五十四話「熱い夜の始まり」
「ロリ?」
「ペド?」
 晴香と春賀は同時に問いかけてくると、
『サイテ〜』
 ゴミでも見るような目で俺を見た。
「待て待て待て」
 非常に不本意な誤解を止めようとするが、
「ねえ、可愛い可愛いお嬢ちゃん。何歳かお姉さんに教えてくんない?」
「む。子供扱いするでない! 年はまだ8歳じゃがすでに大人の世界を知っておるぞ!」
「8歳。8歳だってよ。犯罪じゃん。サツよぼ〜よ、サツ。あ、でも自首の方が罪も軽く
なるっていうし自首を 勧めた方がいいよね」
「……あ〜やがペドフィリアに。オレの魅力が足りなかったのが原因かも」
 二人はどんどん勝手に誤解を深めていく。
「そっか。だから迫ったときに受け入れてくれなかったんだ。そりゃ幼女趣味じゃウチが
迫っても受け入れ てくれないはずだよ」
「オレが迫っても受け入れてくれないのも納得」
「そりゃお前が男だからだ!」
 春賀の頭に踵落としを叩き込む。
「ナイス踵」
 平然とした表情で春賀が親指を立てた。
―― ぜんぜんきいてねえし。
 こっちもかなり手加減していたから当然といえば当然だが、その余裕ぶりがややムカつ
いた。
「あああ〜〜〜〜!! ったく。いいかお前ら、よ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜く耳の穴か
っぽじって聞けよ」
「うい」
「聞こうか」
 なぜか正座する二人。
―――まあいいか。
 やや面倒だったが、30分ほどかけて棗に買われてからのこと、決縁者―つまり俺が棗
と恵の婚約者 であるということ、言う必要もないと思ったがいちおう現在の勝負内容も教
えて誤解を解いた。

「そういうわけだ。あ〜喋り疲れた」
 やや重くなった顎をさすりながら俺は嘆息する。
 で、話しを聞き終えた晴香と春賀は内容を頭の中で整理しているのかうんうん唸ってい
たが、しばらく して……。
「よし。お風呂いこ」
「だね」
 そう言うと、晴香は棗の、春賀は俺の手を掴んで歩き始める。
「お、おいおいおいおい! なんだそりゃ!」
 脈絡のない二人の行動に俺は思わず声を上げた。
「な、なぜ私が庶民の狭いお風呂なんて。しかも他の人間の前で肌を晒すなんて絶対にお
断りです!」
「だいじょ〜ぶだいじょ〜ぶ。何事も最初は怖いもんだよ。けど、1回経験しちゃえば怖
いのなんてなくなるって」
「何を根拠に言っているのか教えてほしいものね!」
「経験者は語るってヤツかな。怖いことも、痛いことも、ふふ〜ん……気持ちいいこ・と・
も・ね♪」
 妙に艶っぽい声で言いながら晴香は棗の胸を軽くつついた。
―― あのバカ。何て命知らずな行動を。
 俺は焦った。
 棗に対してあんな事をしたら……。
「お嬢様に対するふしだらな行為は許されません。抹消いたします」
 案の定というか予想通りというか現れた玲子が釘バットを振り上げていた。
―― ヤバイ。
 何か釘バットを受け止めるモノをと視線を巡らせるも何もなかった。
「くそっ。こうなりゃ」
 腕で受け止めてやると晴香とバットの間に入ろうとするよりも早く、
「おやめなさい!」
 凛とした、それでいて鋭い声が玲子の動きを止めた。
「お嬢様……ですが」
「いいのよ。貴女は下がってなさい」
「……かしこまりました」
 何とも不満120%な表情ながらもそう答えて玲子は姿を消した。
「うっわ。なにいまの女の人。メイドさんと見せかけて忍者? いや、女だからくの一っ
てやつじゃん。うっわ。かっこいいかも」
「使用人が迷惑をかけました。心より謝罪します」
 深々と棗が頭を下げる。
「え、あ、いいよいいって。ウチが調子にのって胸なんかつついたのがいけないんだし」
「……それもそうね。なら謝りなさい」
「うっわ、変わり身はや。けど〜ま、いっか。調子にのってごめんなさい。これでいい?」
「結構よ。では浴場の方へ参りましょう。たっぷりと訊きたいこともあることですし」
 棗が挑戦的な笑みと共にそう言った。
「受けて立とうじゃないの。ウチもた〜っぷり教え訊かせたいことあるんだから」
 対する晴香も負けじと言い返す。
『………………』
 しばしのにらみ合い。
『ふっふっふっふっふっふ』
 両者とも不気味に笑いながら脱衣所の方へと消えていった。
 二人の姿が見えなくなった所で、
―― 女湯で銃声が鳴り響かないのを祈るばかりだな。
 俺はため息をもらした。
「さあ、あ〜や」
 そんな不安などまったくもって知らない春賀が俺の肩を掴んで、
「オレと熱い夜を過ごそうか」
 耳元に囁きかけてくる。
「わかったから、そういうのはや・め・ろ!」
 渾身のひじ鉄を脳天に決める。
 今度ばかりは地面に倒れたまま動かない。昏倒したようだ。けどまあ、喧嘩慣れしてる
こいつの事だから大丈夫だろう。
 それに……。
「湯に入れば嫌でも起きるだろうしな」
 そう結論づけると、俺は春賀の襟首を掴んでそのまま脱衣所へと向かう。
―― 久しぶりの春の湯か。
 自然と心が躍った。

ハルカとお風呂編開始!


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