを見て雫は嘆息した。
「なにがやっぱしなの?」
「ハートの形しとらんことや。実はな、煉がチョコを作るようになったのは私が嘘を言っ
たせいや」
「嘘?」
「そうや。バレンタインの日は男が好きな相手に感謝を込めてチョコを渡すんやってな。
で、もし本当に大切な人ができたら、その時はハート形のチョコを渡せって言ったんや。
まあ、本音としては煉からチョコがもらいたかっただけなんやけどな」
「な、なるほど……」
 柳華は引きつった笑みを浮かべながら、煉に群がる組員達を見た。素朴な疑問が浮かぶ。
この連中は他にもらう相手がいないだろうか。

 その後、鈴城の車で遠方の孤児院をまわり、チョコの配布は何の問題もなく終了した。

「みんな喜んでくれてよかったね」
 帰り道、そう言って柳華は煉の肩を叩いた。
「まあな。だが、とうぶんチョコは食いたくない」
「あはは」
「ああそうだ。ほれ」
「あにこれ?」
 渡された小さな袋を見る。
「まあなんだ。バレンタインは男からチョコを渡す日だからな。どうせお前はひとつもも
らえないと思って……そう、ボランティア精神というやつだ」
「あ、ありがと。けどバレンタインにチョコを渡すのは普通女からよ」
「なに!?」
「まさか本当に知らなかったの?」
 目を丸くしていた煉だが、図星だったのか顔を赤くして俯いた。
「あたしはてっきり知っていながら作ってるんだと思ってた」
「なんてこった……。雫姉さんの言ってたことは嘘だったのか」
「いや嘘ってわけでもないんじゃない。別に男からチョコをあげちゃいけないわけでもな
いし。それにしても……」
「おーまきばーはーみーどーりー!!」
 いきなり煉が大声で叫び始めた。両手で耳を塞いでいる。
「な、なによいきなり」
「よくしーげったー」
 さらにボリュームが上がる。
「あのね〜」
「じんぐ〜べ〜!」
「いい加減にしなさい!」
 怒鳴り続ける煉にボディーブローを叩き込む。
「なにしやがる!」
「いきなり大声で歌うあんたが悪いんでしょうが! 近所迷惑じゃない! いきなりなん
だっての?!」
「いや……その……」
 言いにくそうに顔をそむける煉。
「あによ。言ってみなさい」
「どうせバカにするんだろ」
「は? まさかバカにされるのが嫌で大声だしたの?」
「……む〜」
 言い返さないのは肯定らしい。クスッと柳華は笑った。
「バカにするわけないじゃない。あたし男からチョコもらうなんて初めてだから……けっ
こう嬉しいかも」
 今まで柳華はチョコを渡したことも、もらったこともなかった。渡している他の子を見
て馬鹿らしいとまで思っていた。
―― でも、もらってこんなに嬉しいものだったなんて。
 渡された袋を見ると自然と表情が緩んでしまった。
「そ、そうか」
「んじゃ、早速味見でも」
「待て!」
 袋を開けようとすると、煉の手にとめられた。
「あに?」
「開けるのは俺がいないときにしてくれ」
 何やら煉は慌てていた。忙しなく両手を動かし、きょろきょろと落ち着きがない。
「なんでよ?」
「……逃走!」
 答えを言わず、そう言って煉は走って行ってしまった。

 訳がわからず柳華は首を傾げる。
「いったいなんなんだか……。さて、チョコチョコっと」
 袋を開けてチョコを取り出す。そして、おもむろに口へ入れようとして……とめた。
視界に入ったチョコの形に目を向ける。チョコはハートの形をしていた。
「え?」
 煉の走り去った方を見る。
「え?」
 もう一度チョコを見る。何度かそれを繰り返し続けたところで雫の言葉を思い出した。

『もし本当に大切な人ができたら、その時はハート形のチョコを渡せいうてやったんや』

 つまり煉はあたしのことを……?

 柳華は予想もできなかった事に、口をポカンと開けたまま立ち尽くした。

 一方その頃ミュウは……。
「ぷはぁー。もうたべられない〜」
 失敗チョコを全部平らげて幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。


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