第七十九話「―式中のふた騒動!?後―」

 式は棗のお説教が終わった20分後に再開された。
 時間もないので少し短めの式辞、誓約、そして指輪の交換へと進行していく。ハルは受
け取った結婚指輪をそっと晴香のくすり指にはめると、
「では、誓いの口づけを」
 神父の言葉に小さく頷いて晴香とそっと唇を合わせた。
―― ……いつかは俺もあそこであんな事してるのかね。相手は……。
 ふと何気なく顔を隣に向けると、
『あ』
 同じく棗もこっちに顔を向けたのでバッチリ目が合ってしまった。
「な、何こっち見てんだよ」
「べ、別に。ただ、……そう! 貴方がさっきの光景を思い出して卑猥な妄想をしていな
いか気になっただけです」
「んなことするか!」
 式の進行を止めない様に俺は小声で怒鳴った。
「ではなぜ顔を背けたのか言ってご覧なさい!」
 対して棗も同様に思ったのか小声で怒鳴り返してくる。痛いところを突かれて俺は視線
を上下に彷徨わせながら、
「そ、そりゃ……あれだ、あんまああいうシーンは直視できないんだよ」
 事実だが本音ではない言い訳を口にして顔をハル達の方へ戻す。近くで見れば上着が前
後しているのがわかるんじゃないかと思えるほどに心臓がバクバクいっていた。
―― 落ち着け〜。落ち着け心臓〜。平常心だ〜。
 心の声で自分に命令する。が、次の瞬間には心臓は一際大きく躍動するとほんのわずか
だけ確かに止まった。それから止まった分を取り戻そうと言わんばかりに激しく心臓が鼓
動を再開する。
「お、おいっ」
 棗の手が俺の手をそっと掴んでいた。
「・………さっきの言い訳は嘘。私はいつか彩樹とあそこに立ちたいと思ったの。絶対に彩
樹と……あそこで永遠の愛を誓うと」
 絶対にという言葉と同時に棗の手に更に力がこもった。
「絶対、か」
「ええ。絶対です」
 小さくとも力強い宣言。それ以上の会話は続かなかった。俺も棗も静かに口づけをかわ
す二人を見続ける。
 1分、2分、3分……少し長くないかと思いつつ待つ。
 4分、5分、6分……いや、あいつらだしな〜と思いつつ待つ。
 7分、8分、9分……革靴を装備。少し素振り。
 10分……我慢も限界に達した。
―― こいつらはぁ〜〜〜。
 いくら何でもやりすぎだ。そりゃ、さっきは式の主役はあの二人だから二人のやりたい
ようにさせてやろうと思った。だがハル達の後に式を挙げる人達だっているはずだ。その
人達に迷惑をかけるのは心友として止める権利があるだろう。
 棗の手を放した俺はバージンロードを踏むわけには行かないので外側から回り込んで壇
上へ向かい、
「いつまでやってんだ、このバカップルどもがぁ!」
 走った勢いそのままに渾身の力でハルの頭を靴底で殴り飛ばした。ボコッという鈍い音
と共にハルの頭が大きく横にズレる。右手に伝わる感触が会心の一撃だと語った。
「痛い……」
 体勢を立て直したハルは靴底を叩き込んでやった部分を擦りながら呟く。
「2度目だから痛くしたんだ! ったく、ただでさえ時間がないのにいつまでしてるつも
りだった!」
「いつまでって誰かが止めに入るまで。あれ、あ〜ちゃんってば耐久ラブラブキッス知ら
ないの? 誰かが止めるまでずっとキスをするっていう結婚式の恒例行事じゃん」
「んな恒例行事があってたまるか!」
「え〜! だってウチの両親とハルの両親はやったって……ねぇ?」
 晴香の問いかけに4人は揃って親指を立てた。しかも爽やかな笑みとウインクのおまけ
つきだ。その親指と表情が何を意味するのかは考えるまでもない。
「ちなみにオレの両親は披露宴で3時間ほど続いたとか」
「……何か頭痛くなってきた。とりあえず、この後に予約してる人に迷惑をかけるなよ」
 手にしていた靴をはき直して踵を返すと、
「ん〜。どうしよっかなぁ〜」
 晴香のからかいに満ちた声が投げかけられる。もちろん俺は無視した。下手に反応すれ
ば更なる馬鹿げた結婚式になりかねない。
―― つくづく何度も思うんだが、何で俺の周りには普通の行動を取るやつがいないんだ
ろうな〜。
 自分の席に戻って俺はもう一度大きくため息をもらす。そんな俺の手を掴み、
「彩樹。私達の時も――」
 期待に満ちた眼差しを向けてくる棗に対して、
「やらんから!」
 小声で怒鳴りながら、自分のときは絶対にありふれた普通の結婚式にしてやると心の中
で誓うのだった。

 その後はどうにか普通に終わった。さすがに婚姻届と宣誓書にサインに関してはボケる
事もできなかったらしい。
 式の締めくくりである退場で晴香をお姫様抱っこしたのは普通の式でもありえる可能性
があったので黙認した。

 二人が退場した後は俺達も教会の外に出て2列に並ぶ。一緒に出てきたシスターから花
びらを数枚渡される。どうやらここではライスシャワーではなくフラワーシャワーらしい。
―― さっきの腹いせに思い切り投げつけてやろうか。花びらなら痛くねぇだろうし。
 などと花びらを見つつ子供っぽいイタズラを考えてしまう。
 と、そんな考えをうち払うかのように高々と鐘の音が鳴り響いた。誓い合った二人が一
緒に歩む出発の音か。はたまた二人が永遠の愛を誓った事を世界中に伝える音か。その鐘
の音と共に今度はきちんと腕を組んで二人が教会から出てくる。
『おめでとう!』
『二人ともお幸せに!』
『晴香ちゃん、幸せに!』
『ハル君、晴香ちゃんを幸せにしろよ!』
 様々な祝いの言葉と共に参列者が優しく花びらを投げかける。対して二人は何とも幸せ
そうな笑顔を皆に向けていた。

 そして、道の最後である俺の所で立ち止まった。

「二人とも結婚おめっとさん」
 祝福の言葉を口にしながら俺も手にしていた花びらを二人に下から放った。黄と赤の花
びらが宙を舞ってから二人に降り注ぐ。
「ありがと。いやぁ〜ついにウチも人妻になっちゃった。ま、でも入籍は卒業後って事に
なってるんだけどね」
「高校だと学生結婚したら何かと口うるさい」
「それもそうか。けどよ、何人かクラスのヤツがいたから式をするっていうのは学校側は
今日のことも知ってるんだろ?」
「まっね。理解ある校長先生は祝福してくれたんだけど、ちょっちツルっ禿げの教頭がブ
チブチ言ってきた。でも聞き流したから問題ナッシングってやつ」
 晴香は軽くウインクしながらVサインしてみせる。
―― 高校の教頭か。
 バーコード頭で黒ぶち眼鏡という典型的な容貌でちょっとした事でネチネチと生徒をい
びっては生徒に不評を買っている人物だった。すぐに別の学校へ異動になるかと思ったら
未だに居座っているらしい。
「だね。けど、また晴香に何か言うようなら……これもん」
 無表情になったハルが固めた拳を持ち上げてみせる。恐らくためらいもなく実行するこ
とだろう。そして、教頭は間違いなく病院送りだ。
「やめとけ。んな事をしたら退学になるって。そんときは俺を呼べばいい。代わりにボコ
ボコにしてやるって。何せこっちは既に退学の身だしよ」
「でも、そしたらあ〜やは警察沙汰」
「それはありえません。私がそのツルっ禿げ教頭とやらを社会的に抹殺してあげます」
 ずっと黙っていた棗が髪を掻き上げながらそう言う。いつもなら洒落になってないとツ
ッコム所だが今回は願ったりな申し出だった。
 しばし俺達はお互いを見合い、誰からともなく大声で笑いあった。
「ザ、友情って感じじゃん!」
「だね」
「しかも最強だ」
「私がいるのですから当然のことです」
 ひとしきり笑い終えると晴香は手にしていたブーケを棗に手渡した。
「これは……?」
「ん? いわゆるげんかつぎってヤツかな。だって……」
 耳元に口を寄せて晴香は棗に何かを囁く。とたん、棗の顔がみるみる赤くなった。これ
が漫画やアニメなら顔中から湯気でも描写されていることだろう。
「おい、主役ども! あっくん達ばっかサービスしてねぇで他の連中にも挨拶とかしろっ
てんだ! ほれ、こっちこい!」
「じゃ、じゃあ二人とも後でぇ〜〜〜」
「が、がんば〜〜〜〜」
 近寄ってきた拓さんはハルと晴香の頭を小突くと、二人の腕を掴んで近くに集まってい
た出席者の元へと引きずって行ってしまった。

―― さて、ハル達も大イベントを終えた事だし。次は俺か。


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