第一話「呪い〜♪」
 「上等だ。表へ出ろ!」
 自分にビデオテープを投げつけた少女へ向かって青年が叫ぶ。
 「望むところよ。そのムカツク顔をボコボコにしてやるわ」
 指の関節を鳴らしながら応じる少女。
 青年・月影煉と少女・東雲柳華は毎日喧嘩をしていた。
 駐車場で喧嘩を始める2人を見て社員やバイト達はやれやれと溜め息を吐く。
 これが電気店<ハイテクニクス>の恒例行事となっていた。
 ケンカばかりの二人。……実は誰にも言えない二人だけの秘密がありました。

 ひとつはけっこう仲がいいこと。
 そしてもうひとつは……10時間以上触れないでいるとお互い死んでしまうのです。

 時間はひと月前に遡る。
 その日もバイトを終えた煉は柳華と口喧嘩をしながらアパートに戻った。
 煉と柳華は同じ<時雨荘>の住人でお隣同士なのである。
 目障りな柳華と別れられると安堵した煉は服の裾を引かれ振り返った。
「ごめん・・・鍵なくした」
 途方に暮れた顔で柳華が言った。
 やれやれと肩を竦めると、煉は部屋に入って叔父に電話する。叔父が時雨荘の大家なの
だ。おかげで格安で部屋を貸してもらっていた。
 電話が繋がると訳を話して合い鍵を持ってくるよう頼む。
 が、叔父は「すまん。明日まで待ってくれ」とのことだった。今日は知り合いの結婚式
に呼ばれて帰ってこない らしい。
「どっか近くにいる知り合いの家に泊めてもらえ」
 事情を話してそう提案するが、柳華は「近くに知り合いはいない」と答える。
 煉は考えた。
 夏といえど夜は冷える。いくら目障りな相手とはいえ女の子を野宿させることは良心が
許さなかった。考えた末に煉は部屋に柳華を泊めることを決意した。
「……泊まっていけ」
「ホント、今回ばかりは感謝するわ」
 ニコッと笑って柳華は言った。軽い足取りで柳華が部屋に入っていく。
 『今日はキッチンで雑魚寝だな』と嘆息しながら部屋に入ろうとした煉の肩を誰かが叩
いた。振り返ると、
「これ」
 隣に住む笹木和征に小包を渡された。何かと聞く前に和征は部屋に入ってしまう。
 相変わらず神出鬼没であった。
 部屋に入った煉は早速小包を開けた。中に入っていたのは30センチ程度の缶詰。
 送り主は『チャコボール』で有名な『永森』だった。
「あにそれ?」
 後ろから覗き込んできた柳華は無視する。
 プラチナのエンゼルマーク。煉は3週間前にプレゼントに応募していたのを思い出
し、子供に戻った気分で封を開けた。
「ぷはぁ〜。たすかった〜♪」
 その中から出てきたのは体長15センチくらいの小さな女の子。
 髪は濃い緑。背中に2枚の透き通った羽根。腰には小さな瓶。なぜか首に小さなカメラ
をぶら下げている。
 考えられない出来事に煉は目を丸くした。
 隣にいた柳華も目を丸くした。
 しばらくして我に返った煉は目の前の小さすぎる女の子に話しかけた。
「お前……何だ?」
「わたしはきおくとおもいでのようせいミュウだよ。……あれ、もしかしてミュウのこと
みえるの!?」
 ミュウは瞳を輝かせて煉の周囲を飛び回った。
「わーい♪ うれしいな〜♪ ミュウたちようせいがみえるにんげんってと〜〜〜〜って
もすくないんだ」
「ち、ちっこいのが喋ってる……」
 呆然とミュウを見上げながら柳華は言った。
「え、もしかしておねえちゃんもミュウがみえるの!? だいかんげき〜♪」
 ぺたっと柳華の顔面に張り付くミュウ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁあ!」
 妖精という非常識な物に抱きつかれ柳華は悲鳴を上げた。
 容姿は可愛らしいが、妖精といえばイタズラ好きなのが相場だ。慌てて羽根をつまんで
放り投げた。
 綺麗な放物線を描いてミュウは落下し、テーブルに頭をぶつける。
「いた〜い。なげすてるなんてひどいよ〜!」
 頬を膨らませて抗議するミュウ。持っていたカメラを向けてきた。
 何かされる予感を感じて柳華はビクッと身を硬直させる。
「出て行け」
 と、いままで傍観していた煉がミュウの羽根をつまみ上げた。
 助かったと柳華は胸を撫で下ろすが、これが事件の引き金を引いてしまうことになった。
「やだやだやだ〜! ミュウでていかないもん! え〜〜〜い!」
 ミュウは腰の瓶を手に取ると、中に入っていた光を煉と柳華に振りまいた。
 光は2人の体に吸い込まれていく。
 何ともなかった。体が小さくなったりも眠くもならない。柳華は思わず身体中を触って
から鏡まで覗いた。
「いったい何をしたの!?」
「へっへ〜ん。のろいだよ♪」
「何よ呪いって!」
 宙に浮いていたミュウを掴む。
「あのね、おかあさんにもらったの。こののろいはね、にんげんかいで十時間のあいだ2
人がいちどもふれないでいるとしんじゃうんだ〜♪」
 言葉を失う柳華。
 ごんっ!
 隣で聞いていた煉がテーブルに頭をぶつけた。

 ……というわけで、2人は可愛い妖精に呪いをかけられてしまった。

 それが煉と柳華の奇妙な共同生活の始まりだった。
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