第十四話「楽しいね♪」
 目を覚ますと視界いっぱいに蒼い髪の少女の笑顔が広がった。
「……」
 ぼやける意識を総動員させて連は今の状況を考えた。後頭部に柔らかい感触+どうやら
自分は寝ているらしい+少女=膝枕。
「のわっ!」
 状況を理解した煉は慌てて身を起こした。ぼやけた意識など一瞬にして目を覚ます。
「きゃっ。びっくりしたぁ〜」
 少女が目を丸くしている。プールの休憩所で会ったあの少女だ。
「ん?どこだここは」
 周囲を見渡す。観覧車にジェットコースター、テレビのCMで何度も見たことのある西
洋風の城。子供なら一度は行ってみたいテーマパーク『エターナルランド』だった。
 夢ではない証拠にマスコットである動物達の着ぐるみが子供達に風船を配っている。
「おい、どういうことだ」
「ん?」
「なんで俺がテーマパークなんぞにいるんだ。服も俺のじゃない」
 煉は着ている服を指さした。今朝着ていたデニムの長袖でも黒のチノパンでもない。ふ
わふわした白のセーターにジーンズという格好だ。
「まずひとつめの質問はキミと遊びたいから。もういっこの質問は、さすがに水着姿じゃ
変な人に見られるからよ」
「遊ぶだと?」
「そうよ。遊ぶための場所に来て他に何するの?」
 そりゃあまあそうだ。テーマパークは遊ぶためにある。だからといって……。
「なんでお前と遊ばなけりゃいけないんだよ。しかも無理矢理連れてこられたってのに。
それよりも何者だ、お前は?」
「自己紹介がまだだったっけ。私はフェリス。年は聞かないで。じゃ、遊びましょ」
 立ち上がったフェリスが煉の腕を掴んだ。否応なしに煉は立たされてしまう。
「お、おいおい」
「私としてはジェットコースターがいいかな。キミは何がいい?」
「うむ。直下下降で有名な『スペースクラッシャー』というやつに乗ってみたい……って、
違うだろ!」
「キミは文句が多いぞ。そんなんじゃ女の子にモテないから」
 フェリスが口をとがさせる。
「モテんでいい!」
 大声で叫び、重いため息をもらす煉。風邪でもないのに頭痛がした。
 そもそも自分は眠らされて連れてこられたのだ。……誘拐された、のだろう。目の前の
少女はそんな事は微塵も思っていないだろうが。
 ちらりと煉はフェリスを見た。
 彼女はさっきまでの笑顔を浮かべていなかった。寂しげな表情で煉を見ていた。なぜそ
んな表情を浮かべるのか知らないが、このまま彼女に寂しげな表情をしてもらいたくはな
かった。自分が遊ぶと言って笑顔を浮かべてくれるなら安いものかと。
 もう一度ため息をもらすと、
「わかった。観念した。ジェットコースターでもスペースコースターでもホラーハウスに
でも一緒に行ってやる」
 煉はフェリスの頭に手を置いて撫でた。ぱあっと花が咲いたように彼女が笑顔になる。
「えへっ。じゃあね、まずはファンタジーゴーランドにゴーゴー!」
 腕を引かれて連れて行かれる煉。なぜか怒った柳華の顔が浮かんだが、
「ま、しゃあないだろ」
 気にしないことにした。

 その頃、プールでは……。
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 姉が煉を誘拐したことを知ったミュウは驚きのあまり大声を出していた。そのうるささ
に柳華とレグナットは耳を塞ぐ。世羅は見えもしなければ聞こえないので首を傾げた。
 煉が誘拐されたと聞いた2人は慌てて着替えると、ミュウを連れて休憩所に戻ってきた
のである。
「どうしてどうしてどうしておねえちゃんがレンをゆうかいなんてするの〜〜〜!」
「ワシにもわからん。ただ書き置きがあった。なにやらワシには理解できんが……あっか
んべーだそうだ」
 聞かされた内容に呆れて柳華が言った。
「なにそれ。まるで子供が駄々こねて家出したみたいじゃない」
「なるほど。柳華殿の言うとおりかもしれんのぅ」
「心当たりがあるの?」
「フェリスの役目は試練にて外界へ向かった妖精達の監視じゃ。千里眼の力をもち、水鏡
を扱えるあの娘が適任じゃったからの」
「あの〜、そのお役目と家出とどんな繋がりがあるのでしょう?」
「うむ」
 レグナットは目を閉じた。
「フェリスは監視するための水鏡の間で20年間ずっとひとりで過ごしておったのじゃ。
もしかしたら、その事に耐えられなくなったのかもしれぬ」
「ひとりって……。食事とかは? 休みだってあるんでしょ? 家族とかだって会いに来
ないの?」
 レグナットは静かに首を振った。
「我ら妖精族はフェリーナでは食事の必要はない。大気や大地から力を吸収できるからの。
休みは必要最低限の睡眠だけ。そして、家族とは念話でのみ会話を許しておる。水鏡は汚
れを嫌う。外から誰も入れるわけにはいかぬのだ」
「それってあんまりじゃない!」
 思わず柳華は大声で張り上げた。
「つまりなに? 役目だからって誰も入ってこれない場所に女の子ひとりにして閉じこめ
たっていうの!」
「仕方のないことなのじゃ。他にも水鏡を操れる妖精が生まれんことには……」
「あにが仕方ないだ! だったら自分がやりゃあいいでしょ! あんたは長老なんだから
水鏡とかいうものだって扱える、そうなんでしょ?!」
「む、むぅ」
「あたしだったら絶対に耐えられない。20年もひとりでいるなんて寂しすぎるわ」
 誰もこない部屋で20年もひとりで居続ける。顔を合わせて話す相手もいなければ、感
情を表に出すこともできない。想像しただけで涙が出てきそうだった。
「主の言うとおりじゃの」
 ぽつりともらす。
「役目ばかりを考えフェリスの寂しさを考えなんだ……」
「気付くのが遅すぎだっていうのよ」
 柳華の悪態に、レグナットは自嘲の笑みを浮かべた。
「これからどうなさいますの?」
「無理に連れ戻す気はもうありはせぬが、どちらにせよ一度話し合いたいからのぅ。フェ
リスの後を追うしかあるまい」
 彼は軽く杖で地面を叩いた。
 たったそれだけで地面に円状の魔法陣のような物が浮かび上がった。
「お主達も一緒に来るか?」
「当たり前でしょ。煉にもしもの事があったらこっちは大変なんだから」
「大切な恋人ですものね」
「変なちゃちゃ入れない!」
「はぁ〜い」
 答えて世羅は小さく舌を出した。
「うむ。ではこの陣の中に入るがよい」
 2人は陣の中に足を踏み入れる。ミュウは柳華の肩に着地した。
「ねえ、リュウカ……」
「ん?」
「おねえちゃんはミュウのことおぼえてるかな」
 柳華はそっと俯いたミュウの頭を撫でた。
「ミュウはお姉ちゃんのこと好きなんでしょう?」
「うん♪ だいすきだよ♪」
 満面の笑顔でミュウが言った。
「なら絶対に大丈夫だって」
「では、行くぞ」
 レグナットの言葉に三人は頷いた。
「光の道よ、我らを彼方へ」
 魔法陣の光が膨れあがり、弾けた。
―― 煉のやつ、今頃変な目にあってなきゃいいけど
 眩い光の中、柳華はその事だけが心配だった。

 その煉は変な目にはあっていなかったが、絶叫マシンの連続でげっそりとしていた。
「お、恐るべしテーマパーク」
 ファンタジーゴーランドは問題なかった。次に4Gを体験できるスペースクラッシャー
を7回連続で乗り、その後は3種あるジェットコースターの中で最速222km/hを誇
るドリームコースターを15回も乗ってしまった。おかげで胃の中身が何度出そうになっ
たか……。
「はい。烏龍茶しかなかった」
 カップが目の前に差し出される。
「サンキュ」
 ありがたくいただく。一気に全部飲み干し、ほっと一息ついた。
「……あれだけ乗ってお前は平気なのか?」
 煉は隣で平然としているフェリスを見た。彼女も同じ回数を乗ったのだが、疲れるどこ
ろか逆に元気になっているような気がする。
「う〜ん、昔に戻れた気がするから、かな」
「昔? レーサーか宇宙飛行士でもやってたのか?」
 言葉の意味がわからず眉根に皺を寄せる煉。
「ううん。そんなんじゃなくっ――!?」
「いきなり黙ってどうした」
 煉はフェリスの視線を追う。彼女の視線の先には……柳華・世羅・ミュウ、そしてレグ
ナットが忙しなく周囲を見渡していた。
「!!」
 柳華がこちらに気付いたらしい。他の三人に何か言っている。それから煉達を指さし、
何やら地団駄を踏み始めた。
「?」
 訝しみながら隣を見る。
「な、何やってんだお前は!?」
 いつの間にかフェリスが煉の右腕を胸に抱きしめていた。どうやらこれを見て柳華は憤
慨したようだ。
「おい、離れろって。肘に当たってる。胸が、胸が!」
「嬉しいクセに」
「嬉しくない! お、俺は女にベタベタされると、は、恥ずかしさのあまりに……ぐっ」
 頭がクラクラしてきた。地団駄を踏んでいた柳華がこちらに向かってくる。煉は確信し
ていた。絶対にタコ殴り、タコ踏み、関節地獄にあうと。全身から血の気が引いていく。
 クラクラしていた頭など一瞬にして忘れた。
「逃げるぞ」
「え?」
 フェリスが答える前に煉は走りだした。
「こら待てぇーー! せっかく心配してやったのに、女といちゃいちゃ腕なんて組んで…
…ぶっ殺ーーーーーす!!!!」
「ひいぃ〜〜!」
 待てと言われて地獄を待つ人間はいない。煉は必死に逃げた。着ぐるみを薙ぎ倒し、子
供を跳び越え、途中でポップコーンをかすめ取って逃げた。
 と、服の袖が引っ張られる。
「ねえねえ」
「な、なんだ」
「楽しいね♪」
 ニコッとフェリスが笑った。
「た、楽しいわけあるか〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 大声で叫ぶ煉。

 追いかけっこはそれから30分ほど続いた。


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