第九十六話「彩樹の決意」

 昼休み。

 食堂は棗と俺の恋バナを聞きたいお嬢様方でごった返していた。おかげで席が足りなく
なり、急遽食事はビュッフェスタイル……つまりは立食となった。
 で、恋バナを話す主役はというと現在準備中でいなかったりする。
「話すだけなのになっちゃんは何を準備するつもりなんだ?」
「さぁな」
 蘭の問いに、予想はついていたがその後の受け答えが面倒なので俺は適当に返事をした。
 今、一番気にすべきは手にした手紙についてだ。
 ハチマキメイドに投げつけたれた手紙。名前の主は桐によれば風紀委員の一員であるこ
とがわかっている。
―― 風紀委員が俺に何の用だ?
 それについては教室からここへ来るまでに蘭から少し聞かされた。
 何でも奴隷を良しとしない連中がいて、その筆頭であるのが風紀委員。しかもかなりエ
グい事をすることもあるらしい。
―― ま、そんな連中にとっちゃ俺なんて存在は最大の害悪ってわけか
 さしずめこの手紙は宣戦布告といったところだろう。
 何はともあれ俺は大勢の、主に非常識なお嬢様方から狙われることになったわけだ。し
かも命を取られる危険すらある。
 この事実は3時限目の休み時間に蘭から棗へと伝わっていた。
 ちなみに4時限目の授業に遅れて戻ってきた俺が怒りに充ち満ちた目を向けられ、授業
終了後、準備とやらへ行く前に腕を力強く抓られた。
 どっちも辛く痛かったが、
「心配させないでちょうだい」
 この一言の方がずしんときた。
 手紙の事があるまで知らなかったとはいえ、心配をかけたのは事実だ。素直に謝ると満
足したのか、護衛をつけると言い残して準備とやらに行ってしまった。
 多分、どこかに連絡を受けた玲子か誰かが潜伏していることだろう。
「ソレ行くつもり?」
「売られた喧嘩は買う主義でね」
「棗さんには手紙のこと伝えてないんですよね?」
「あいつがコレを知ったら色々とヤバイことになるだろうしな。それに何度も言うがコレ
は俺に売られた喧嘩だ。後は……そうだな、この☆がムカつく。何だこのお前なんて倒す
のチョ〜余裕ですぅみたいな☆はよ。ナメてんじゃねってんだ、一発ぶん殴ってやらなき
ゃ気が済まねぇっての」
「はははは、そ、そんな理由で……。でもさ、相手はレア君の存在自体が気に入らないん
だからやっぱり伝えた方がいいと思う」
「そうですわ。指定場所に行ったとたんにズドン、もしくはズブリ、はたまたドカンだっ
てあるかもしれません」
「それはない」
 俺はきっぱりと断言した。
「へぇ〜自信満々じゃないの。そこまで自信があるってことは理由があるってこと?」
「ああ。玲子って知ってるか?」
「確かなっちゃんの護衛してるメイドだっけ。そういや結構前にあった身体測定にレア君
連れ込んでた人じゃないっけ?」
「あ〜〜、そういやそんなのもあったっけな。確かにそいつだ」
 その事は思い出すと余計なモノまで掘り起こしてしまうので早々に話を切った。
「私は話しだけで見たことはありませんわね」
「ま、俺はその玲子率いる一部のメイド連中に嫌われていてよ。おかげでしょっちゅう敵
意やら殺気やら向けられてたわけだ。んで、人の防衛本能っていうか慣れっていうか、気
づいたら攻撃回避するのがうまくなっちまったんだよ。罠も同様で怖くてある方に行きた
くなくなる」
「へぇ〜……ほい」
 感心したような声を出したかと思えば、少し間をあけて気の抜けたかけ声。刹那、左半
身から寒気にも似た感覚を感じて後ろに一歩跳ぶ。
 ふと目線を下げてみれば俺の体があったところに蘭の拳が止まっていた。後ろに跳んで
いなければ威力はなかっただろうとは思うが横っ腹に命中していただろう。
「ふぅん。嘘じゃなかったか」
 言いながら蘭は突きだしていた拳を戻す。
「凄いですわ」
「ホント。縁もできる?」
「一応学校で覚えました。といっても同じ学生相手でしたので避けられる攻撃にも限度は
あると思います」
「だってさ。行くにしても念には念を入れて準備した方がいいじゃない?」
「僕もお嬢様と同意見です。本人ではなくお金で雇った人が襲ってくる可能性だってあり
ますし、複数で襲って可能性だって……」
「それもない」
 縁が言い終えるまでに俺は断言した。
「棗が護衛をつけるって言ってたからな。外部からそれらしいヤツが入ったり、校内で怪
しいヤツがいたら対処するはずだ。戦闘能力なら奴らは一流だからな」
 世の中は広いといっても連中が負ける相手がそう簡単にいるはずがない。いたとしても
助けを呼べば総勢42人、負ける結果が想像できない。
「では、本当に手紙の呼び出しに応じるというのですか?」
「ああ」
「……怪我をしたら棗さんが悲しむとわかっているのにですか?」
「そうだよ」
「ふぅ。桜からも説得してくださいな」
「残念ながら説得できる言葉が思いつきません。仮にここで説得しても我々に黙って行く
ことでしょう。ならば、ここは止めることよりも最悪の事態にならないよう助力すべきかと」
 予想外の言葉に俺は桜を見ると、『そうだろ?』とでも言うように口元に笑みを浮かべていた。
 全くもってその通りなので肩をすくめて肯定する。
「僕も桜さんと同じ意見です。彩樹さんは無茶を平気でしますよ。経験済みの僕が言うん
ですから間違いありません」
「これで賛成3。民主主義的に俺の勝ちだと思うんだが?」
 俺の言葉に蘭と桐は互いに顔を見合わせたあと、各々の従者を見、やれやれと諦めのた
め息を吐いた。
「わかった、今回はもう反対しない。次もあるようなら反対するけどね」
「同じくですわ。桜、助けると言ったからには全力をもって事に当たりなさい。いいです
わね?」
「縁も。レア君にはなっちゃん共々でっかい借りがあるんだから、ここで少しでも返せる
ように努力すること」
 両者は主の言葉に小さく頷く。
 と、そこで食堂に動きがあった。
 呼び出したのであろう鏡花を連れて棗が食堂に姿を現す。全員が棗に注視する中、俺は
鏡花のヤツが押している台車に載せられた機器に目を向け、予想通りであった事にため息
をもらした。
「やっぱりな」
 台車に載せられていた機器はプロジェクター。
 それが意味することはひとつしかなく、それに対する俺の行動もひとつしかない。
「少しは学べよ、あの馬鹿っ」
 何とも馬鹿げた行動をする棗を小声で罵ってから、俺はプロジェクター目がけて走り出
した。


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