第三十六話「物々交換?」

 やってきた恵とゴウリキを棗の部屋に通すと、麦茶を30ポイントで持ってくるよう言
われ、渋々ながらも俺は厨房で麦茶をゲットし部屋に戻った。

 部屋の中央では置かれたテーブルに二人は向かい合って座っていた。ゴウリキは恵の横
で目を閉じたまま立っている。
―― まさに守護者って感じだな。
 金剛力士像にも見えた。
「彩樹、はやくもってらっしゃい」
 俺に気付いた棗が手招いた。
「へいへい。どうぞ」
 少し叩きつけるようにして棗の前にコップを置いた。
「ポイントを減らしてほしいの?」
「減らしたきゃご自由に」
 棗の脅しに俺は負けじと答えてやった。すると棗は何やら楽しげに目を細める。
「そう。そんなに私の奴隷になりたいのね。それならそうと言えばいいのに」
「一度脳味噌煮沸消毒してこい」
 睨み合う俺と棗。
 武器確認。右手に高級銀製の盆。左手に麦茶満載のコップ。
 相手の戦力。麦茶満載のコップ。高級椅子。メイド女が近くにいれば近代兵器の使用可
能性有。
―― 今なら勝てる可能性微妙に有!
 左手のコップを握る手に力が入る。
「二人ともやめよ。子供ではあるまいに」
「この自尊心高すぎ馬鹿女が悪い!」
 俺は棗を指さす。
―― こいつほど自尊心の高い女が他にいるとすれば……あの龍泉華琳ぐらいなもんだ。
 要するにほとんどいねえ。
「世話係としての自覚がない彩樹に原因があります」
 その言葉で今まで溜まっていた不満が俺の中で爆発した。
「くぁ〜、言うに事欠いてそれかよ! 俺じゃなかったら普通のヤツは逃げてるっての!
少しはこっちを労る言動を見せろってんだよ! あぁぁぁぁ! もうストライキだ! 仕
事拒否! やってらんね!」
 コップを恵の前に置いて俺は床に寝転がった。働いて働いて、その報酬が更なる苦行…
…。
―― 俺にだって限度があるってんだ!
 今回ばかりは堪忍袋の緒が切れてしまった。
「ご家族がどうなっても良いの?」
「はっ。言うこときかなくなったら最後は脅しかよ。法光院のお嬢様ってのは人間が小さ
いねぇ〜。恵だったらそんな脅しはしねえんだろうな〜」
 言いながら俺はきょとんとしている恵を見た。『な?』という視線を送ると、
「うむ。そうじゃな。妾は人質というものは大嫌いじゃから絶対にそのようなことはせぬ。
何事も正々堂々が妾のプライドであるぞ」
 大きく頷く恵。それを聞いて棗が小さく呻いた。
「こんなことなら棗よりも恵の世話係になりたかったぜ」
 心からそう思った。
 多少の常識外れだが恵ならこんな炎天下の中、だだっ広い敷地の草むしりなど言ったり
はしないだろう。というか間違いなく棗に比べて待遇が良い気がする。
「妾は構わぬぞ」
「却下。不許可。彩樹は私のモノです!」
 一瞬の間を置かずに棗がテーブルを叩いた。
「誰がお前のモノになった!」
「必ずなると決定しているのだから同じ事でしょう?」
 自信満々に棗が言う。
―― この自信は何だ。
 いったいそれがどこから来るのかが未だに謎だ。
―― それもあの"ケツエンシャ"ってやつが関係あるのか?
 そういやその件について質問していなかったことに今更ながら俺は気付いて、
「な、なあ――」
 問いかけようとしたが、
「姉上、そろそろ妾の用件を話させてもらってもよろしいか?」
 恵の方が早かった。
「そうね。彩樹との口論なんて無駄でしかないし。聞かせてちょうだい」
 無駄、というところを誇張して言う。かちんときたがとりあえず黙っておいた。
「今日伺ったのはコレを姉上に渡すためです」
 着物の懐から恵は茶封筒をひとつ取り出し、テーブルの中央に置いた。
「彩樹、取りなさい」
「ストライキ中〜」
「草刈り機の貸し出しと期限を2日延期をしてあげると言っても?」
 計算中。
 草刈り使用によって効率倍増+2日延期によって余裕をもてる=楽して解放までの期間
短縮終了。
「ちっ。仕方ない」
 これも400ポイントの為だと自分に言い聞かせながら、俺は一時的にストライキを解
除した。
「ほらよ」
 茶封筒を取って棗に差し出す。
「……これは、あの有名な老舗旅館『鳳凰楼』の宿泊券。3年も前から予約しなければ手
に入れられないほど稀少なものをよく手に入れられたものね」
「そこは人の繋がりというものです」
「それで、これを私に?」
「姉上への誕生日プレゼントですじゃ」
「いいの?」
「温泉好きの姉上に妾からのプレゼント。受け取ってくだされ」
「ありがとう。ありがたくいただきます。宿泊日は……1週間後ね」
「ええ。1日というのが申し訳ないのですが」
「十分よ」
 そう言う棗の顔は心底嬉しそうだった。そんな棗を見て満足そうにしていた恵だったが、
「それでのう、姉上……」
 急に顔を俯かせてモジモジし始めた。
「なに?」
「宿泊券の礼、というわけではないのじゃが……その、1日だけ……」
 ちらりと上目遣いで俺を見てくる。
「ん?」
「彩樹をお貸し願えぬでしょうか」
「いいでしょう。どうせ宿に泊まれるのは私のみ。その間は彩樹に暇を与えようと思って
いたところでしたし。貸すだけなら構いません」
 してやったりとした顔で棗が俺を見た。
―― 折角の暇が〜
 と嘆くも、
「彩樹、その日は遊園地だ。思い切り楽しもうぞ!」
「お、おお! 遊園地か。久しぶりだから楽しみだな〜」
 満面の笑みを浮かべる恵を見てしまっては笑顔で答えるしかなかった。

つづくのじゃ!


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