第二十一話「大物との対話」

 そう叫んでから即座に俺は口を押さえた。
―― ヤバイ
 相手は棗や恵、そして藍の祖父だ。いきなりキレて攻撃してくるかもしれない可能性を
忘れていた。気付かれぬよう俺はゆっくり後ろに下がる。
―― 拳の間合いから離れねえと…。
 熊のように太い腕、小さなスイカぐらいはあるデカイ拳。あんなので襲われたら一撃で
も致命傷になりかねない。
「ん? 彩樹、なぜ下がっておるんじゃ?」
 あっさりと恵に気付かれた。
「いや、ちっと圧倒されてな」
 頬が引きつるのを感じながら俺は法光院神氏を見た。
 ハッキリと言おう。
―― こいつは老人なんてカテゴリーに入らねえ!
 身長190cmを超え、腕や足は丸太のように太く、手はフライパン並、胸板はライフ
ル弾すら受け止められそうなほど厚い。しかも全身の筋肉は少しも衰えている様子がなか
った。まさに『漢』というカテゴリーこそ相応しい人物だ。
「はっはっはっは! 人間体が資本だからのう。この肉体も日々精進の賜物。なんなら儂
と一緒に鍛えてみるかな? 5年後にはほれ、あやつほどの肉体にしてやろう」
 そう言って神氏が指さした先には、ゴリラと呼ぶに相応しいボディーガードが微動だに
せず立っていた。
「遠慮しとく」
 即座に俺は答えた。
 強くはなりたいと思うが限度ってものがある。あんな筋肉ゴリラになるつもりは毛頭な
かった。
「そうか。実に残念だ。……ところで君は誰だね?」
 いまさら思い出したように聞いてくる。
「ああ、俺か? 俺は――」
「棗姉の世話係をしておる室峰彩樹じゃよ」
「ほう。君がそうか。儂は恵や棗の祖父・法光院神だ。孫が世話になっておるようだね」
 柔和な笑みを浮かべながら人並み外れた右手を差し出してきた。
「え、えっと」
「出会いの握手だ。さあ」
 もう一度神氏の笑顔を見てから俺はその手を見る。
―― 握手なんざしたら手の骨という骨を握り潰されるんじゃねえだろうか
 なにせ相手は笑顔で人を殺そうとする藍の祖父だ。ありえない話じゃないかな〜り不安
だった。素直に握手すべきか、それとも危険を避けるために遠慮するべきか……。
「ん〜〜〜」
 激しい葛藤のあまり自然と唸ってしまう。そんな唸る俺を見て恵が小さく笑った。
「案ずるでない。お祖父様は優しいお方じゃ。笑いながらお主の手を握りつぶそうなどと
はせぬよ」
「はっはっは。そのような心配をしておったか。悪人の手なら容赦なく握り潰すが可愛い
孫の世話係の手を握りつぶしたりなどはせん」
―― 悪人なら握りつぶすのかよ
 と心の中でツッコミながら、
「は、はあ。初めまして、室峰彩樹です」
 恐る恐る神氏と握手をかわす。予想通り皮は堅くゴツゴツしていた。
「そういえば藍はどうした?先ほど銃声がしたからいるのであろう?」
 握手を終えた神氏は恵を片手で抱え上げながら聞く。
「ちと喧嘩になりましての。今頃は着替え部屋を破壊しておるかと」
「信治君と結婚して丸くなったと思ったが相変わらずか。まあ部屋ひとつで怒りが収まる
ようになっただけでも丸くなっておるな。はっはっはっはっは!」
 その時の光景でも想像したのか神氏は空いた手を腰に当てて大笑いしだした。
「笑い事じゃねえだろ。こっちは死にかけたぞ」
「男なら死にかけるくらいの一度や二度や三度や四度は笑い飛ばすもんだ」
「そりゃあんたなら笑い飛ばせるだろうが……ん? つうことはあんたは何度も死にかけ
たのか?」
 ふと気になったので素直に質問する。とたん、神氏はにんまりと笑みを浮かべた。
「知りたいか? いや、知りたいだろう。訊いたのなら聞かなくてはならんぞ」
「いや。ただ単に気になっただけで聞きたいなんてこれぽっちも――」
 聞かなけりゃよかったと思うもすでに遅かった。
「よいよい。みなまで言うな。ならば皆が揃うまで儂の武勇伝を聞かせてやろう」
 否応なしに椅子に座らされる。
「さて、まずは儂が20の頃、アメリカで銃を持った男達60人を鉄拳制裁した話からす
るとしようか」
「はぁ〜」
 ため息をひとつ。諦めて俺は小さく頷く。

 それから藍、棗の両親がやってくるまでの50分間、俺は想像を絶する内容の武勇伝を
聞かされ、不覚にも特撮ヒーローを生で見た子供の如く興奮してしまった。

そして。

 話を聞きながら、大物には常識外の出来事を経験しなければなれないのだとつくづく思
った俺であったとさ。

←前へ  目次へ  次へ→