第八十一話「類は友を…?」

 ハルと晴香も無事ゴールインしてハッピーハッピーでめでたしめでたし。
―― んでもっていちおう俺も……まあ、ハッピーハッピーってわけで。
 その事を披露宴でさりげなく二人に報告してから盛大に祝ってやったり、からかってや
ったりしようかと思ったんだが……。
「な、な……何で……」
 披露宴会場に指定された喫茶店『道―ロード―』に入るなり俺は驚きのあまり開いた口
が塞がらなくなった。目の錯覚ではと服の袖で何度も擦ったが変化はない。念のために頬
を抓ってみたら痛かった。
 つまり、目の前で繰り広げられているのは夢ではなく現実という事だ。
 さて、いったい何が繰り広げられているかというと、
『俺はお前が好きだ。必要だ。だからずっと俺の傍にいてほしい』
 巨大スクリーンの中で俺が棗を抱きしめながら告白していた。間違いなく教会で告白し
ている俺だった。大型スピーカーから発せられた自分の台詞に自然と顔が熱くなる。
―― って、固まってる場合じゃねえだろ!
 慌てて扉を閉めてから店内を見渡す。映像を投影しているプロジェクターを見つけた俺
はすぐさま駆け寄ろうとするも腕を掴まれて立ち止まることとなった。
「離せよ!」
 俺は腕を掴む棗に向かって叫ぶ。一刻も早くあのこっぱずかしい映像を止めてハル達か
らからかわれる前に店を飛び出したかった。
「離したら貴方はどうするの?」
「決まってんだろ。あのプロジェクターぶっ壊して上映中止にするんだよ!」
「なぜ?」
「何故って恥ずかしいだろうが!」
「どうして恥ずかしいのかしら。愛しい相手に自分の想いを告げる事は正しい事よ」
「正しくても大勢に見られたら恥ずかしいと思うだろ? ……いや、お前は別かもしれね
えけど。お前と違って俺はそうなんだよ! 頼むから恋人のピンチを救うと思って離して
くれ!」
 腕の拘束から逃れるために俺は力強く床を踏み込む。が、予想していた抵抗はなく前傾
姿勢で勢いよく前に飛び出した俺はそのまま顔から地面に倒れ込んだ。
 間を置かずして俯せから仰向けにされてしまう。更に仰向けとなった俺の上に棗が馬乗
りになった。
―― ま、マウントポジション!? 何故に!?
 しかも膝で両腕を押さえ込まれてしまった。痛む顔を擦ることも防御も抜け出すことも
できない完璧なマウントポジション。格闘技でも喧嘩でもこの後に訪れる事といえば……。
―― 告白を恥ずかしがったから撲殺決定ですか!?
 命の危険に心拍数が一気に上昇し、顔からは脂汗が吹き出す。かといって何もできない
俺に出来る事は……ただ、目を閉じて処刑執行を待つのみ。
―― 出来れば早めに気絶できますように。
 切に願いながら待つこと十数秒。しかし処刑執行は訪れない。恐る恐る目を開けてみる
と頬を朱色に染めた棗と目があった。
 とたん、
「もう一度言いなさい! さあ、言いなさい! 早く!」
 叫びながら俺の頬を両手で挟み前後に激しく揺さぶってきた。
「なななななな何をだだだだだだだ」
 気持ち悪さと脳シェイクに耐えながら問いかけると揺さぶりがピタリと止まった。
「つい今し方口にしたある単語です」
「あ、あいまいすぎるっての! 言ってほしけりゃハッキリその単語とやらを言えよ!」
「それでは意味がありません! 彩樹が自らあの単語の思い出し、意味を理解して口にす
る事で初めて効力が発生するの! だから1秒でも早く思い出し、理解して、私に向かっ
て言いなさい!」
 再び脳シェイクが再開された。
―― い、いったい何を言わせたいんだ。
 脳シェイクによる吐き気を我慢しながら必死に記憶から棗の求める単語とやらの検索を
開始した。ヒントはつい今し方口にした、棗がこうまで求める単語のふたつ。
―― ま、まさか……。
 検索して数秒でピンと来た。というか記憶を探ってようやく自分があの単語を発したこ
とに気付いた。
「えと、わかりました。わかりましたから頭揺らすの止めてください」
「本当にわかったというの?」
 俺の言葉に棗は疑いをありありと感じさせる半眼を向けてきた。
「お、おお」
「……合っているか確認します。最初の一文字目はなに?」
「こ」
「いいでしょう。さあ、早く言いなさい!」
 疑惑の半眼を一変させて期待に満ちた瞳が真っ直ぐ向けられる。ここで言わなければ怒
りを買うのは間違いないだろう。
―― 連中の様子はっと。
 俺は目線だけをハルカ達に向けて様子を窺った。
 全員がこっちを気にせず映像を見ている。場面は俺が棗とはまだ結婚できないと宣言し
た所だ。大型スピーカーからは問いつめる棗の声が結構な音量で発せられている。となれ
ば少し大声を出しても大丈夫だろう。
―― よし。チャンスは今しかない。
 小さく息を吸い込んでから俺は真っ直ぐに棗を見つめて、
「お前は俺の恋人だ。……これで満足したか?」
「足りません」
「……どうしろと?」
「考えなさい」
「………お前は最愛の恋人だ!」
「もっと」
「もっとって……お前は美人で料理もできて俺にはもったいないくらい最高の恋人だ!」
「まだ」
「ああくそ! 俺はお前が好きだ! 他の男がお前に触れようものなら即座に殴り飛ばし
て引き離す! 誰にも渡さねえ! それくらい大切な恋人だ! これで満足か?!」
「はい。私も同じくらい彩樹を愛してます」
 囁くようにそう言うと棗は触れる程度のキスをして俺から離れた。
 マウントポジションから解放された俺はキスされた恥ずかしさに半身を起こした状態で
少しばかり放心してしまう。
 が、ふと周囲が静かすぎる事に気付いた。さっきまで大型スピーカーから発せられてい
た俺達の声が全く聞こえない。どうやら上映は終了しているらしい。
―― もしかして聞かれただろうか。
 後ろを振り返って連中の表情を見れば一発でわかるだろう。わかるんだろうがあの玩具
を見つけた悪魔のようなにんまり顔を確認するのが怖い。
 かといってこのままというわけにもいかないわけで。小さく嘆息をもらしてから確認す
る決意をした俺は恐る恐る振り返ろうとして、
「あ〜やもバカップル」
「やっぱあ〜ちゃんもウチらの仲間だったんじゃん!」
 振り返るよりも早く背後からハルと晴香の声が発せられて肩に手が置かれた。
「いや、あれはだな――」
「照れることないって。他の男がお前に触れようものなら即座に殴り飛ばして引き離す! 
痺れる台詞じゃん! 今度ハルにも言ってもらおっと」
「キスされて放心のあ〜やは見てて思わず胸キュン。ふと頭に『恋は人を変えるもの』と
いう単語が浮かんだ」
「え〜。でも、あ〜ちゃんってウチと付き合ってた頃もハル以外の男が近づいてきたら睨
んでたよ。全身からは近寄んなオーラバリバリ〜って感じだったし」
「……確かに。つまりは今も昔もあ〜やはあ〜やってことだね」
「そゆことそゆこと」
「で、他の参列者はどうした? まさかまだ到着していないのか?」
 言い訳を挟む隙もなく弾んでいた二人の会話が一区切りついたのを見計らって俺は問い
かけた。店内には結婚式に参列した親戚・友人達がひとりもいないのだ。披露宴会場なの
にそれはおかしい。
「どうでもいいその他大勢との披露宴は後回しにしちゃったから来るわけないよ」
 俺の問いに晴香は何とも凄い台詞をあっけらかんと口にした。
「おいおい。んな事していいのかよ。親戚から色々言われるんじゃないのか?」
「だ〜いじょぶだって。ほら、何せウチらの両親の親戚だよ? 披露宴後回しにしたくら
いで文句は言わないって」
「あの人達は大騒ぎできれば問題なし。というわけで今日は――」
 ハルは俺の両肩を掴むと店の奥へと歩き出す。押されるがままに歩くと先に座っていた
棗の隣に座らされた。タイミングを見計らったようにマスターが俺達の前にジュースを置
いていく。
「今日はハル達とお前達の祝いだそうだ」
 渋い声でマスターは言う。
「祝い?」
「そそそそ。ハル!」
「りょ〜か〜い」
 晴香のかけ声を受けてハルが天井からつり下げられたくす玉を割った。

 割れたくす玉から大量の色とりどりの紙吹雪が舞い落ちる。鮮やかな光景に思わず笑み
が零れるも、その笑みは数秒と保たずに引きつった。

 紙吹雪の後にあんなものが出てきたからだ。

 俺の眼前で揺れる一本の垂れ幕。

 それには『ハル・晴香、彩樹・棗ラブラブ【バ】カップル結成祝い!』とやけに『バ』
が強調されて書かれていた。


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