第六十六話「過去を振り返り……そして」

 キーコーキーコーキーコー。
 どこか心を落ち着かせる独特な音を発しながらふたつのブランコが揺れる。子供の頃は
大きく感じていたものも今では小さく座るのも窮屈で、俺たちも成長したんだな〜と実感
させられた。
 隣で同じようにブランコを揺らしているハルも同じように思ったのか、
「小さい」
 小声で呟くと俺に向かって微笑を浮かべた。
「10年以上も経ってるしな。小さくなってない方がおかしいってもんだ」
 努めて笑顔で答えるも心の中は重く沈んでいた。
―― この笑顔とも今日でおさらばか。
 これからする『俺離れ』をすれば笑顔だけじゃない、今後は顔をあわせても言葉をかわ
すこともなくなるだろう。そこまでしなくともいいんじゃないか。
 ふとそんな考えが頭に浮かぶ。別の方法があるんじゃないかと。だがウダウダ考えて二
人の関係が壊れるくらいなら、俺との関係が壊れる方がいい。
―― ハルと晴香が幸せになるならそれでいい。
 浮かんだ考えに対して俺は即座に心の中で思った。
「そういえばここだね」
「あ?」
「オレがあ〜やと、オレ達が晴香と出会った場所さ。あ〜やとはこのブランコで、晴香と
はあそこの砂浜で出会ったんだ」
「……そうだっけか?」
 思い出せず俺は首をひねった。
「そうなんだよ。そういや、あ〜やと出会ったきっかけは喧嘩だったっけ。それ、あ〜や
が座ってるブランコをどっちが先に使うかでね。結果、5分戦った末にオレの負け。しか
も攻撃1発も当たらなかった」
「そんな出会いで友達になるか?」
「なるはずないさ。普通ならね。けど、あ〜やは普通じゃなかった。普通なら勝ったあ〜
やがブランコで遊ぶはずなのに、あ〜やは『ナイスガッツだ!そのガッツに免じて使って
いいぞ!』とか言って譲ってくれたんだ。普通じゃないだろ?」
「……だな。スポコン漫画じゃあるまいし」
 いったいその時の自分は何を考えていたんだと思わず嘆息が漏れた。
「だね。けど、オレはそんな普通じゃないスポコンなあ〜やだから友達になった。一緒に
いれば楽しいと思ったからね。実際、一緒にいて楽しかったし。で、晴香と出会ったきっ
かけも喧嘩だった。ほら、あそこさ」
 真っ直ぐにハルは砂場の中央を指差した。
「小学校の入学式1日前にあそこで晴香がイジメられてて、オレが助けに入ったけど返り
討ちにあって……」
「……そういや、そうだっけな」
 話しを聞いている内に段々と記憶が蘇ってきた。
「後からやってきたあ〜やがそれを見てイジメてた連中を退治したんだ」
 俺は小さく頷いた。
―― 砂場って地形を有効利用したっけな。
 まずは砂を顔に向かって投げつけ、連中の視界を奪った後で蹴り倒し、泣いて謝るまで
踏み続けたんだ。後でそいつらの親が抗議に来た。無抵抗の我が子に怪我をさせるなんて
どんな教育をしてるんだと。
 ちょうど仕事を休んでいたクソ親父は抗議に対してのらりくらりとこう答えていた。
『負け犬ってのは負けた理由を偽るもんです。ああ、そうそう。どうしてかこいつの友達
が怪我したそうなんですよね。どっかの負け犬が噛みついたから、ウチの狂犬が噛みつい
たんじゃないかな〜と思われるんですが。……何でしたらしかるべき所で話しをつけても
構いませんが、いかがですかね?』
 騒いでいた親達はその言葉を聞くなりすごすごと退散した。そこまで大げさにしたくな
かったのと、我が子に非があると悟ったからだろう。
―― 考えてみるとクソ親父を尊敬したのはあれが最初で最後だったな。
 それ以降の事は思い出すのも嫌な事ばかりだ。顔すら思い出したくもない。
「あの時のあ〜やは少し怖かったけど、それよりも格好良かった。……だからだよな」
 ふっと明るかったハルの顔に暗い影が差した。少し俯いてから俺を見る。
「だから晴香は最初にあ〜やを好きになったんだ」
 向けられた瞳。そこにはありありと嫉妬の光が宿っていた。羨ましい、と。
―― 何だ、十分に独占欲あるんじゃねえか。
 ただ、それも『俺離れ』出来ていないから表面化していない。
 ならどうするか。答えは簡単だ。
―― 『俺離れ』させてやればいいんだ。
 俺がハルの幸せを壊す存在になりうると思わせればきっと表面化するに違いない。
―― ……やるか。
 これほどのチャンスは二度とやってこないと思い、俺は計画を実行に移すために、
「そういや、買い物中に言われた。俺の子供が産みたい、だとさ」
 親しさを微塵も感じさせない、相手を逆撫でするような声色で言った。
「晴香はまだ俺が好きみたいだぞ」
「そ、そうみたいだな」
 微妙に焦りのある声。ハルの目線はすでに俺の方へは向いていなかった。

 大きく息を吸い込む。

―― 悪いな、ハル。

 心の中で先に詫びてから、

「じゃあよ。……晴香を俺がもらってもいいよな?」

 俺は――十数年の年月を経て築き上げてきた友情をぶち壊す言葉を口にした。

ここまでしなくても良かったかな〜。


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