第八十二話「Party Time −1−」

 かくして遅れていた恵が到着すると披露宴改め『バ』カップル結成祝いが始まった。

―― 不安だ。激しく不安だ。
 わいわい楽しむ連中を視界に納めながら俺は内心震えていた。
 両親ズのいるパーティー。マスターという良心でありストッパーがいても100%確実に
『何か』されそうな気がした。いや、される確信があった。
 なにせ過去、正確にいえば小学校入学以降から芦原、本郷両家のパーティーに呼ばれて
『楽しい』だけで終わった試しがないのだ、誰だって確信せずにはいられないだろう。
 過去の経験を語らせてもらえれば、全てのパーティーにおいて酔った夏子さんにスキン
シップという名目でプロレス技を叩き込まれていた。これはもう定番となっている、今回
もきっと、必ず、絶対に叩き込まれることだろう。打撃系か関節系かはわからないが。
 他には酔った莉愛さんによるお説教地獄も高確率だ。どんな些細な事に対しても、例え
ば髪の毛が一本であろうとハネているだけで原因追求、原因に至ったことへのお説教、対
処方法という感じで最低1時間は聞かされる。逃げようとしても近くにある『堅い物』を
武器にして攻撃されるので逃げられない。
 更に拓さんと航さんはというと、前者はわんこそばよろしく飲むことを強要してきた
り、急に『日の出を高いところから見ようじゃねぇか!』と言うや30キロ以上も離れた高
台まで無理矢理走らされたり、後者に至っては単にじっとこちらを見るのみなのだが無言
で、しかも髪の合間からじっと見られる苦痛は並大抵のものじゃない。
―― 今日は何もされませんように。
 彼らのいるパーティーでは既に習慣となってしまった心の内での祈り。
「あ〜っはっはっは! うめぇ! 今日は酒がうめぇなぁ! なあ、航よぉ!」
「うい」
「ホントね〜。わたしなんてもう10杯目よ。この勢いなら明日は記憶失って、なおかつ
その失ってる記憶の中で凄いことしちゃってそ」
「あらあら夏子ったら。お酒は飲んでも呑まれるなよ。少しペースを落としなさいな」
「あ〜に言っちゃってるの。そう言う莉愛はもう一升瓶2本空けてる癖に」
「あらやだ。わたくしったら。おほほほほほほ」
 しかし、やたらハイペースで空き瓶を増やしていく両親ズを見たら今回も祈りは届きそ
うにないと思い、
「はぁ〜〜〜〜〜〜」
 口からは止めようもなくため息が漏れた。
「急にため息など吐きおってどうした? 今日はハルカ達の良き日だというにそのように
不景気なため息は御法度じゃぞ。ほれ笑うが良い。笑う門には福来たるじゃ」
 左腕にひっついていた恵が夏のひまわりのように元気な笑顔をみせながら頬を突いてく
る。つられて少し笑みを浮かべてみるもやはりため息は止まらない。
「むぅ。もしや何か大きな悩みでもあるのか? なれば妾に隠さず話すが良い。確実にそ
の悩みを解決してやろう」
「それは恋人である私の役目よ。外野は引っ込んでなさい。さ、彩樹。悩みがあるのなら
恋人である私に話してご覧なさい」
 顔を寄せてきた恵を押しのけて右腕にひっついていた棗が顔を寄せてくる。吐息のかか
る距離。正確にいえば指一本あるかないかの距離に棗の顔があった。
「な、悩みを話すにしては……その、なんだ、近すぎないか?」
 首の方から顔が赤くなっていくのを実感しながら問う。
「そうかしら。愛し合う恋人の距離としては妥当だと思うのだけれど」
「そ、そうか。ん〜。そうかもしれないな。でもよ、近すぎて話しにくいっての。これじ
ゃまるで――」
「キスをするかのようと言いたいのでしょう? ふふ。したいのなら別にいいのよ。私た
ちは相思相愛なのだから遠慮する必要などありません。いえ、むしろ私が望みます」
 そっと額が触れ合う。視界は互いの顔のアップのみ。少し潤んだ瞳に見つめられて自然
というか必然ともいうか心臓が早鐘を打つ。
「しても良いわよね?」
「いや、良いか悪いかで言えば間違いなく前者なんだが……今はやめとこう」
 湧き上がる欲求を抑えつつ棗を体から離した。
「なぜ?」
 棗はいかにも不服と言わんばかりの目を向けてくる。
「いやほら、さっきしたばっかだろ? 何より連中の見られながらってのがな……」
 急に静かになった方へと顔を向ける。ハルと晴香、両親ズは目を輝かせてじっとこちら
を見ていた。と、目が合うや連中はウインクしながら親指を立て、
『さあ、気にせずブチュっと』
 なんて事を揃って口にしてくれやがった。
「んなコト言われてできるか!」
 席を立って俺は出せる最大音量の罵声を浴びせかける。対して返ってきたのは連中から
の返答ではなく………。
『クォ〜〜〜〜〜〜のバッカップルどもぎゃ〜〜〜〜〜〜〜ぁ!!』
 店内に設置されたスピーカーから大音量で発せられたロディの声だった。音が割れるほ
ど音量に誰もが耳を押さえる。そして、誰もが声の主がいる店の中央へと目を向けた。
『ヒト前でイチャアチャするなんてウラヤマシ! ナシテロディには相手がいない
ヨ!? WHY?! こんなにキュートでナイスボデーしてるのにナシテ?! ……返答
ナシ! クァ〜〜〜! ストレス上昇! ユエにロディは………歌ってやるネ!!』
 テーブルの上にマイクとウイスキー満載のジョッキを手にしたロディはつま先でカラオ
ケのスイッチを押した。数秒の静寂の後に軽快なメロディがスピーカーから流れ始める。
『イマさっき考えたバッカップルどもに捧げる歌! ミンナ、ロディの歌をキケ――!』
 声高らかに叫んでからロディは歌い始めた。

 バッババババ〜ババッバ〜ババ! バッババババ〜バカップゥ〜ル!

 オマエ達〜はバッババ とってぇ〜〜もバカップゥ〜ルババッバ〜

 見てると〜カユクなる〜有害シテイ!

 ババッバ〜ホ・ン・トは!

 ババッバ〜ウ・ラ・ヤマシイ!

 バラバラババッバ〜ロディもコ・イ・ビ・トがホシイ!

『…………うう。コイビトほしいヨ〜〜〜〜』
 歌って独り身であることが辛いと痛感したのか、はたまた泣き上戸だからなのかロディ
は子供のように泣き出した。
「クワ〜〜〜〜〜〜〜!!! ホシイホシイホシイホシイホシイ〜〜〜〜〜ィ!!!」
 かと思いきやテーブルの上で仰向けになって手足をばたつかせる。何とも大きな駄々っ
子だ。
「まったく。駄々をこねりゃ買ってもらえるもんじゃないだろうに」
「ホシイったらホシイったらホ〜〜〜〜シ〜〜〜イ〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
 酔っぱらいには何を言っても馬の耳に念仏。むしろ火に油を注いでしまった。このまま
放置するのも手だが放置すれば五月蠅いし、何よりマスターのストレスが溜まってしまう
だろう。俺的にそれは不本意だった。
「やれやれ。ちょっと行ってくる」
 加えて妙な展開から逃げる口実にもなるので俺はロディの相手をすることにした。

―― よくぞやった、外人よ
 彩樹が離れて不満げに頬を膨らませる姉上の姿は妾の溜飲を下げるには十分な光景だっ
た。しかし妾自身が何もしていないのでいささか満足度に欠ける。
 となればやることはひとつしかない。妾は姉上の肩を叩いて振り向かせると、
「いやはや、折角の機会が台無しになんて残念ですのう」
 心からの同情を込めて慰めの言葉をかける。
「くっ。………ふん!」
 何か言いたげに睨んでくるも勝てないと悟ったらしく姉上は席を立った。そのまま料理
の置かれているテーブルへ向かい、おもむろにフォークを掴むとポテトフライに突き立て
る。同時に皿が悲鳴のような音を立てて二つに割れた。
―― ほほほ。いい気味じゃ。まあ、突き飛ばされた仕返しはこれくらいで良かろう。
 満足いったので自分も何か食そうかと思い立った所で、
「け〜いちゃん。どう、楽しんでる?」
「晴香か。うむ、妾なりに楽しんでおるぞ。で、妾に何ぞ用があるのじゃろう?」
「どうしてそう断言するの?」
「なに簡単なことじゃ。用件もなしにお主が夫から離れるはずがなかろうに」
「ありゃりゃ。こりゃ一本取られた。じゃ、正解者の恵ちゃんにはとっておきの情報をひ
とつプレゼントしちゃおう」
 そう前置くと晴香は顔を寄せてきて小声で情報とやらを耳打ちしてきた。
「それはまことか!?」
 あまりにも有益な情報に妾は思わず大声を出してしまう。が、すぐさま手で口を押さえ
て姉上の様子を窺った。
 何やら晴香の旦那殿と熱心に何か見ていてこちらの大声に気づいた様子はない。
 ホッと胸をなで下ろしてから
「……本当に今の話は確かなのじゃろうな?」
 今度は小声で情報の正確さを問う。
「確かに決まってるじゃん。あ、でも100%の確率で起きるわけじゃないから。そこん
ところはよろしく」
「承知した。……して、どういった意図で妾に情報を提供するのじゃ。お主の事じゃから
報酬目当てではあるまい」
「理由は簡単。ひとつ、恵ちゃんがウチらとあ〜ちゃんが仲直りするきっかけをくれた恩
人だから。ふたつ、その恩人が想い人争奪戦に不利だから。みっつ、いくらあの二人が両
想いになったといっても恵ちゃんは諦めてない……でしょ?」
「当然じゃ」
 晴香の問いに妾は大きく頷いた。
 年齢差、過去の出会い、今日まで彩樹を想い続けてきた事実、どれをとっても姉上が有
利であったのだ。二人が両想いになるのは元よりわかっていた。
 しかし、未だ二人は両想いであって夫婦ではない。彩樹の正妻となる戦いは終わっては
おらぬのだ。故に諦めるつもりはない、あの二人に宣言した通りに。
―― まぁ、たとえ正妻になれずとも愛人には間違いなくなるつもりではあるがのう。
 もはや妾にとって愛する異性は彩樹しかおらぬと決めている。心は移ろいゆくものであ
るがこの想いだけは決して変わらないであろうし、変えられる者もいないだろう。
「年の差なんて愛でカバーできるから! ウチは恵ちゃんを応援するから! 頑張れ恵ち
ゃん。何でも協力するからね!」
 妾の手を掴むや晴香は真剣な面持ちで見つめてくる。
―― そなたの厚意に感謝を、頼むぞ、任せるがよい、姉上には負けぬ
 真剣な面持ちの晴香に対して妾は様々な思いを込めた笑みで答えた。


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