第七十二話「心友−過去−」

 芦原春賀。
 同じ日、同じ時間、同じ病院で生まれた。生まれてからずっと一緒に育った俺の心友。
親しい友と書いて『親友』じゃない。心の友と書いて『心友』だ。
 そう呼ぶには理由があった。
 その意味をこれから話す。
 今でも鮮明に覚えているあの時のことを。

 そう、あれはもうすぐ4歳になろうという頃の話しだった。

 風呂から出てジュースを飲みながらテレビの電源を入れたとき、そいつは突然とやって
きた。いきなり周囲が暗くなって、見たこともない場所が視界に広がったかと思うと頭に
『助けて』という小さな声が響く。
 反射的に俺は立ち上がった。
―― 今の何だろう。何か胸が……。
 わけもなくドキドキした。迷子になったときのドキドキだ。独りぼっちになって不安で、
寂しくて、怖くなったときと同じだった。
―― 何か……嫌だ。
 独りでいたくない。安心したい。体は勝手に母さんを求めて走り出していた。部屋から
廊下に出るとハルのおばさんと話してる母さんが見えて思わず飛び付いてしまう。
「あらあら。急にどうしたの? お風呂から出た報告かな。でもね、お母さんは大切なお
話をしてるからお部屋で良い子にしてて、ね?」
 母さんの言葉に俺は背中に埋めた顔を左右に振る。ドキドキが収まらないのに離れたく
なかった。
「甘えん坊さんね」
 そう言ってから母さんは優しく頭を撫でてくれた。嘘のようにドキドキが収まっていく。
「俺、へやいく」
 ドキドキは収まったし、母さんを困らせたくなくて俺は離れた。
「あ、ちょっと待って」
 リビングでもう一度テレビを見直そうと踵を返とした所でハルのおばさんに呼び止めら
れる。
「なに?」
「うん。あのね、ウチのハルがどこにいるか彩樹君は知らない?」
「ハル? ハルはおうちでしょ? だって、こうえんでバイバイした。……ハル、いないの?」
 母さんの温もりで収まったドキドキが再発してしまう。今度はさっきよりも強く、激し
く。と、その時だった。
―― ……。
 また、聞こえた。今度はハッキリと誰の声だかわかった。
「う、うん。そうなの。今はお巡りさんとウチの人とで探してるんだけどおばさんも一緒
に探そうと思って」
「だからお母さんはおばさんのお家でハル君を待っていようと――」
 体が勝手に動く。気付けば裸足のまま夜空の下を走っていた。後ろで母さん達が何か叫
んでいたけど気にしてなんかいられなかった。

 だって、きこえたんだ。

 なきそうなこえで『あ〜や、たすけて』って。


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