第三十八話「和vs洋」

 堂楽園遊園地。
 遊園地ではもっともメジャーで有名な所だ。入場無料という点でも赴きやすいのだろう。
園内では毎週日曜上演されているヒーローショーが子供に人気だ。
 アトラクションも子供が楽しめるものが多い。かといって大人向けのアトラクションが
ないわけではない。現在最高速度を誇るジェットコースターやカップル限定のイベントな
どもある。他にも週末イベント・夜ならではイベントなども目白押し。
 日々進化する、様変わりする遊園地。大人も子供も楽しめる遊園地。
 それが堂楽園遊園地であった。

 で、その堂楽園遊園地に訪れた俺は、
「なんじゃこいつら」
 目を丸くしてしまった。
 着物。着物着物着物着物着物着物着物着物着物。
 大人も子供も老人も、終いには赤ん坊まで。従業員はおろか客もみ〜んな着物姿だった。
「ほむ。どうやら今日は『昔に還ろう』というイベントをやっておるらしいのう。来客者
には全員着物姿になってもらうと書いてあるな」
「ふ〜ん」
 園内を見渡すと、客が一列になって並んでいる。その列の先には小さな城があった。入
り口付近では従業員が客に向かって何かを言っている。
「どうやらあそこで着替えるらしいの。行くとするか」
「了解」
 俺は恵の後に続いて列の最後尾に並んだ。

 それから10分して城の中に入り渡された着物に着替えた。
「ほ〜なかなか良く似合うぞ」
「サンクス」
 着物なんぞ着たことがないので少し気恥ずかしかった。ちなみに俺は紺一色の着物だ。
「お前はさしずめお忍びで城下町に現れたお姫様だな」
 恵を見る。
 白の生地に赤い花柄の着物がよく似合っていた。立ち姿もぴしっとしているし、本当に
一国のお姫様と言っても皆が頷くことだろう。
 ロリコン野郎がいたらシャッター全開で撮りまくっているに違いない。
「よく似合ってっぞ」
 素直に俺は感想を口にすると、
「そうか」
 恵は顔を赤くして俯いた。
―― う〜む。可愛いもんだ、ホントに。"あのん"の小さい頃を思い出すな〜。
 ふと幼い頃の妹を思い出した。
「よ、よし。では早速遊びにいこうぞ!」
「そうだな」
 頷いて俺は城を出た。
「彩樹、まずはあれじゃ!」
 先を行く恵が指さしたのはコーヒーカップだった。
「いいけどあんまグルグル回すなよ」
「なんじゃと!? あれは回してこそ楽しめるのだぞ」
 俺はやれやれとため息を吐いて、
「俺は回転モノが苦手なんだ」
 素直に弱点を告白した。
 妹にさんざんコーヒーカップで回されれば誰だって苦手になる。
―― あんときの吐き気と眩暈はホントに死ぬかと思ったからな〜。
 思い出すだけで気分が悪くなった。
「何じゃ情けない。日本男児がコーヒーカップに弱いとは言語道断じゃ! よし、ならば
特訓しかないのう」
 にんまりと恵が笑う。
―― あ〜、やっぱ姉妹だ。
 それは棗が何か思いついたときの顔とそっくりだった。
「な、何でだよ」
「妾は情けない男は嫌いなのじゃよ。ほれ、早速修行じゃ!」
 背中をぐいぐい押される。
「へいへい。わかりましたよ」
 諦めて俺はコーヒーカップに向かった。

 3分後……。
「ぐは〜〜〜」
 吐き気と眩暈のダブルアタックに襲われてベンチに倒れ込んだ。
「なんとも情けないのう」
 そんな俺を心底情けないという顔で恵が見下ろしてきた。
「あ、あのな〜〜〜……うぷっ」
 わき上がってくる吐き気に思わず俺は口を押さえた。
 まさに地獄としか言えない3分間だった。
 動き始めてすぐに回された。そりゃあもうこれでもかってくらいに。
―― 絶対に乗らねえ。こいつとコーヒーカップは絶対に乗らん。
 心の中で堅く、ダイヤモンドよりもかた〜く誓った。
「うあ〜〜〜」
 未だに視界が廻っていた。ベンチの上に横になる。
「大丈夫かえ?」
「きも〜〜〜。朝飯少しにしといてよかったぜ」
 モリモリ食ってたら間違いなく嘔吐していたに違いない。
「ほむ。どれ、妾が膝枕をしてやろう。堅いベンチに寝ころんでいても治りにくいじゃろ
うしな」
「いや、別に時間かければ治るだろうし」
「何を言う。それでは妾と遊ぶ時間が減るではないか。ほれ、頭を上げよ」
「む〜」
 10歳も年下に子供扱いされたのは癪だったが、それよりも眩暈と吐き気にやられてい
たので素直に頭を上げた。
 ベンチと頭の間に滑り込むように恵が座る。
「よいぞ」
 頭を下ろすと柔らかいような、それでも少し堅いようなそんな感触を後頭部に感じた。
「どうじゃ?少しは楽になったかえ」
「ん〜まあ少しは」
 答えて俺は目を閉じた。
―― 10歳も年下の子供に膝枕されるなんざ情けね〜。
 そう思うも吐き気と眩暈がわずかながら軽くなったような気もする。
―― とりあえず一刻も早く治すか。
 一刻も早く治すために俺は少し眠ることにした。

 膝枕をしてやると彩樹は規則正しく寝息を立て始めた。
―― ふむ。こういうものか。
 なかなかに気分の良いものだった。
 自分の膝の上で気持ちよさそうにしている。そう思うだけで心に何か温かいものがわき
上がってくるような気がした。
―― やはり妾の決縁者は彩樹しかおらぬ。
 妾は自分の手を見た。
 今、妾の両手は極薄の透明手袋に覆われている。万が一にも自らが望んだ者以外の相手
に触れられても大丈夫なように。
―― これを外して彩樹に触れれば。
 彩樹は自らの決縁者となる。姉上と同じ位置に立つことができるのじゃ。行動を決意し
た妾はゆっくりと右手の手袋を取った。
―― 後は触れるだけで……。

 その頃、堂楽園遊園地入り口付近。

「ゴウリキ、そこをお退きなさい」
 私は行く手を阻むゴウリキに向かって言い放った。
 しかし彼はじっと私を見たまま微動だにしない。代わりに周囲にいた着物を着た女達が
一斉に動き、私を行かせまいと壁を作った。
―― なるほど。着物イベントなんておかしいと思いました。
 全てが恵のメイド……侍女達だ。
「どうあっても私の彩樹を奪おうというのですね」
「それが恵様の望みであるのならば私共はあのお方の望みを叶える為に行動するのみ」
 そう言ったのは恵の侍女。ひとりだけ着物の色と模様が違うその侍女には見覚えがあっ
た。
「確か侍従長の盟子でしたね。優秀だと聞くけれど……玲子」
「はっ」
 隣に玲子が姿を現す。
―― 戦闘能力で玲子には勝てないはず。
 現に今まで玲子に勝つことのできた者はいない。
「この連中に自分たちの行動がいかに愚かであるか思い知らせなさい」
「全力で思い知らせて差し上げます」
 玲子が右手を挙げる。それが合図となって他の暗部メイド隊が姿を現した。
「そちらが武力でくるならばこちらも」
 盟子が着物を掴み、脱ぎ放った。
「全力でいくのみ」
 着物の中に隠れていた真の姿を侍女達がさらした。手にはクナイや手裏剣、鎖分銅、小
太刀と多彩だ。逆に服は鎖かたびらの上に動きやすい衣を着込んでいる。
 その出で立ちは正しくくの一だった。
―― 恵らしい部隊だこと。
 なかなか手強いだろう。数もあちらが多い。
 だが彼女たちの相手をしている暇はない。こうしている今も彩樹に恵が触れようとして
いるかもしれない。そう思った所で私は気になった一点を問うことにした。
「ひとつ質問します」
「なんでございましょう」
「恵は手袋を外していませんね?」
「……ここを訪れた時点ではしておりました。ですが今はどうかという事でしたらお答え
できません」
 盟子はあっさりと質問に答えた。しかも望まない答えを誘発するものを。
「そう。それが聞ければもう用はありません。……やってしまいなさい!」
 私の一声で玲子達が一斉に地を蹴った。同時にくの一達とゴウリキも一斉に動く。
「連中は私達にお任せください。お嬢様は一刻も早くお二人の元へ!」
 そう叫び、玲子は自動拳銃と予備弾倉を放り投げてきた。
「任せます」
 それらを受け取りながら私は頷いた。
 轟く銃声。響く金属。すぐさま遊園地は激しい戦場と化した。ひとつでもミスを犯せば
死が待っているだろう。
―― あそこから。
 その戦場の隙間を見つけ、そこから抜けようと足に力をこめたその時だった。
「いか……せない」
 ゴウリキが私の前に立ちはだかり、同時に一機のヘリが頭上を通過した。
―― 援軍?
 私が訝しんでいると、空から大きな人影が落下してくる。
「お、お祖父様」
 間違いなく落下してきたのはお祖父様だった。
―― けれどなぜここに?
 わからない。理由すら思いつかなかった。
「ふむ。どうやら丁度良いときにやってこられたようだな」
 混乱する私をよそに戦う者達を見てお祖父様は口元を緩めた。
「お祖父様。何をしにいらっしゃったのですか?」
 私の問いかけにお祖父様は嬉しそうに言った。
「もちろん戦う為だ。最近歯ごたえのない者ばかりしかおらんでな。ここにいる者達であ
れば楽しませてくれるだろう」
 そう言うやお祖父様はゴウリキに殴りかかった。
「むっ?!」
 攻撃に反応してゴウリキは後ろに跳ぶ。間を置かずしてお祖父様の拳が地面に突き刺さ
った。ひび割れた地面から拳を抜くお祖父様は実に楽しげな顔をされていた。
「はっはっはっは! いいぞ。今のは当たると思ったが避けるとは……楽しめそうだ」
「邪魔……するか」
「とうぜんじゃろう」
 お祖父様は目を見開いた。
「儂は孫が一番大事じゃなからな!! 孫ラブじゃ!」
 何ともお祖父様らしい理由だった。
「さあ、棗よ。共に行くぞ! お前の行く手を阻む者は儂が全て蹴散らしてくれよう」
 お祖父様はゴウリキに向かって駆けた。私はその後に続く。
「とりあえず、吹っ飛ぶがよい! ゴウリキよ!」
 お祖父様がその太い右腕を横薙ぎに振り抜いた。
「凄い」
 飛んだ。文字通りゴウリキは5メートルほど吹き飛んだのだ。2メートル以上もあるあ
の巨体が軽々と。
―― ああ、昔にも増してお祖父様はお強くなられている。
 きっとこの人は死ぬまでお強いままなのだろうと思った。
「さあ、二人はこの先にいる。彩樹君を奪い返すも奪われるもここからはお前次第だ。…
…頑張るのだぞ」
 大きな手で頭を優しく撫でられる。
「はい」
 私は深々と頭を下げ、お祖父様が指し示した方向へ走った。
―― 彩樹。彩樹。彩樹。
 走りながらその姿を探す。不安だった。もう恵に触れられてしまったいるのではないか
と。怖かった。彩樹が私だけのモノでなくなることが。
 早く。少しでも早く彩樹が見たかった。
「あ」
 見つけた。
 ベンチの上に横になっている彩樹とその彼を膝枕する恵。
「くっ……」
 それを見たとたん、胸の奥から怒りがわき上がってきた。
―― 許せない。
 瞬間的に思った。
 彩樹に膝枕をしていいのは私だけ。あの幸福感を感じていいのは私だけなのに。
―― それを……。
 私は玲子から受け取った銃を空に向けて撃った。
「恵! 彩樹から離れなさい!」
 生まれて初めて心の底から恵を殺したいと思った。

次回は姉上が怖そうなのじゃ〜〜


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