第七十四話「心友―未来1―」

『室峰彩樹様法光院棗様法光院恵様

 以下の日時と場所にてウチとハルの結婚式をしちゃうので来てね

 日時200×年××月××日10時より

 場所 ☆☆教会

 披露宴 道(ロード)

 ご祝儀とかいっぱいくれたりすると嬉しいかも?
 な〜んて嘘に決まってんじゃん。来てくれるだけで嬉しいからご祝儀いらないよ。
だから必ず来てね♪

 何だか招待状には相応しくない文面だけど、以上♪


 書き終えた招待状を封筒に入れてウチはほっと息を吐いた。文面が気に入らなかったり、
誤字や脱字とかで結局13回も書き直した。
 おかげで1時間もかかちゃったし、ペンをずっと握ってたから指が痛い。見事に指は真
っ赤になっていた。
―― けど、一生に一度の招待状だし納得のいくもの渡したいから仕方ないよね。
 後はあ〜ちゃんに渡すだけだ。方法は郵送か手渡しか。ウチは後者を選ぶと決めていた。
郵便事故が怖いっていうのもあるけど、都合よく明日は棗ちゃんのお屋敷にお邪魔する予
定だし丁度いい。
「さってと、明日の準備でもしよっかな」
 上半身をぐっと伸ばしてから立ち上がってタンスへ向かい、鞄の中にお泊まり用の着替
えを詰め込んでいく。1泊分なのですぐに終わってしまった。
「これもよろしく」
 顔の横からのびた手が持っていた衣類を鞄の中へと落とす。整頓してたのに一瞬にして
ぐちゃぐちゃになった。
「ちょっとハル! 入れるならちゃんと畳んでおいてよ!」
 シャツを掴んで後ろを振り向く。
「……めんどい」
 眉根を寄せてハルが一言。投げ捨てるような言い方にカチンときた。
「めんどいじゃないでしょ、もう! いつもは完璧主義なのに衣服に関しては無頓着なん
だから! ほ〜ら、ウチも手伝うから一緒に畳む!」
 くしゃくしゃのTシャツを放り投げる。受け取ったハルは渋々畳み始め、すぐに綺麗に
畳んで差し出してきた。『めんどい』とか言いながらウチより綺麗に畳むのだから何だか許
せない。
―― 今までもそうだったけど、これからもこの『めんどい』には悩まされるのか〜。
 他にもご飯作っても一緒じゃないとお腹が空いても食べないとか、夜は一緒に寝てあげ
ないとダメだとか……それ以外にも色々と頭痛の種はある。
 外見は格好よくて大人びた彼だが実は物凄く子供なのだ。
 けど、逆に考えたらウチがいないとダメだって、必要とされてるんだって思えて嬉しく
もあった。
―― ま、つまるところ惚れた弱みってやつよね。
 現に頭痛の種によるマイナスはあってもウチがハルを好きで愛しちゃってる事実は変わ
らないのだ。
「…………」
「ん?」
 ふとハルの視線を感じて顔を上げる。二人きりのときはいつも眠たそうな顔をしている
はずなのに何故かきりっと真面目な顔をしていた。
「な、何?」
 妙にシリアスな雰囲気にウチは思わずどもりながらも問いかける。けれどもハルはじっ
とウチを見たまま微動だにしない。なのでしばらくじっとハルを見つめた。
 と、
「むぎゅ」
 そんな言葉を発したかと思うといきなり飛びついてきた。思いがけない行動にウチは抵
抗もできずに押し倒されてしまう。
「ちょ、ちょっとハルったらいきなりどうし……うきゃ!」
 何もいわずに顔を首筋に埋めてきたかと思うと痛いほど強く抱き締めてきた。首筋にハ
ルの息が吹きかかって何ともくすぐったい。
「ハルったら〜も〜何だっていうの〜?」
 別に今さら押し倒されるのに抵抗があるわけじゃない。ただ、いつものハルと違ってた。
いつもは優しく包み込むように抱き締めてくれる。なのに、どうしてこんなにも強引にす
るのか。理由がまったく思いつかなかい。
「ねえったら。急にどうしちゃったの?」
 理由を聞きたくて問いかけた。けど、ハルは何も答えてくれない。答えの代わりに更に
強く抱き締められる。

 結局、解放されたのはそれから数分ほど抱き締められてからだった。

「……ごめん」
 離れたハルは一言そう言った。強引に抱きついた事を悔いているのか叱られた犬みたい
に項垂れている。
「別に怒ってないよ。強引なハルもいいかなって思ったし。けど、急にどうしたの?」
「ん〜。……たぶん結婚青」
「はい?」
 ハルの発した単語が数秒ほどわからなかった。けど数秒ほどだ。数秒経った後に頭はよ
うやく理解して翻訳してくれた。
 結婚青=マリッジブルー。
―― あはは。何でわざわざ日本語直訳で言うかな〜。
 まあ、ハルらしいって言えばらしくて笑えてしまう。と、笑ったのもほんのわずかのこ
と。すぐにウチは気持ちを切り替えた。
「不安ごとあるの?」
 小さくハルは頷く。
「なら話してよ。ウチがそんな不安かきけしてあげるからさ。ほらほら、奥さんに隠し事
なんてウチの旦那失格だよ〜? はい、話す」
「うん。実は……目の前にいる晴香は実は俺が自分勝手に生み出した偶像で実際にはいな
くて、感じてる幸せも本当はそう思う事にしてるだけなんじゃないかって、全部嘘とか夢
なんじゃないかって不安になった」
「だから抱きついてきたんだ」
「うん」
「ふ〜ん。そっか。んじゃ〜〜〜、そりゃ!」
 さっきのお返しとばかりにウチはハルに飛びつくと、彼の顔を胸に押しつけるようにし
て抱きしめてしまう。
「ウチの音聞こえる?」
「うん」
「ウチはハルの傍にずっといるからさ」
「うん」
「だって夫婦になるんだし。ずっと一緒にいるのが当たり前になるんだから安心しなよ」
「うん」
「つうかウチがハルを手離すかっての」
「うん。……何か今のあ〜やっぽい」
「あ〜ちゃんの真似したんだから当然じゃん。……また不安になったらすぐに言ってね。
そしたらまたこうして抱きしめて不安なんか吹っ飛ばしてあげる」
「うん。晴香も不安になったらオレが同じことしてあげるよ」
 ハルの両腕が背中に回され、きゅっと優しく抱きしめてきた。
 心地よい温もり。心が落ち着き、幸せに満たされていく。
―― 不安、か。
 幸せに包まれながらふと思い返す。
 実はウチだってハルと同じ不安を感じた事があった。
 今の幸せが全部嘘なんじゃないか。あ〜ちゃんに振られた傷を癒すために自分が作り出
した妄想か、もしくは夢なんじゃないかって。
 一度だけじゃない。ハルを受け入れた当時はほぼ毎日だった。そんな不安を感じたとき
はハルの胸に飛び込んで音を聞いていた。
 とくんとくんと耳に届く心臓の鼓動。それはまるで『ここにいるよ〜』って教えてくれ
ている呼び声のようで安心できた。
 これからも不安はなくならないと思う。むしろ増えるかもしれない。
 けど、きっと大丈夫だ。
――だって、ウチもハルもお互いがいないと不安で、お互い触れ合って鼓動を聞くことで
幸せになれるんだもん。

 きっと不安になったら今みたいに抱き締め合って。

 全身で相手を感じて。

 そして、幸せに満たされていく。

―― そんな関係でいたい。ううん、いてやるんだから!

 手に入れた幸せ。この幸せをずっとずっと手放したくないから。

 ウチは更にハルを強く抱き締めると……。

「うん。そんときはう〜〜〜〜んと甘えちゃうから覚悟しなね」

 浮かべられる最高の笑顔と言葉でもって了承するのでありました。


←前へ  目次へ  次へ→