第十二話「奴隷強化合宿…っておい」

 7月…夏。
 夏と言えば海・プール・水着・かき氷……etcetc
 月末になればひと月という長い休暇が訪れる、学生には願ってもない季節だ。当然俺に
も休みが訪れ、夏のバカンスを謳歌できるものだと思っていたのが……。
―――そりゃ甘い考えだった。
 パカーン、と気持ちよい音を立ててまっぷたつになる薪。額の汗を拭ってから俺は二つ
になった薪を後ろに放り投げた。後ろには山盛りの薪がある。もちろん俺がひとりで割っ
たものだ。
 そう、俺はいま那須の別荘にいた。
 持ち主は我が雇い主の冷酷問答無用お嬢様−法光院棗。桁外れの財力をもつ棗は那須の
別荘地を1000坪ほど所有していた。
―― 本当は買い占めるつもりだったらしいが。
 で、何故俺がここにいるのか。

 それは7時間前にさかのぼる……。

「そのようなわけでこれより那須の別荘地に向かいます」
 久しぶりに惰眠をむさぼっていると、何の前置きもなしに棗がそう言った。
「何が"そのようなわけ"なんだ?」
「そのくらい言わないでも理解なさい」
 ため息漏らしてやれやれと額に手を置く棗。
「できるか! さっさと話せよ!」
「むっ。私の所有物であるというのに私に口答えなどと……ブツブツ」
 ああ〜ブツブツ文句言いだしやがった。
―― こうなると俺が下手にでるまでブツブツ言い続けるんだよな〜。……仕方ねえ
 小さく息を吐いてから、
「いや〜俺って馬鹿ですから〜。その馬鹿にでもわかるよう懇切丁寧に教えてくださいま
せ。この通り」
 内心、
―― こんのアマ〜ぶん殴りてぇ!
 とか思いつつも、卑屈になってそう願う。
 そんな俺をできの悪い子供を見るような目で見て、
「仕方がないですね。実は桐さんと蘭さんとで私が所有している別荘に行こうという話し
になりました」
「そうならそうとちゃんと言えよ。しかし別荘か。避暑地でのんびり、いいね〜」
 日光浴をしながら昼寝する自分を想像する。ここ最近のんびり昼寝なんざしてないから
余計に憧れる光景だった。
 が、そんな俺を半眼で見ながら棗はこう宣言してくれやがった。
「貴方がのんびりできるとは思わないでくださいね。あちらでもきっちり"世話係"として
働いてもらいます」
「……マジかよ」
「法光院の名にかけて」
「ぐは」
 昼寝する想像は、ピラミッドの石を運ぶ労働者よろしくコキ使われているものにとって
かわった。
―― ああ〜やってらんね〜。人質さえなけりゃよ〜
 棗に聞かれぬよう小声で俺は愚痴る。
「安心なさい。桐さんと蘭さんの奴隷も一緒ですからそれほどコキ使いはしません」
「一緒じゃなかったら大いにコキ使ったのかよ!」
 もう何度目かもわからない殺意がわいたのは言うまでもない。

 そんなわけで、俺は風呂を沸かす用、バーベキュー用、そして来年用の薪を割れと勝負
(仕事)を挑まれていた。
 報酬は70ポイント。
 初めはどうにかなるだろうと思っていたが、炎天下の中での薪割りは想像以上に辛い。
しかも帽子をかぶってないので日射病になるんじゃないかと少々不安だ。
「た、ただいま〜」
 と、今にも倒れそうな声の主は棗の友人その2・豊阿弥蘭(ほうあみらん)の奴隷兼愛
玩動物の縁(えにし)だった。別荘から5キロ離れた所にあるコンビニに行って帰ってき
たらしい。両手にある袋はジュースやお菓子がはみ出んばかり詰め込まれている。相当重
いだろう。さらには馬鹿でかいリュックサックを背負っており、中には何が入っているか
知らないがぱんぱんに膨らんでいる。
―― あんなに重い物もってるつうのに往復45分で帰ってきたのはさすがは訓練された
奴隷ってことなのかね〜。
 そうなるまでどんな教育を施されたのかは考えたくもなかった。
「お〜ごくろうさん。まったく、お嬢様方は俺達の苦労を理解してねえから何でも命令し
やがって困るよな〜」
「う〜ん、そうでもないよ。きっとこれを持っていったらお嬢様は喜んでくれるよね? 僕
はお嬢様の笑顔好きなんだ。疲れなんて笑顔を見たらたぶん消えちゃうからへっちゃらだ
もん」
「……さいですか」
 相変わらず全身から『お嬢様好き好きオーラ』を放出しまくっていた。
「中のお掃除は終わったのかな?」
「知らね。中で黙々とやってる無口野郎に訊いてくれ」
「う〜ん。出てから45分ですか。桜さんはお掃除の達人ですからきっと終わってるね」
 桜というのは棗の友人その1・裙坂桐(つまさかきり)の奴隷だ。桜って名前だが歴と
した男。まあ、女顔って言えば女顔だ。
「彩樹さんの進行状況はどうなの?」
「あ〜、あと20本。ちゃっちゃとやればすぐだな」
「うん、わかった。棗様の方にそう伝えておくね」
「ん〜」
 ログハウスに入っていく縁に手を振りながらそう答え、俺は薪割りを再開した……とは
言ったものの、終わったのはそれから40分も後のことで……。
「すぐと言った割には遅かったのね」
 ログハウスに戻った俺を見て、棗は開口一番に皮肉ってきた。
 いつもなら悪態のひとつやふたつぶつけてやる所だが、いかんせん暑さによる疲労で悪
態を吐くだけの余力もなく、俺はバッタリとソファーの上に倒れこんだ。
「あの程度の量でこの体たらく。……情けないと思いなさい」
「あ、あのな〜〜〜。斧は重いし、直射日光であちいし、薪の量が多すぎるんだよ。何だ
300本ってのは! 一度あれと同じ量をこなしてみろ。こうなる」
「私はナイフやフォークより重い物をもったことがありません」
 『嘘を言うな、嘘を』という言葉を飲み込む。
 先日の事件で両手に重そうなマシンガンを抱えていたのはいったいどこの誰だろうか。
しかしそんな事を言ったところでこのお嬢様は知りませんと言うに違いないだろう。
 ならば、
「ほっほう〜。そんならジュース缶も持ったことねえんだな? あれは断然ナイフやフォ
ークより重いぜ」
 揚げ足をとってからかうまでだ。
「私が缶ジュースなどという庶民の飲み物を飲むと思っているの?」
「うぐ」
 攻撃が成功するどころか反撃されて俺は言い返せずに呻いた。
―― 俺のアホ。超お嬢様のこいつが缶ジュースなんざ飲むはずねえじゃねえか
 言い返さない俺を勝ち誇った顔で棗が見てくる。
―― このまま負けるのは精神衛生上よろしくない
 必死に考える。この勝ち誇った顔を崩す何かを……。
「それなら飲み物が入ったカップやグラスはどうだ! あれは絶対にナイフやフォークよ
り重い!」
「あら、その通りね。私としたことが忘れていました。この勝負は彩樹の勝ちです」
 全然、まったくといって悔しい顔をせず、逆に楽しめたとでもいう風に棗が笑みをこぼ
した。
―― 俺で遊びやがった。ん? そういや法光院の人間に敗北は許されないんじゃなかっ
たっけか?
 先日の事件で棗の妹・法光院恵はそう言っていた。なのに棗はのほほんと負けを認めて
いる。
―― 訊くのが早いか
 そう思い俺が問いかけようとするよりもはやく、
「ほうほう。なっちゃんはレア君の筋力と知能を強化するつもり?」
 横のソファーで寝てしまった縁を膝枕していた蘭が棗に話しかけた。
「なっちゃんはやめなさい。けれど、蘭さんの言うとおりです」
「ちょっと待て。何だよ強化ってのは?」
 それに答えたのは棗ではなく、紅茶を棗のカップに注いでいた桐だった。
「言葉どおりでございます。今回ここへ来たのは貴方達の強化合宿をするためですから」
 俺はそれを聞いて無様にもあんぐりと大口をあけたまま固まってしまった。

―― 奴隷強化合宿? さっきの話じゃ俺の力と知能を強化?

ここでの滞在期間は1週間……。

―― おいおいおいおいおい、勘弁してくれよ!
 きっと俺の顔は青ざめていたことだろう。

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