第十六話「思い伝えて」
「こっちこっち〜」
 ミュウが指示を出す。煉と柳華に印を付けてある彼女には、2人の居場所がすぐにわか
った。しかし、ひとつ問題があった。ここが鏡でできた迷路ということである。
 煉の居場所がわかっていても迷路を一直線に進むことはできない。さらに3人は入口で
マップをもらうのを忘れているのでどれが道でどれが鏡の壁かわからず、レグナットは何
度も鏡と正面衝突していた。
「ぐっ!」
 10回目の衝突。
「大丈夫ですか?」
 後ろから世羅が声をかける。
「うむ」
「あう〜。ちょうろうさまごめんなさい〜」
 肩にいるミュウは10回の失敗と煉達と別れなくてはならないかもしれない不安とで涙
目だった。
「気にするでない。それよりも時間はもうない、謝る暇があるなら案内するのじゃ。2人
はどこにおる」
「えとえと……この向こう」
 ミュウが鏡を指さした。レグナットは舌打ちする。
「ここまで近くにいながら………残り時間は?」
「あうあう〜あと1ぷんしかない〜。このままだとレンが…リュウカが…ミュウそんなの
いやだよ〜〜〜!!」
 涙をぽろぽろ零しながら泣き叫ぶミュウ。
「レグナットさん!」
 助けを求めるように世羅が叫んだ。
 どうしかして2人を助けてやりたい。だが正確な道もわからなければ、残り時間があま
りにも少ないのだ。
「いったいどうすれば良いのじゃ……」
『魔法で壁をぶち抜け!』
 頭に煉の声が直接ひびいた。
「バカな! もし呪いに干渉したら主らは─」
『このままでも同じ事だ! この会話も魔法を使っている。いまは考えるよりも行動する
しかない。さっさとやれ!』
「……よいのだな」
 レグナットは背にいる柳華を見た。小さく彼女はうなずく。
 もはや猶予もない。レグナットは意を決して右手に魔力を集中させた。蒼い光の粒子が
掌に集まっていく。
「離れておれ! ゆくぞ!」
 作り出した光球を鏡にはなつ。鏡に触れた光球は破壊の力を解き放ち、辺り一面の鏡を
爆砕した。爆風や飛び散る破片は防御領域が防いでいる。
 煙の中から手が出た。誰のものかは考えるまでもない。
「あ………れ…………ん…」
「はやくはやく〜〜〜!! あと3びょうだよ〜〜〜!!」
 続いて煉を肩に担いだフェリスが姿を現した。
「2びょう〜〜〜!!!」
 2人の距離が一気に縮む。
「あと1びょう〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 柳華が右手を伸ばす。

 カチッ。時計の針が真上を指した。

 煉と柳華はしっかりと互いの手を握り合っていた。

「……間に合ったのか?」
 問いかけるようにレグナットが呟く。
「レン〜〜〜!リュウカ〜〜〜〜!!」
 ミュウは2人の頬を何度も叩いた。
 ぺしぺしぺし。
「……っ」
 ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺし。
「痛いだろうがぁ〜〜〜〜!!!」
 くわっ、と目を開けた煉が大声で叫んだ。
「わわっ。…レ、レン…みゅ…よかったよ〜〜!」
 目を覚ました煉の頬にミュウはとびつく。周囲から安堵の息が漏れた。
「む〜。……助かったのか」
「そのようじゃの。しかし、魔法と呪いが干渉しあうとは……。いったいなぜじゃ?」
「私は転移魔法が原因だと思います」
 フェリスが言った。
「転移魔法……そういうことか」
「どういうことだ。こっちが分かるように説明しろ」
「転移とは一瞬にして離れた場所から離れた場所へ移動する。これは考え方を変えれば移
動するまでの時間を短縮したと同じ事じゃ。その概念が呪いのリミットを急速に縮めてし
まったのじゃろう」
「つまりは転移魔法ってやつを使って移動するときは2人一緒ってことか」
 レグナットは頷いた。
「むずかしいはなししてないでミュウのあたまなでなでして〜。ふたりとおわかれかもっ
て、とってもとってもふあんだったんだよ」
「悪かった。帰ったらヨーグルト食い放題だ」
 笑顔で煉はミュウの頭を撫でる。幸せそうにミュウは笑った。
「いっしょにたべよ♪」
「そうだな。だが、ちょっと寝かせてくれ。なんだか2週間連続でバイトに出たように疲
れ…て……」
「レグナットさん」
「気を失っただけじゃ。呪いの苦しみで体力を使い果たしたのだろう」
「じゃあ、はやくかえってねかせてあげよ♪」
「その方が良いようじゃな」
 レグナットは後方を見た。足音が近づいてくる。爆発の現場をみようと来る客か係員の
足音だろう。
「杖を」
「あ、はい」
「2人は触れ合っておるか」
「だいじょうぶ〜」
 ミュウの答えに頷き、杖で床を叩く。転移魔法の魔法陣が床に描かれた。
「あの、長老様……」
「今は良い。まずはこの2人を休ませることが先決じゃからの」
「はい」
 魔法陣の輝きが増す。光に包まれ6人はミラーキャッスルから姿を消した。

 夕暮れの公園。
 フェリスはブランコに座りながら砂場で遊ぶ子供を見つめていた。
 煉と柳華の2人は部屋のベットに寝かせ、世羅という子が看病をしているはずだ。長老
様は母様と話があるといってフェリーナに帰っている。
「おねえちゃ〜ん♪」
 ミュウが肩に着地した。
「ご機嫌ね」
「だってレンとリュウカはしななくてすんだから。それとねそれとね、ひさしぶりにおね
えちゃんにあえてミュウとってもうれしいよ♪」
「私もミュウに会えてとっても嬉しい。あの2人の側にいなくていいの?」
「うん。レンやリュウカとはこれからもいられるけど、おねえちゃんとはなかなかあえな
いから」
 ニコッと笑い、ミュウは姉の頬にすり寄った。
「……もうずっと会えないかもしれない」
「どうして〜?」
「お仕事をサボって逃げ出してきたの。お姉ちゃんはいけない子だから、きっとあの部屋
から出られなくなる。ずっと……ずっとね」
 フェリスはブランコを揺らす。
「そんなことミュウがさせないもん! もしちょうろうさまがきてもミュウがやっつけて
あげるからね!」
 服の袖をまくってみせるミュウ。フェリスは笑みを零した。
「頼もしいわね。でも、そんなことしたらダメよ。あの2人と離れたくないでしょ?」
「でもでも、おねえちゃんとあえなくなるのもやだよ〜」
「私だってミュウや母様に会えなくなるのは辛いけど、掟を破ってしまったから罰を受け
ないといけないの。わかって」
「ヤダ!」
「わかりなさい!」
 心を鬼にしてフェリスは叫ぶ。
「ヤダヤダ〜。おねえちゃんにあえなくなるなんてぜったいにヤダ〜〜〜!!」
 泣きながらミュウが肩の上で駄々をこねる。
「本当にわかって。私だって…本当は、つら、い、んだから…」
 フェリスはミュウを頬に引き寄せた。
「あんな暗くて寂しい場所に……いたいはずないじゃない」
「なら、いなければよかったのよ」
 顔を上げると、優しい笑みを浮かべたサーラが立っていた。隣にはレグナットがいる。
「母様……どうして……?」
「長老様から貴女が大変だって聞いて飛んできたのよ」
 そっと包み込むようにサーラは娘達を抱きしめる。
「ごめんなさい。母さんがもっと早く気付いてあげれば……長老様を撲殺してでも助け出
してあげたのに」
「こらこら、本人を前に何を言っておるか」
「長老様……私は……」
「フェリスよ、この度の事は不問とする。今回の騒ぎは全てワシの監督不行きじゃからの。
役割を重視し過ぎ、役目を果たす者達の心を考えなんだ……ワシを許してくれ」
 地面に膝をつくと、レグナットは深々と頭を下げた。
「あ、頭を上げてください。長老様の気持ちは伝わりました」
「すまぬ。ところでフェリスよ」
 レグナットはそっとフェリスに何かを耳打ちした。
「みゅ? なんのおはなししてるの?」
「さあ。内緒話なんて…母さんちょっぴりジェラシ〜」
 首を傾げるミュウとサーラ。次第にフェリスの顔に笑みが浮かぶ。
「どうじゃな?」
 無言でフェリスは親指を立てた。

 時刻は夜の11時。2人が目を覚ましたのは3時間前だ。世羅は2人が目を覚ますと、
「お邪魔虫は退散いたします。ではでは〜」
 なんて言い残して帰ってしまった。おそらく気をきかせたのだろう。
 その後、目を覚ましたあとは軽めの夕食を食べ、風呂に入った。かなり寝ていたので眠
気など来ないと思ったが、いつもより早くやってきた。
「というわけなの。おねえちゃんとちょうろうさまはかあさまをつれてすぐにかえっちゃ
った」
 柳華の腕を枕にしながら、ミュウは公園での出来事を2人にきかせた。
「あんだか気になるわね。どう思う?」
 柳華は床で寝ている煉に向かって言った。
「さあな。親指を立てたんなら奴等にとっては面白い事なんだろ」
「何だか嫌な予感するのよね。それにしても……ホント今日はさんざんだった」
 プールで遊べなかった、妖精達のゴタゴタに巻き込まれた、最後には呪いで死にかけた。
もうさんざんだ。でも、ひとつだけ良いことがあった。呪いで死なない為の約束がまたひ
とつ追加されたのだ。
 転移魔法で移動する際には2人一緒に。
 一緒にいる口実がひとつ増えて嬉しかったりする。
「同感だな。もう呪いで苦しむのはゴメンだ。何だか異様に眠い……さっさと寝るぞ」
 そう言って煉の右手が差し出される。柳華はそっとその手を握りしめた。
「リュウカ、こくはくは〜?」
 ミュウが耳打ちしてくる。実は一緒にお風呂に入ったとき、今日煉に告白してやる!と
彼女に宣言したのだ。
「わ、わかってるわよ。急かさないでっ」
「がんばれ〜♪」
 わざとらしい咳払い。
「ね、ねえ煉……あ、あの、ね。い、いきなりで驚くかもしれないけど、さ。実はあたし
……」
 心臓の鼓動が一気に早くなる。破裂しそうだ。顔も太陽のように真っ赤に違いない。
「もうひといき〜〜〜」
 横のミュウが拳を握って応援している。
「あたし……煉の事が好きなの!」
 つ、ついに言ってしまった。恥ずかしすぎて気を失いそうだ。しかし、問題はこの後…
…煉の答えを聞く前に気を失うわけにはいかない!
「答え……聞かせて」
 手を握る力に多少力が入ってしまう。もしかしたら震えているかもしれない。不安と期
待にかられながら、柳華は答えを待った。
「…………」
 だがいつまでたっても答えは返ってこない。
「?」
 そっとベットから出て煉の顔をうかがう。
「す〜す〜」
 気持ちよさそうに眠っていた。
「だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 一世一代の大勝負が空振りと知った柳華は大声で吼えた。枕を手にして何度もベットに
叩きつける。
「せっかく、せっかく勇気だして告白したってのに………あに寝オチ? だったら寝てる
って言いなさいよ!」
「わわ〜リュウカのおやまがだいふんか〜」
 怒り狂う柳華を、ミュウは部屋の隅っこで震えながら見ていた。翌日、荒れ放題の部屋
を見て煉が目を丸くしたのは言うまでもない。

 1週間後……。

 目を覚ました煉は寝癖だらけの髪を掻きながら浴室の扉を開け、
「………は?」
 我が目を疑った。肩に座っていたミュウも同じく目を丸くしている。扉の先にはドーム
状の部屋が広がっていたのだ。部屋の壁には四角い水で出来た鏡で埋め尽くされている。
「やっほ〜」
 その部屋の中央でカップを手にしたフェリスが手を振った。
「なんだこれは……」
「ワシが説明してやろう」
 いきなり横からレグナットが顔を出した。
「本日よりワシとフェリスは外界において心というものを学ぶためにこちらに住むことに
した。水鏡には6日徹夜で完成させた自動監視魔導器を搭載。水鏡の監視という点におい
てはほぼフェリスは解放された。まあ、まだ調整が必要なのじゃがな。よってじゃ、幼精
期に課題を与えておらんフェリスに課題を与えた。しかし、水鏡の調整や整備は彼女しか
できんから水鏡の間ごと連れてきたのじゃよ。ワシも外界で色々学ぼうと思っておる。と
いうわけじゃ、今日からワシ共々世話になるぞ」
 ぽん、とレグナットの手が肩に置かれた。
「よろしく♪」
「わぁ〜い♪ おねえちゃんといっしょにあそべる〜♪」
 ミュウは大喜びだ。
「あにごと……な、なにこれ!?」
 驚愕した柳華が恐る恐る中に入っていく。
 もう煉には何が何やらわからない。ただひとつだけ確信していた。
―― こいつらの飯は俺が作ることになるんだろうな……
 と。

 誰にも気付かれないようカメラがシャッターを切る。

 思い出がまた水晶へと刻み込まれた。

 またひとつ絆が生まれた

 残り……80枚


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