第三十七話「お殿様の苦労?」

 一週間後……。

「う〜〜〜〜む」
 山積みの書類を見ながら儂は唸った。
―― 言うべきか、言わざるべきなのか。
 それが問題だ。言えば棗と恵の仲に深刻な亀裂が生じる可能性がある。だが言わなくと
も直に棗は事実に直面するだろう。実際問題後で知るか、先に知るかなのだ。
「しかし、どちらが良いものか。う〜〜〜〜む」
 再び唸ることになる。
「神様、手が止まっております。今日中にあと2000枚ほどの書類を見て頂かねばなり
ません。このままではお休みの時間を削っていただくことなりますが?」
 後ろからメイド長が小言を言う。
「わかっておる。じゃが今抱えている問題はこのような紙切れよりも重大だ。これにより
法光院家の未来が左右されると言っても過言ではないだろう」
「それは一大事でございますね」
 そう言っている割には声に抑揚がなく、大事件と思っているようには思えぬ口振りだ。
―― まあ、メイド長が今までに感情を表に出したことなどないのだが。
「あ〜、つまり儂にはこれを見る余裕がない」
「かしこまりました」
 そう言うや否やメイド長は書類に目を通し始める。
―― これで考えに専念できるな。
 彼女は優秀だ。しかも儂の性格を良く知っている。後は彼女が全ての書類に目を通し、
儂がサインするであろう書類だけを選別してくれるだろう。
「さて、言うか言うまいか」
 再び悩み始めようとして、
「総合的な結果を考えて私はすぐに棗様へお伝えすることをお奨めいたします」
 書類に目を通しながらメイド長が言う。
「ん? 知っておったか」
「神様の知っている事を知るのは私の勤めであります」
「ふむ。ではなぜそう思ったのか聞かせてくれ」
「はい。この問題はいずれ表面化いたします。その問題を後に知った場合を想定いたしま
すと、棗様の性格からして……神様に何らかの報復をされると予想できます。さらに神様
に対する好感度も底辺にまで落ちてしまうかと」
「む。報復もさることながら棗の好感度ダウンはいかん!メイド長、電話だ!」
 孫に嫌われることだけは避けねばならない。
「すでにご用意しておりました」
 すかさず受話器が差し出された。
「うむ」
 手にとって耳に当てる。即座に繋がった。
「はい」
 男の声。相手は運転手のルクセインだった。
「棗を頼む」
「かしこまりました」
 返事の数秒後、
「棗です」
 受話器から発せられた可愛い孫の声に思わず笑みが零れてしまう。
「おお〜可愛い棗や。儂だ」
「ごきげんよう、お祖父様。何かご用なのでしょうか?」
「うむ。実は……な」
 ひとつ咳払いしてから儂は恵の事を告げた。
 先日の電話の内容。
 『すでに決縁者のいる者に触れた場合、自分もその者の決縁者になれるのでありましょ
うか』という恵からの問い。その問いに対する答えとして儂は可能だと答えたことを。
「どうしてそのようなお答えをしたのです」
 何かを押しとどめた声。何か、とは怒りに違いないだろう。
「掟には決縁者はひとりとはなっていない。故に可能だと答えた」
 心の中で詫びながらも儂は冷静に答えた。
「なぜもっと早くにその事をお教えいただけなかったのでしょう」
 今度は冷たく、刺すような声で問いかけてきた。
―― ああ、棗の儂の好感度が下がっておる。確実に下がっておるぞ〜。
 儂は心の中で泣いた。
「それはすまぬと思っている。だが恵も可愛い孫。手助けがしたいと思った。もちろん棗
も同じように可愛い。じゃからこうして話した」
「つまり、奪われたくなければ恵が彩樹に触れる前に奪い返せと?」
「うむ。忘れるな。法光院たるもの――」
「ほしいモノは自分で手に入れろ。自分のモノは自分で守れ」
「うむ。……健闘を祈るぞ」
 通話が切れた。すぐにでも棗は行動を起こすだろう。ならばこちらとしてもすることは
ひとつしかない。
 受話器を置いて儂は立ち上がった。
「どちらへ?」
「孫達の行く末を見に行こうと思う。今回の事は儂にも責任の一端があるしな」
「かしこまりました。ではすぐに移動の準備をいたします」
 それから間もなく移動用のヘリが準備された。
―― さて、どうなるか。
 不安と小さな期待を抱きながら儂は3人が集う場所――堂楽園遊園地へ向かった。

次を待つのじゃ!


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