第十七話「帰りの遅い理由」
 テレビではバレンタインも目前ということでチョコの特集が放送されている。
「へぇ〜。人間って面白い風習があるのね」
 テレビを見ていたフェリスが妖精らしい感想を言う。隣で茶をすすっていたレグナット
も頷いた。
「今度フェリーナにもこのような風習を作ってみるのも良いかもしれぬ。フェリーナには
こういったイベントがないからのう」
「フェリーナにあるのは誕生日と黄金祭だけですからね」
「ちょこちょこ〜♪ リュウカもレンにちょこあげるんでしょう」
 ミュウは柳華を見た。腕を組みながら玄関の前を行ったり来たりしている。
「みゅ? リュウカどうしたの?」
 訝しむミュウの声に他の2人も柳華を見た。
「ダイエット……じゃないみたいね」
「……病か?」
 柳華は立ち止まって腕時計に目をやると、
「おっそーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!」
 ご近所迷惑この上ない音量で叫んだ。三人は壁の時計に目を向ける。針は午後11時を
指していた。いつもならお茶をすすってまったりしている頃だ。
「バイトが長引いてるんじゃないの?」
「店長に訊いたらとっくに帰ったって!」
 キッチンに転がっていた空き缶をおもむろに握りつぶす。
「……荒れとるのう」
 呑気に茶をすすりながらレグナットは漏らした。

 そう、柳華の心の中では怒りの嵐が吹き荒れていた。
―― あのバカ、いったいどこほっつきあるいてんだか!
 10時から5分に1度携帯に電話をかけているが電源を切っているらしい。電源が入っ
ていないことを知らせるアナウンスが受話器から発せられるだけだった。
「携帯の電源まで切りやがって…………まさか女!?」
「彼って女の子と接するのが苦手なんでしょ?その可能性は低いと思うな」
「ミュウもおねえちゃんのいうとおりだとおもう〜♪ おねえちゃん、ババ抜きしよ〜♪」
 柳華の苛立ちをよそにミュウ達はトランプ遊びを始める。
 フェリスの言うことは正しかった。煉は女性に対して免疫がない。密かに女を作って遊
ぶなどできないだろう。ならば帰りの遅い理由は……事故。
「けどそれなら雫さんから電話がかかってくると思うし。迷子なんてことは絶対にない。
誘拐……はしようとしたヤツが返り討ちか。う〜〜〜ん」
 遅い理由を考えながら柳華は唸る。
「わぁ〜い♪ ちょうろうさまババひいた〜♪」
「なんたることじゃ!」
「次は私ね。……これ」
「あんたらは呑気にババ抜きしてんじゃないわよ!」
 柳華は怒りに任せて、握りつぶした空き缶を投げつける。空き缶はフェリスの眼前でぴ
たりと止まった。
「八つ当たりは感心せぬな。当たり散らしたとしても何も変わるまい」
 レグナットがゴミ箱を指さす。すると、空き缶はふわふわと移動してゴミ箱に入った。
「うっ」
 図星をつかれて柳華はうめいた。
「しんぱいな〜し♪ レンのいえはここだもん。かえってこないはずないないよ♪」
「そりゃそうだけど……」
 柳華の怒りがしぼんでいく。そこへ見計らったように煉が帰ってきた。
「レンおかえり〜♪」
「遅かったじゃない」
「ちょっと……な。うぷっ」
 煉が口元を押さえて膝をついた。
「……酔ってんの?」
「いや、単に甘い物の食い過ぎだ」
「甘い物? ……やっぱ女といたのね!」
 残り火が再発火。激昂した柳華は煉の襟首を掴み上げた。そして、容赦なく前後にガク
ガク揺らす。
「さあ吐きなさい! 一緒にいたのはどこのどいつ?! どこに行ってたの?!」
「な、なんでお前に話さにゃいかん」
「え、あ、いやその……そ、そう! もしこの前みたいに呪いのリミットが縮まったとき、
あんたの行き先がわからなかったらヤバイでしょうが!」
「ミュウならわかると思うが」
 揺らすのを止めて柳華は口をつぐんだ。
 そうだった。ミュウは自分と煉に印をつけているから居場所なんて知らせなくても探し
出せてしまう。
―― な、何か他に居場所を聞き出せるような言い訳……う〜ん
 襟首を掴んだまま唸り始める柳華。
「おい、いい加減離せ」
 結局いい言葉が浮かばず柳華は襟から手を離した。
「飯は?」
「レトルト」
「そっか。……風呂入らせてもらうぞ」
 そう言って煉は着替えを取ると、浴室の戸を二度ノックした。でないとフェリスの部屋
に入ってしまうのである。
「むむ〜。……怪しい」
「キミも心配性ね。好きな人を信じられないの?」
「わ〜〜〜〜!!!」
 慌てて柳華はフェリスの口をふさぎ、恐る恐る浴室の方を見た。戸の向こうから水音が
聞こえる。どうやら聞かれずにすんだらしい。
 柳華は安堵すると、
「はぁ〜。……あんたね、もし煉が聞いてたらどうすんのよ!」
 あくまで小声で怒鳴った。
「告白の機会が出来ていいと思うけど」
「告白ってのは勢いも大切だけど、何より場の雰囲気ってものが重要でしょうが」
「そうかな? 私たちはそんなの気にしないよ。一番大事なのは雰囲気じゃなくて想いだ
もの」
 もっともな意見だった。もっとも過ぎて言い返せない。
「ワシらは主達と考え方が違うのじゃよ。そういえば喧嘩中に告白する者もいたの」
「レイラとソムね。確か殴り疲れて倒れたと同時に告白し合ったらしいですよ」
 そのままレグナットとフェリスは知り合いの告白方法を話し合い始めた。
「う〜ん。レンどこいってたんだろうね〜?」
「気になるわね。けど、明日はあいつ休みであたしがバイトの日なのよ」
 腕を組んで柳華は思案した。
 バイトを休むのは良心が許さない。となると他の誰かに調べてもらうほかないだろう。
しかし、ミュウに頼むのはいささか不安だった。追跡中に美味しい匂いにつられて見失う
可能性が高いのである。
「う〜ん。世羅も忙しそうだし……あ、彼女らに頼もっと」
 大学祭の少し後に知り合いになった連中を思いだし、柳華は携帯電話のメモリーを呼び
出した。

 翌朝の10時。
 時雨荘近くの電信柱の陰から煉の部屋をうかがう5人がいた。ファールマンでちょっと
有名になったヒーロー愛好会の5人である。
「で、俺たちがなんでこんなことを……」
 レッドこと杉原翔がぼやいた。
「おだまり。このアタシが決めたことに意見するっての?」
 ピンクこと冴島友香は、愚痴を漏らす翔をひと睨みする。
「いえ、友香様に従いますです」
「けど、ここに5人固まっていていいんですか?」
 グリーンこと串野明弘は言った。翔が隣で何度も頷く。
「どこへ行くかもわからないのに初めから分散してどうすんの。もし対面でもしたら……
アンタら咄嗟に言い訳できんの? あ?」
「無理です」
「でも、翔の言うことも一理あるんじゃないっすか。どうしてオレ達があの男を尾行なん
てするっすか?」
 ブルーこと中山慎治が訊く。
「ふっふっふ。この任務を無事成功すれば……なんと、また大観衆の前で活躍できるのよ! 
演劇部の柳華があの不気味な眼鏡女から了解を得たらしいわ」
「な、なんですとぉ〜〜〜〜〜!!」
 イエローこと木里有樹が大声で叫ぶ。慌てて友香が当て身をくらわせた。呻き声をあげ
て有樹は昏倒する。
「今回は主役で出してもらえるらしいから、このチャンスを逃すわけにはいかないのよ!
どんな犠牲を払っても」
「部室もない俺たちが部室を得られるかもしれないビックチャンス!」
「練習場所も!」
「寒かった冬の日々ともおさらばっすね」
 四人ががっちり手を重ね合う。
「あ、友香さん。出てきましたよ」
 明弘の指摘に全員が時雨荘を注視した。部屋から出てきた煉が駅の方へ歩いていく。
「自転車を使われなかったのは好都合っすね」
「そうね。よし、行動開始。無線機サークルからぎってきた小型無線機は各自持ってるわ
ね。周波数は忘れてない?」
 三人は頷く。
「そこで寝てるバカは翔が連れてくこと」
「なんで俺なんだよ!」
「……死にたいのか、こら」
「友香様のご命令通りに」
 土下座する翔に、明弘と慎治はやれやれと肩を竦める。
「じゃ、尾行開始!」
 尾行されているとも知らずに煉は歩き続けている。何事もなく商店街までやってきた。
「ここいらで甘い物が売っている店はどこ」
「この商店街に甘味処は4店舗です」
 手帳を開いて明弘が答える。すると、早速煉が店の中に姿を消した。
「あ、店の中に入ったようっす」
 三人は店を見上げた。看板には『チョッコリ〜ナ♪』と書かれている。近頃女子に人気
のチョコレート専門店だった。お店の中には女子しかいない。
「……人は見かけによらないわね」
「単にチョコが好きなんじゃないっすか。別に女しかいない店でもチョコが好きなら気に
しないってやつっすよ」
「ある意味尊敬できます」
「おお〜い」
 やっと遅れて翔がやって来た。有樹の両足を持って引きずっている。
「遅い!」
「あのな〜。だったらお前が引きずってみろよ」
「出てきます!」
「隠れなさい! ほら、貴様もだ!」
 友香は無造作に翔の顔面を掴むと、路地裏に放り投げた。
『ガー……目標が移動を開始』
「追跡開始」
『ガー……了解っす』
 その後はどこにも寄らず、煉は真っ直ぐにそこへ入っていった。
「……デート、の場所のはずないわね」
 友香はボロ板で作られた表札を見る。
「でしょうね」
「となると女がいるって線っすかね。チョコはプレゼントってやつで」
「ま、とりあえず居所もわかったことだし、柳華のバイト先にでも行きましょう。中で何
かしてるかは彼女が自分で調べることだし」
 友香は踵を返し、鼻歌交じりに<ハイテクニクス>へ向かう。男性陣も後を追おうとし
たが、
「あ、お前らはあいつがこっから出ないか監視ね〜」
 その一言に足を止めると、一斉にため息を漏らした。

 彼女達が見た表札にはくすんだ文字でこう書かれていた。
 『集いの森─子供達の里親を募集中』


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