第三十九話「若人よ、行動せよ!」

 銃声を耳にして俺は飛び起きた。
「なんだなんだなんだー!?」
 首を巡らせた俺はすぐにその原因を見つけた。
「棗?」
 自動拳銃を手にした棗がこっちを鋭く睨みつけて立っている。その目はまるで長年探し
続けた仇でも見ているような光をもっていた。
「彩樹から離れなさい!」
 叫ぶと同時に地面に向かって一発撃ってきた。吐き出された銃弾が地面をえぐる。
「……」
 実弾だった。
―― 当たったら痛いじゃすまねえ。
 たら〜りと頬を汗が伝い落ちる。
「もう一度だけ言います。彩樹から……離れなさい」
「お断りです」
「殺す、そう言っても?」
 再び銃声が轟き、恵の右頬に小さな裂傷ができた。
 けれども恵は憶することなく、
「そう易々と殺されませぬよ。本気になった妾の力……見くびられては困りますのう」
 着物の帯から小刀を取り出す。
「おいおいおいおい」
 ピリピリとしたを軽く通り越した雰囲気に俺は内心焦っていた。
―― やる気だ。こいつら本気でやる気だよ。
 銃vs小刀。
 どっちが有利かは一目瞭然だが、恵も法光院という常識の通じない所の人間だ。実力は
互角とみてもいいだろう。つまり、どっちも怪我だけじゃすまないってわけだ。
 張りつめた空気。両者とも互いの動きを見極めている。
―― どうするどうするどうするどうする。
 俺は必死に最良と思える行動を考える。
「いざ!」
 そんなことしている間に小刀を逆手に持ちなおして恵が地を蹴った。同時に棗が引き金
を引く。
「ば、馬鹿!」
 当たる。そう思った。
「ぬっ!」
 ところが恵は横に跳んで銃弾を避けやがった。
―― は、8歳にしてこの身体的能力は……ばけもんだろ。
 身体的能力もさることながら慣れているのもあるようだった。そのまま恵は右に左に跳
んで銃弾を避けながら距離を縮めると、棗の懐に潜り込む。
「お覚悟!」
「そう簡単に!」
 銃を投げ捨て棗は上着の内ポケットから大型のナイフを取りだし、襲いかかる恵の小刀
を受け止めた。
「さすがに接近戦では妾に分があるようですのう」
「くっ。だからといって私は……負けられない!」
 つばぜり合いは終わり、斬撃がぶつかり合う激闘が開始した。
 この状況は非常にまずい。
―― このままじゃ流血の惨事だ。
 それだけは避けないとならない。どうにかして円満とはいかないまでも速やかに争いを
止める必要がある。
「だが方法が思いつかねぇ。どうするどうするどうするどうする!」
「悩む前に行動あるのみ。前に進まねばあの二人のどちらかが傷つくぞ」
 声に驚いて振り返ると、ボロボロの服を着た神氏が両腕を組んだ格好で立っていた。
―― い、いつの間に。
 突然の出現に思わず身を引いてしまう。
「時に男は何も考えず突っ走ってみるものだ」
「突っ走ってみるもんだって………」
 未だに二人は斬り合っている。下手に突っ走ったらザックリと斬り裂かれかねない。
「情けない。もし行く勇気がなかなかわかないと言うのなら………儂が力ずくで前に進ま
せてやってもよいが?」
 太い指の関節を鳴らしつつ、満面の笑みで神氏が歩みよってくる。
―― まさか殴り飛ばしてあいつらの所に飛ばそうってんじゃ。
 ありえる話しだけに冷や汗が全身から吹き出てきた。
 ザックリかドカメキグシャか。非常に勘弁してほしい二者択一。
「ああああ! くそ! もう、どうにでもなれってんだ!」
 気合いを入れるために両頬を叩くと、刺される覚悟で俺は二人の元へ走った。
 丁度そのとき、
「彩樹は渡さない!」
 棗が恵の手から小刀を弾き飛ばしていた。そしてトドメと言わんばかりに返す腕で恵に
斬りかかろうとした棗を、
「こんの馬鹿!」
 俺は横から飛びかかり、そのまま地面に押し倒した。
「何やってんだよ!」
「それはこっちの台詞です! 退きなさい!」
「退けるか! なに姉妹で殺し合いじみたことしてんだよ!」
「私は殺すつもりです! 私の一番大切なモノを奪おうとするなんて万死に値するもの!
退きなさい!」
「退かねえっての! ああ、くそっ!」
 このままじゃ埒があかないと思い、俺は棗を抱きかかえた。
「え、ちょ、彩樹?」
 ほんの少し顔を紅くして困惑する棗はこの際気にせず、どっか落ち着いて話しをできる
場所はないかと必死に首を巡らす。
「あそこか」
 2,3巡りされたところで丁度いい場所を見つけた。
「彩樹!」
「話しは後で聞いてやるからそこで待ってろ!」
 恵の呼びかけに俺はそう答え、話すには丁度良い"あの遊具"に向かって走った。

 行ってしまった。
 もう見えなくなってしまった彩樹と抱えられた姉上。
「やはり妾よりも姉上の方を選ぶのか」
 今までに感じたことのない胸の苦しさに思わず手で押さえた。目には涙すら溜まって泣
きたくなってしまい気持ちにすらなる。
 と、
「そう早合点するものでもないだろう」
「お祖父様」
 後ろからお祖父様に抱き上げられる。
「彼は戻ってくると言っておった。まだまだチャンスはある。それとも何か? 恵の彼に
対する"想い"とはそんな簡単に諦められるものなのか? その程度のものなのか?」
「違います」
 即座に妾は首を横に振った。
 たった3回しか逢ったことがない。でも、心から彩樹とずっといたいと思った。
 理由は簡単だ。優しくしてくれたこと。
―― 何より。
 法光院の人間と知っても特別視しないことが嬉しかった。
 けれど。
「のうお祖父様」
「何だ?」
「妾のこの想いは単なる憧れからくるものなのじゃろうか」
「どういうことだ?」
「妾はこの気持ちが知りたくて色々な書物を読みました。いんたーねっとで検索して調べ
もした。それらを読んでいると必ず妾のような幼い者が彩樹のような者に抱く気持ちは憧
れだとありましてのう。単なる一時的な感情だと。この気持ちもそうなのじゃろうか……」
「ならば儂はもう一度言おう。恵よ、お主のその"想い"はその程度のものなのか?」
 その問いが心に届く。答えなどすぐに出た。
「違います! 妾は彩樹といたい! 妾を温かく包み込んでくれる彩樹と!」
「ならば儂は恵の手助けをしてやろう」
 お祖父様は柔らかい笑みを浮かべると、その逞しい腕を高々と上げた。
 その数秒後、 一機のヘリが現れ、ゆっくりと着陸した。
「お待たせいたしました」
 ヘリからひとりのメイドが降りて頭を下げる。とても綺麗で、けれどもどこか人形のよ
うな人物だと思った。
「おお、メイド長。書類の方は終わったのかね?」
「はい。故に私はここにいるのです」
「そうか」
「新しいお召し物でございます。……随分苦戦なさったようでございますね」
「まあな」
 新しい服を受け取ったお祖父様は小さく頷いた。思えばお祖父様は服がボロボロだった。
「お祖父様、いったい何が」
「うむ。ゴウリキや玲子、それに盟子達と戦った。実に充実した時間じゃったよ」
「お倒しになったので?」
「いや。お主達が気になったので途中で切り上げてきた。再戦を約束してな」
 まるで子供のようにお祖父様は笑った。
「なんとも」
 相手はひとりで100人の殺し屋を相手にできるような輩だ。万が一ということもあり
えないというのに。
「お祖父様も少しは年をお考えにならぬといけませぬ」
「ふっ。これだけは死んでもやめられぬよ。さっ、儂のことなどどうでもよい。行ってく
るのだ」
 お祖父様は私を下ろした。
「はい、お祖父様」
 目元に溜まった涙を着物の袖で拭い去ってから妾は力強く頷いた。
「メイド長。恵を頼むぞ」
「かしこまりました」
「お祖父様」
「ん?」
「勇気をくださりありがとうございます。妾はきっと彩樹をものにしてやりましょう」
 お祖父様に向かってVサインしてみせる。
 それに対して、
「頑張るがよい」
 お祖父様もVサインを返してくださった。

「さて、着替えるとするか」
 恵を乗せたヘリコプターが見えなくなったところで儂は周囲を見渡し、着替えができそ
うな場所を探した。
「あそこでよいじゃろう」
 近くの体感型アトラクションへと足を向かわせる。
「それにしてもあの恵が恋とはな……。まだまだ幼いと思っておったが、いつの間にか成
長しておったのだな」
 何だかそう思うだけで一気に年を取った気がする。だが、楽しみがひとつ増えた。
「……曾孫の顔が楽しみだ」
 棗にしろ恵にしろ、きっと可愛い曾孫が生まれることだろう。
―― まだまだ死ねぬな。
 儂は心からそう思った。

待っておれよ、彩樹!

というわけで続くぞ。


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