番外編「棗流 トリック or トリート!」

 ハロウィン。
 それは俺の記憶が正しいなら怪物とかに仮装した子供が『おかしをくれないといたずらしちゃうぞ〜!』と言って
お菓子をもらう日のはずだ。後はカボチャの提灯とかを思い浮かべるヤツが多いだろう。
 前置きはこのくらいで。つまりハロウィンは楽しいお祭りのはずなのだ。
―― はて、では何故に俺は殺気に満ちた無数の視線と銃口を向けられてるんだろうか。
 周囲を見渡しながら俺はこうなるまでの経緯を思い出してみた。

 確か昼寝をしていた所を棗に起こされたのだ。
 理由を聞いてみると、
「今日はハロウィンなの。としたらやることはひとつしかないでしょ」
 そう言うや鼻歌なんぞ歌いながら足早に部屋を飛び出してしまった。
―― やることか。確かハロウィンって祭りだったよな?
 欠伸をかみ殺しながらハロウィンに関する知識を頭から取りだし、棗の言葉を反芻してみてひとつの結論に至
った。
「仮装パーティーか」
 自らの結論に俺は大いに納得した。
 どうせ棗の事だから多種多様な衣装を持ち合わせているだろう。その中には仮装用のものもあるに違いない。
―― しかし、あいつは何に仮装するつもりだろうな。
 きまぐれみたいな所もあるから猫か。それともオーソドックスな魔女か。どちらにしろ似合いそうだ。
―― う〜む。そうすると俺は何がいいんだろうな。
 顎に手を当てて悩みつつ俺は部屋から一歩外に出たところで、
「中へお戻りを」
 という台詞が耳に届いたかと思うと大勢のメイド女達によって担ぎ上げられた。そのまま部屋の中へと放り投げ
られる。突然の事で思考が停止していた俺は受け身も取れずに腰を思いっきり打っちまった。
「いてててて。何しやが………るんでしょうか。あはははは」
 で、仕打ちに対する罵声を浴びせかけようと顔を上げてみれば銃口のオンパレードとなっていた。

 というわけだった。
―― 原因は考えるまでもないな。
 棗だ。あいつの命令以外にこいつらが動くことなどほとんどありえない。問題は棗が下した命令だった。少し考え
てみたが思いつかない。思いつくための情報が足りない。
―― とりあえず殺せっていう命令じゃないのは確かだな。
 怒らせるような事はしていないし、もし殺せという命令なら既に俺は蜂の巣になって三途の川を渡っている。間違
いない。
「えっと、お前らは何の為に銃口を俺に向けてるんだ?」
 考えても埒があかないと俺は思いきって玲子に問いかけた。
「貴方に言う義務はありません。黙ってください」
「そ〜う〜で〜す〜よ〜。お〜と〜な〜し〜く〜し〜て〜な〜い〜と〜」
 メイド女のひとり二四那は空いている手でエプロンのポケットからわら人形を取りだした。よく見ると顔の部分に
俺の顔写真が貼ってあった。
―― ま、まさか……。
 嫌な予感を感じながら二四那が小さく口を開けるのを見る。そして、その小さな口がわら人形に噛みついたとた
ん、顔全体が針で刺されたような痛みに襲われた。
「いててててててててて!」
 たまらず声を上げて床を転げる。と、耳にはそんな俺を見て笑うメイド女達の声。中には『無様』とか『いい気味』
とか終いには『そのまま悶え死ね』なんていうのも。
 腹立たしい。ムカツク。殴り飛ばしたい。かといって今の俺に出来ることは痛みに悶え苦しむのみ。そんな自分
の無力さに涙したとき、
「何をしているの! 二四那!」
 鋭い怒りを含んだ棗の声が飛び込んできた。刹那、あれほどの痛みが何でもなかったみたいに消える。改めて
呪いってもんの恐ろしさを実感した。
「あ、そ、そ〜の〜二四那は〜」
「言い訳など聞きたくありません。貴女には2週間の外部謹慎を命じます! 2週間はこの邸の敷居を跨ぐことは
許しません。玲子! 二四那を邸の外まで」
「お〜嬢〜さ〜ま〜。お、お〜ゆ〜る〜し〜」
「私の言葉に二言はありません。とっとと私の視界から消え去りなさい!」
「ひぐぅ」
 底冷えするような声を叩きつけられた二四那は小さな嗚咽を漏らしたかと思うと姿を消してしまった。後に続い
て玲子の姿も消える。
「ふぅ。あの子ったら……彩樹、体に異常はない?」
 メイド女が空けた透き間から棗が輪に入ってきた。予想通りというか魔女スタイル。ご丁寧に手には竹箒が握ら
れていた。
「あ、ああ。……なんつうか何でも似合うよな、お前って」
「え? ……い、いきなり何を言い出すの!」
 俺の言葉を受けた棗は顔をトマト色にさせた。
「いや、素直にそう思っただけだって。……で、ハロウィンのお祭りだろ。俺は何をすりゃいいんだ? 仮装となる
と狼男とかか?」
「いいえ。彩樹は私にたったひとつの事をしてくれればいいわ。とても簡単なこと」
「はぁ? 菓子でもやればいいのか?」
 訳が分からないまま問いかけると、首を横に振ってから棗はそっと人差し指で俺の唇に触れた。
「キスよ」
 その言葉を理解するのに30秒ほどかかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ?!」
 理解すると同時に俺は驚きと疑問を一緒くたにした声で叫ぶ。
「ちょっと待て! わからん。理解できん。何でハロウィンときて次にキスなんだよ? 普通はお菓子だろ、お・か
・し! そうだろ?!」
「それは世間一般でのハロウィンよ。私のハロウィンは違うの。それに思い返してみるときちんとしたキスって1度
しかしたことがないのよ」
「……いつの話しだ?」
「本家から帰るときよ! あれが私の初めてだったのだから記憶しておきなさい。他にあったとしても人工呼吸でし
た。それ以後は全くなし。……おほん。彩樹」
「な、何だよ?」
 いきなり満面の笑みで迫られて俺は一歩後ろに下がった。
「私達は両想いですよね?」
「お、おお」
「ならキスをしても問題はない。むしろする方が普通ということよ。けど、私が思うに貴方は自発的にしてくるとは思
えないの」
「うぐ」
 痛い所をつかれた。
―― 別にしたくないわけじゃないんだが、メイド女とかがこっそり覗いてるんじゃねぇかと思うとなぁ〜。
 見られてる中でできるほど俺に度胸がなかった。他にも恵が四六時中一緒にいるのも理由のひとつだったりする。
―― ある意味これは望むべき状況なのでは?
 逃げられないという言い訳ができる。ただ、周囲から撒き散らされている殺気と向けられる銃口さえなければ更
に良いんだがと心の中で付け加えた。
―― そうでもしないと俺は……。
 更に顔を寄せてきた棗が両手を俺の顔に添えてきた。

「さ、彩樹。Kiss or Die?」

―― 前に進めない気がするし、な?

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