第十三話「苦・怒・逃!」

 強化合宿と知らされた30分後……。

「……俺は囚人かよ!」
 両腕両足に付けられた鉄球を見て叫ぶ。少し動いただけでじゃらりと鎖が鳴った。両足
のは各10kgで両腕のは各5kg。計30kgの鉄球が俺の動きを鈍くさせていた。
 目的は力――というより肉体の強化のためらしい。
 そんな状態でデカイ露天風呂の掃除をしていた。
「ブツブツ文句を言わずに掃除なさい」
 椅子に座って俺の掃除姿を監視している棗が女王様然として言う。
―― このクソアマ〜〜〜!
 この鉄球振り回してドタマ勝ち割ってやろうかとさえ思う。
「何で掃除してるのが俺だけなんだよ!」
 さらに気に食わないこといえば縁と蘭だ。縁は蘭の肩を揉んでおり、桜にいたっては桐
とのんびり紅茶を楽しんでいやがる。
「奴隷強化合宿じゃなかったのか!」
「あら、言い忘れていましたね。強化するのは彩樹……貴方だけです」
「なぜだ?!」
「お前と違ってウチの縁はきちんと養成学校を卒業してるから強化なんて必要ないの。朝
のお願いだけで訓練は十分。それに大事な縁をそんな目に遭わせたくないし」
 そう言って蘭は後ろにいた縁の顔を胸に抱き寄せ、
「わたくしの桜も同様でございます。桜にはできるだけ休ませるつもりですわ」
 桐は膝の上においてあるクッキーを桜に食べさせた。
「でも彩樹は教育も何も受けていない。云わば素人です。そんな彩樹に私がきっちりと教
え、育て、立派な"奴隷"にして差し上げようというのですから感謝なさい」
「するわけがないだろうが!」
 何なんだこの扱いの落差はと思う。
「そもそも俺は"世話係"であって"奴隷"じゃない。"世話係"として雇われてるんだから掃
除や薪割りはしてやる。だからって鉄球を付けた状態でやってられるか!」
 手にしていたデッキブラシを地面に叩きつけ、俺はつかつかと露天風呂を囲む竹の壁に
近づいた。そのまましばらく壁を凝視する。
「どうかしたの?」
 棗が動きを止めた俺に問いかけてくる。
―― 初日でこれだ。こんな事をあと6日間も続るなんざ……
 壁を凝視したまま大きく息を吸うと、
「やってられっかーーーーーーーーーっ!」
 腕の遠心力を使った強烈な鉄球の一撃で壁に穴をあけてやった。
「この! やってられっか! いくら人質とられてたって俺だってキレるんだよ!」
 2度、3度、4度目でようやく人が抜けられるほどの穴があいた。振り返ってみると、俺
の行動にお嬢様方は目を丸くさせている。
―― ざまあみろ
 口パクで3人に言うと、俺は自由な外の世界へと飛び出した。

 飛び出す……までは良かった。飛び出してから30分。
 グ〜〜〜〜〜、と腹の中心から食事を催促する音が発せられる。
「飯食った後で逃げりゃよかった」
 俺は腹を押さえて自分の計画性のなさにうな垂れた。
―― 後悔先にたたず
 誰もが人生に一度を思うであろう教訓が頭に浮かぶ。
「金もなけりゃ民家もねえ………飢え死にか」
 また腹が鳴った。
 ふとコンビニの食料を持ち逃げしようかとも思ったが、おそらく棗が先手をうっている
だろうし、鉄球が付いたままじゃ逃げるに逃げられない。
 そうなると生き残る手はただひとつ。
―― 1000坪の範囲外にある別荘に助けを求めるしかねえ!
 金持ちとはいえ誰もが棗達のような常識はずれではないだろう。外れていないであって
ほしい。もし常識があれば俺のこの姿に驚き、説明すれば保護してくれるはずだ。
 そうなれば棗の事が露見して、俺は晴れて自由の身になって前と同じ生活を送れるよう
になる。
―― きっとそうなる。というか、なるんだ!
 そんな希望を信じて俺は薄暗い夜を鉄球引きずりながら歩き続けた。

 そしてよろよろ歩き続けること1時間。

 なぜか一軒も別荘が見当たらない。
 別荘地なら少なくてもちらほら別荘のひとつやふたつはあるはずだろうに、俺の予想を
裏切って視界には街道と生い茂る木々しか入ってこなかった。
 さらに、
「あ〜すんげ〜眠い〜……って、いかんいかん。寝るな。寝たら最後だ」
 疲労の為か、はたまた空腹から逃げようとする脳の命令なのか眠気が襲ってくる。少し
でも眠気が覚めるよう両頬を叩いた。
 しかし自分でも気づかない内に限界がきていたらしく、津波のように押し寄せる眠気は
瞼を徐々に閉じさせていき……。
 ドサッ。
 ついに俺は舗装された道路の上にうつ伏せに倒れた。
「ここまで……か」
 意識も遠のいていく。
―― そして、それ以後……室峰彩樹を見た者はいなかった……ってか

 完全に意識がなくなる寸前――

「あ〜ら、こんな所に遊びがいのある玩具が落ちているではありませんか。きっと捨てら
れたのね。捨ててなくてもいただいてしまうつもりでしたけれど……うふ♪ これはきっ
と神様からの贈り物ね」

 遠くでそんな声が聞こえた。

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