第八話「お前正気か?」

 あろうことか我が雇い主はブラジャーにショーツ姿というあられもない姿で立っていた。

 理由なんて簡単だ。身体測定であるから邪魔な衣服を取っ払っているだけである。背後
で棗の笑う声が聞こえてきた。
「あら、意外と純情なのね。初日では私の服を破ろうと襲ってきたのに」
「うっせえよ! あれは……って、問題は何で俺はここに連れてこられたのかってことだ」
 理由が思いつかない。
―― それとも自分の体を自慢したいだけか?
 そうして慌てふためく俺を見て楽しもうという魂胆……こいつならありえた。だが棗の
答えはその予想を遥かに超えるものだった。
「さあ、私の3サイズを測りなさい」
「はあ!?」
 驚きのあまり棗の方を振り返り、再びまた背を向ける。
「何で俺がお前のサイズ測らなきゃいけねえんだよ。そもそもそこに医者がいるじゃねえ
か。仕事させてやれよ!」
 更衣室のように区切られたこの一室にはきちんと女医が椅子に座っていた。なぜか青白
い顔をしているのが気になったが。
「ええ。いるわね。なりは女だというのに性別が男な医者がひとりね」
「なに?」
 真実を告げられた俺はもう一度女医を見た。
 胸はある。足もほっそりとしていてすね毛なんざ一本もない綺麗な足だ。顔を見ても男
には見えない。
「冗談だろ?」
「私が冗談を言っていると? この誉れ高き法光院棗が冗談を言っていると?」
 顔をつかまれ、無理矢理に棗の方向へ向けられる。つりあがった眉。鋭い眼光。かなり
ご立腹の様子だ。
―― 冗談うんぬんよりも半裸丸見えを気にしないのか?
 という言葉は更に刺激そうだったので飲み込む。
「どうなの?」
「い……言ってないだろ。お前は変な所で正直だからな」
 無理矢理顔を背けつつ、俺は言う。
「言葉的に多少不愉快ですけど、まあいいでしょう。なら3サイズを測りなさい」
「だから! どうして俺がお前のサイズ測らなきゃいけねえんだ。そのカマ男が駄目なら
メイド女がそこに………いねえ?!」
 ついさっきまで横にいたメイド女は毎度のように忽然と姿を消していた。
「いや、隣にいるって可能性も……」
「調べる勇気があるならそうしなさい。でも、もしそのような事をしたら……肉体的にも
社会的にも抹殺してあげますからそのつもりで」
「うが。なら俺はどうすりゃいいんだ!」
「簡単なことよ。私の3サイズを測ればいいの。はい、メジャー」
 どこにでもある市販のメジャーを手渡される。
「つうか何で俺なんだよ。そこのカマ男だっていいだろ。いちおう医者なんだし」
 とたん、棗の顔が嫌悪に歪んだ。
「誰がこのような天から与えられた性別を捨て、己を偽って生きている下賎な男に私の穢
れてない白く美しい肌を触れさせるものですか」
「おいおい」
 もしそっち系の人がいたら集団で襲われるぞ。
「そういうわけだから貴方はこの場から消え去りなさい。今、すぐに!」
 部屋の外を指さして棗が睨み付けると、女医は何度も頭を下げてから部屋から逃げ出し
た。が、部屋を仕切るカーテンが閉まる寸前に俺は見た。
 走り出してすぐに女医の姿が忽然と姿を消す異様な光景を。
「まあ理由はわかったがよ……俺は何でいいんだ? お前の尺度からすれば俺もあいつと
同じ下賤な輩だと思うが」
「そうでもないわ。これでも私は貴方を高く評価しています」
「初耳だね」
「貴方のように骨のある犬は躾のし甲斐があって本当に楽しいの。玩具としては高ランク
です。もっと抵抗なさい。でなければ評価を下げますよ」
「そんな評価低くてかまわねえよ!」
「とにかく、私の美しい肌に触れられる栄誉を与えるのです。感謝してひざまずきなさい」
「お前正気か?」
 俺はまじまじと棗を見た。
―― いったい何を考えてる? 肌に触れさせて何か弱みでも作らせようという魂胆か?
 心の中で問いかける。俺の視線に余裕のある笑みで答えると、棗が無言で背を向けた。
さっさと測れと言いたいのだろう。
―― ま、俺は世話係だからな
 そう割り切るよう自分に言い聞かせながら納得し、ひとつため息を零して頭を切り替え
てから、俺は延ばしたメジャーを棗の胸に巻きつけた。
―― 平常心平常心
 雑念に駆られないよう何度も念じるも棗の肌に触れたとたん、体が勝手に動き……その
結果、メジャーで棗を締め付けることになった。
「い、痛いわ。恥ずかしいからって痛くしないで」
「す、すまん」
 大きく深呼吸をして作業を開始する。
―― 平常心平常心
 どうにか今度はうまく肌に触れずサイズが測れた。
「84センチ。ブラジャーの厚さを考えれば83か」
「ふふっ。触ってみたくなったのではないかしら」
「ば、馬鹿いえ!」
 不覚にも一瞬触ってみたいなど思った自分が情けなく思いつつ、俺は残りのサイズをさ
っさと測り終えた。
「ご苦労様。報酬として10ポイント差し上げます。私の肌に触れたのだから少ないことに
文句を言っては駄目よ」
 制服を着た棗がすれ違いざまに言う。俺はその場に膝を突いた。
――今回ばかりは俺の完敗だ
 色仕掛けに弱いのはやはり男の性なのだろうか。
 制服を着た棗がすれ違いざまに言う。俺はその場に膝を突いた。

 結局、どうして棗が俺にサイズを測らせたのかはわからずじまいだった。

 追記として、棗を真似して他のお嬢様達も自分たちの奴隷にサイズを測らせる事がメジ
ャーとなった事を記しておく。

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