第九十話「新生活」

 棗と両想いになって俺の生活は色々と変わった。誓約変更時の変わったかもあやふやな
変化じゃなく明確に。
 まずは1日の生活サイクル。
 ここに来てからずっと朝6時に起床だったが4時半へ変更になった。もちろん理由は勉
強時間の確保だ。何せ高校時の成績が中の下であった俺に『あの法光院』の手伝いをする
だけの知識を叩き込むのだから時間は1分でも多い方が良い。
 素早く着替えた後は寝ているお姫様2人を起こす。
 起こす方法は至って普通に揺り動かすのみ。2人はお約束というか揃って目覚めのキス
(接吻)を要求してきたがきっぱりと却下した。
 起こし終えた後は勉強用に宛がわれた部屋へ。そこで朝食の時間である7時まで、朝食
後は昼食の時間である正午まで、昼食後は夕食の時間である6時まで、夕食後は午前零時
までと勉強漬けの1日を終えると入浴、そして就寝となる。
 休憩は各スパンごとに10分を1回のみ。妥協のない勉強だけをする生活サイクルだ。
―― まぁ、各食事が休憩っちゃあ休憩か
 実は両想いになってからというもの三食全て棗の手作りだ。これが2つ目の変化。
 棗曰く、
「私以外の女が作った料理を食べさせたくないもの」
 という事らしい。ちなみにこの邸に男は俺を除いてルクセインしかいない。
 腕も申し分なく、味も俺の好みを知り尽くしているかの如く美味い物が出てくるのでこ
の変化は大歓迎だった。
 で、それに対抗して恵も食事を作ってくるようになった。すると結果として2人の喧嘩
が始まり、決まって両方の料理を作り手から食べさせられる事で収拾する。
 これが3つ目の変化。これは出来れば止めてほしい変化だ。
 2人きりな状況なら恥ずかしながらも嬉しいので良しとしよう。だがしかし、それを
微笑ましそうに鏡花や盟子達が見ている中でやるのは勘弁してほしい。
「こっち見んな!」
 何度見ている連中――特に実況を始めるダメダメイド――に言っているのだが馬の耳に
念仏よろしくで華麗にスルーされていた。
 と、そんな訳で必然と長くなる食事時間で体を休めていた。
 目下のところ問題は精神的安息がほとんどないところだろうか。
―― 今のところは風呂入ってる時くらいか……とはいえ完全には休まらんが
 理由は言わずもがなだ。
 風呂以外は精神的疲労のオンパレードと言っても過言ではないと思う。
 勉強中は隣に腰掛ける棗が体を押し付けてくる度に理性をすり減らし、食事中はさっき
も説明したように集中する視線により精神的疲労が溜まり、就寝中は棗が体を密着させて
くるので再度理性が……。
 就寝中など今も強引にやって来ている恵の幼くあどけない寝顔がなければ理性が吹っ飛
んでいたことだろう。

 そんな嬉し辛しな生活を2週間ほど繰り返したある日の朝……。

「うっし、今日も勉強頑張るか。びしびし頼むぜ」
 席に着いた俺は教壇に立つ棗を見た。
 やる気満々の棗は今日も赤のスーツでタイトミニのスカートをビシッと着こなし、目が
悪くないのにスーツと同色のフレームの眼鏡をかけ、長い髪は結い上げて団子状にまとめ
ている。まるで『ザマス』が口癖な教育ママのような形(なり)だ。
 が、似合っているので問題なし。
「今日からは会社のコンプライアンスを覚えて貰います。とはいえ、かなりの量があるの
で最初から全てを覚えてもらおうとは思いません。まずは覚えるべき重要な項目を私が抜
き出しましたのでそれから覚えて貰います。それでは最初にコンプライアンスとは何かか
ら説明していきます」
 黒板に書き終えた『コンプライアンス』の意味を棗は指し棒で叩く。優しさを一切感じ
させない厳しい声色に気持ちを引き締める。
―― しっかし、学校でもここまで真剣に勉強はしたことなかったな……って、ん?
 ふと考えた事柄に違和感を感じた。
 一体どの部分なのか何度か考えた内容を再生、考察し、知恵熱が出そうになったところ
で違和感の正体に気づいた。
「って、そうだよ! 学校だ!」
「急に叫んだりしてどうしたの? 授業中は静かにという約束のはずです」
「だから学校だよ、学校!」
「意味がわかりません。もっとこの部屋を学校の雰囲気に近づけろというの? ん〜、そ
の方が彩樹の集中しやすいのであれば1日でどうにかしてみせるけれど――」
「違うっての! お前の学校だよ! お前は俺と違って現役女子高校生だろうが!」
「……ああ。彩樹との勉強に頭がいっぱいですっかり忘れてたわ。けれど、今は私が学ぶ
よりも彩樹に教える方が大事なのだから学校にはいきません。いいえ、むしろ退学した方
が後腐れもなくなって良いと思わない?」
「思わん! どっちもだ〜〜い却下ぁ〜〜〜〜あ!」
 俺は机を叩いて立ち上がって棗に近寄ると、
「いいか? ここでお前が退学でもしてみろ。あの法光院棗は高校を中退したって後々陰
口叩かれるぞ。しかも変な尾ひれ付きでだ。敵にしてみりゃチクチク攻撃する絶好のネタ
にだってなる。良い笑い者だ。高校中退なんていう学歴重視の連中から見たらゴミみたい
な男を恋人にするって時点でお前はもう攻撃のネタを提供することが決まってるんだ。だ
から、これ以上わざわざ弱みを作るような真似は避けろよ。わかったか?」
 一気に説教の言葉を浴びせかけた。
―― こいつ普段は関心するくらい頭が回る癖に俺関連はどこか抜けてるな
 それはそれは嬉しいが少しは直してほしいと思いつつため息をもらす。
「彩樹を恋人にした……そう、恋人にしたの。ふふ、彩樹に言われると嬉しさと共に実感
するわね。もう、急に顔を寄せてきたらキスしたくなるじゃないの」
 説教を聞いた棗は面食らった顔をしていたかと思えば、急に頬を朱色に染めて俺の頬に
手を添えてきた。
「人の話を聞かずにな〜に桃色モード入ってんだよ」
 目を閉じて唇を寄せてきた棗の額に軽めのチョップを叩き込む。
「痛いわ、もう。きちんと聞いていました。確かに陰口の種を作るのは得策ではないと思
います。負け犬の遠吠えであろうとも耳障りですし」
「なら退学なんて言わずに学校に行け。今日はちょうど月曜日で準備をする時間もたっぷ
りある」
「彩樹の勉強はどうするというの?」
「資料あるんだろ? お前が学校行ってる間はそれを見て覚えとくよ。で、帰ってきたら
覚えたかのテストって感じでどうだ?」
「却下。学校へは彩樹にも来て貰います」
「何でだよ、別に俺がいなくても問題ないだろ」
 俺がいなくちゃならない理由がわからずそう答えると、ムッとした表情になった棗から
チョップを叩き込まれた。スナップの利いた強烈な一撃に俺は顔を押さえながら膝を突か
ざるを得なかった。
「いってぇ〜な。いきなり何すんだよ!」
「彩樹が馬鹿な事を口にするからです。いい? 私が彩樹と結婚したいのは一緒にいる理
由を増やしたいから、昔のように離ればなれになりたくないからなの。つまり、彩樹と少
しでも長く一緒にいたいからなのよ。それなのに離れる提案をするなんて馬鹿としか言い
ようがありません」
 そう言って棗は両腕を組んだ格好のまま踵を返して背を向けてしまった。きっと子供っ
ぽい拗ねた顔をしていることだろう。
「え〜と、その…………すいません」
「何に対しての謝罪かしら」
「勉強優先でお前の気持ちを考えなかった事に対して」
「……本当に悪かったと思っているの?」
「思ってる」
「それならお詫びの意味と彩樹の私への想いを込めてキスして――んっ」
 棗が言い終える前に俺は奪う勢いでキスしていた。
 何となく要求してきそうだったし、今の俺に出来る事で棗が一番喜んでくれそうなのは
これしか思いつかなかった。
 最初は驚いていた棗だったが俺からキスした事が嬉しかったのか両腕を首の後ろに回し
て強く求めてくる。

 恋人関係になって一番長いキスを終えた俺達はアーマビリータ女学院へと向かうのだっ
た。


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